背徳の教室 1
この学校に赴任してからもうすぐ一年になる。
担任として受け持ったクラスは皆良い生徒たちばかりで順風満帆。何事もなく穏やかに学年末を迎えられそうだ。
「すみません、遅くなりました…トウジたちに捕まっちゃって…」
ガラリと教室の戸を開けて君が入ってきた。弾む息、切羽詰まった顔。真面目で律儀な君は僕が指定した時間ら遅れまいとして慌てて駆けつけてくれたんだね。そんな健気な君はたまらなく可愛いよ。
「すまない、急がせてしまったね」
誰もいない教室。ぴったりと閉じた埃っぽいカーテン越しに夕暮れの西陽がうっすらと射し込んでいる。
「い、いえ…そんなこと…ないです」
僕が教卓からとびきりの笑顔で迎え入れると、君は頬を染め少し照れながらそう答えてくれる。艶やかな黒髪、幼さの残る柔らかな頬のライン。未だ成長途中なのかブレザーの制服はまだまだ余裕がありそうで、華奢な体躯をさらに際立たせる。
「あ、あの」
「なんだい?」
「何を手伝えばいいでしょうか」
乱れた息を整え真っ直ぐな眼差しを向けてくる。疑うことを知らない純粋で正義感が強い君。誰にも渡したくない僕のお気に入り。
相変わらずだね。初めて出会った時から君は変わらない。変わってしまったのはむしろ僕の方だ。
いつごろからだったろう。君を生徒として見られなくなってしまったのは。
── 先生、ここ教えてください。
── 先生、お仕事手伝います!
── 先生…相談があるんですけど…。
地味で控え目だけど友人からも他教師からも信頼が篤い、自慢の生徒。
なり手のいないクラス委員を引き受け頑張っている君。何くれと無く慕ってくれて、真摯な好意と信頼を寄せてくれる君。最初は可愛い生徒たちの中のひとりだったはずなのに。いつしか僕は君に対し教師としてはあるまじき感情を抱くようになってしまったのだ。
「先生?」
黙り込んだ僕を、怪訝そうにのぞき込む深い藍色の瞳。その曇り無い澄み切った瞳は、僕に巣食っている黒く邪な欲望など露ほども知らないだろう。
一年間我慢に我慢を重ねてきたけれど、もうそろそろ限界。君の圧倒的な可愛さの前では理性など脆くも崩れ去ってしまう。
「ん、ああ、すまないね。碇君には隣の準備室で書類の整理を手伝ってもらいたくて…」
顔を寄せ片手で肩を抱き、耳許で囁けば、君はまたも頬を染める。その初々しさがたまらない。
「もしかしてこの後何か約束でもあるかい?」
「い、いえ。ないです」
「それではお願いするよ」
「はい、先生」
君は疑いもせずに素直にこくんと頷く。黒髪がさらりと揺れる。危うく密やかな、つかの間のふたりきりの教室。
後ろ手で気づかれないようにドアを閉めてさりげなく鍵をかけ、心の中でほくそ笑む。
さあ、怖がらせないように、嫌われないように、驚かせないように。巧く優しく。
君の初めてキスを頂戴するとしようか。
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