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藍春小話 (Snow melt編)

※パラレル設定


「……春歌、どこ?」

目覚めの開口1番での言葉に早乙女家執事長のお調子者嶺二も、流石にきょとんとした表情で今しがた扉を開けたばかりの藍を見つめた。
藍はそんな嶺二にどこが焦れた様子で、早くしてよとぶっきらぼうに言い放つ。

「え…っと、ハルルンは…見てないかな。」

嶺二は少し頭を巡らせ、今日のところはまだ1度も見ていない事実を正直に話す。

「…そう。」

嶺二の返事を聞いた藍は表情を変えずに言うと、開けたばかりのドアを閉め、どこかへと去って行った。

もしかしなくとも、春歌を探しているであろう藍の姿をいつものスマイルで見送った嶺二だったが、藍の足音が完全に消えたことを確認すると、嶺二が立っていた後ろのクローゼットの扉を開け、お目当ての人物の顔を見つめた。

「アイアイ、君のこと探してたけど、いいの?」

そう、そこで服の影に隠れるようにして蹲るようにして座っていたのは、藍が探している春歌だ。
どこか拗ねた様子で、そっぽを向き無言を貫き通す春歌に、嶺二はあからさまにやれやれといった様子を態度で示す。

「まあ、何があったかは知らないけどさ、ちゃんと仲直りするんだよ?」

嶺二は春歌の頭をポンポンと優しく叩くと、もう1度クローゼットのドアを閉め、その部屋を後にした。


春歌は嶺二が去って行った数秒後、そっとクローゼットのドアを開け、クローゼットから出た。
首元に巻きつけたマフラーを優しく握りしめると、雪のチラつく外を見つめ、ボソッと呟く。藍お兄ちゃんが悪いんですよ、と。

そして、まだ朝早いためボーッとする頭を必死に動かす。
…あの藍からどうやって逃げるべきか。
先程は嶺二が上手く庇ってくれたため見つからなかったものの、ピンポイントで居場所を特定してくる辺り、警戒するに越したことはなかった。

春歌は一旦この部屋から出ようと思ったが、この広い屋敷の中むやみやたらと出歩いてもいいことはないと思い直し、一先ずずっと同じ体制で座っていたため疲れた身体を休ませようと、ソファに座った。
ふかふかのソファは春歌の疲れた身体を包み込むように支えてくれるので、春歌はまるで藍のようだな、と思う。

不安でいっぱいの心を優しさで包み込んでくれた藍は今では春歌にとって何よりも大切な人だ。
出来るなら、ずっと傍にいて欲しいと常々思っている。

でも、今日ばかりは違った。
春歌は藍に見つかるわけにはいかなかった。

だから、現在に至るわけなのだが…。
そんな春歌も座っている内に、段々と眠気が再来し、目をパチクリと瞬かせるが、今はまだ朝の4時代。眠くならないはずもなく、春歌は寝てはダメだと叱咤するも、襲いくる眠気を前に、やむなく意識を手放すこととなった。



***



「…出てって。」
「え…?」

目の前に立つ藍から零された言葉。
一瞬信じ難い言葉であったため、春歌は耳を疑ってしまった。
藍はそんな春歌の様子に目もくれず、淡々と感情の映さない瞳で繰り返す。

「だから、出てってって言ったんだけど。」
「…え…と、それは、どういう…?」

春歌は痛む心を抑えつつ、自分のこの痛みが杞憂であって欲しいと願った。

「…そんなことも言われなきゃわからないの?君に僕の前からいなくなって欲しいんだよ。」

嫌な予感とは当たるもので、春歌は藍の言葉を前に呆然と立ち尽くすことしかできなかった。


「…ど…して…」

震える唇から紡ぎ出す言葉は上手く言葉にならず、疑問を口にするのがやっとだ。
藍はそんな春歌の様子にもどこ吹く風で、1つ溜息を吐く。

「どうしてって?そんなの簡単なことだよ。…君に興味がなくなった。それだけ。」

その言葉で、十分だった。
藍の気持ちの変化を悟った春歌は、こぼれ落ちる雫を堪えることなどできなかった。

「…そういうことだから。じゃあね。」

藍は春歌の様子に気づいていて、それでも尚慰めるような行為は起こさなかった。

藍が部屋から出て行った暫くした後、春歌はその場に崩れる落ちるように泣いた。
止めどなく溢れ出でる涙を止める術など知らなかった。
ただ、切なかった。悲しかった。

藍に捨てられたのだと、その事実だけは明白だった。

「…っひっぐす…ひっ…。すてな…いすてないで…。…っすてないでくださ…っ……!!」

遠のいて行く意識。
必死に手を伸ばそうとするけど、手なんて届くはずがなく、そこで春歌の意識はシャットアウトされた。



***



「……る…」
「………る……か。」

消えかかっていた意識の中、聞こえてくる声。

「……はる……か…。」
「……春歌…!」

それは鮮明な言葉となって頭の芯まで響いてくるようになり、それが大好きな人の声だと理解すると、春歌は声の主に向かってなりふり構わず抱きついた。

「藍…お兄ちゃん…!!」
「……どうかした?」

藍は春歌を優しく抱きとめ、あやすように背中を叩く。
暫く藍の腕に抱きとめられていると、段々と落ち着いてきた。

「…っ…。ぐす。…藍お兄ちゃん…私のこと…すてないでくださ……。」
「…………は?」

どこにも行かないでというように藍の服をきつく握りしめたまま絞り出した春歌の声に、藍はそんな素っ頓狂な声を上げた。

「…は…って……さっき藍お兄ちゃん…。」
「ボクが…何?…こんなに春歌に涙を流させること言った覚えないし、した覚えないけど?」
「だって…。」

春歌はふと我に返る。
さっきまで自分は藍の部屋にいたのではないかと。

…ここはどこをどう見ても執務室だ。

「え…じゃあさっきのは…?」
「十中八九…、夢だね。酷く魘されてたみたいだし。」
「ゆ、夢…?」
「そう、夢。」

藍に頭を撫でられながら、春歌はこれが現実なのだと、安堵する。

「…それで、春歌が見た夢ってどんな夢だったの?」
「え…と。」

春歌は先程見た夢の内容を藍に話した。

「ふーん、なるほどね。だからすてないで…か…。」
「…はい…。」
「…ねえ、春歌。」

藍は抱きしめていた腕を少し離し、春歌の頬を優しく撫でる。
春歌は、藍の手の心地よさに少し目を細めた。

「…ボクは春歌のことが大好きなんだよ。春歌を捨てるなんてこと、絶対にしないよ。」
「…ほんとに…?」
「うん、本当。春歌が嫌だって言っても、離してなんかあげない。だから、不安がる必要なんてどこにもないんだよ。……わかった?」
「……っはい…!!」



藍は春歌を再度抱きしめていると、ふとポツリと言葉を紡ぎ始めた。

「ねぇ、でもさ。」
「……はい。」
「どうして今日僕から逃げたりしたの?」

春歌の肩口に顔を埋めるようにして呟く。…心なしか抱きしめる力も強くなったように感じた。

「…え……と。」

どうしてだったのだろうか。頭の周り切らない春歌は、どうして逃げたりしたのだろうかと思考を巡らせ、ふと首元を包む暖かい存在に気づく。

「だって…藍お兄ちゃんが、捨てようとする…から。」
「…さっきそんなことしないって言ったけど。」
「そうじゃなくて。藍お兄ちゃんが、このマフラー…捨てようとするから。」
「……それだけ?」
「はい。」

それだけかもしれない。確かにこのマフラーはもうくたびれていて所々ほつれてしまっている。
でも、春歌にとっては、大切なものだった。
藍からもらった、とても大切な。

「…新しいの、可愛いのあったから。春歌に似合うんじゃないかと思ったけど、春歌はそればかりつけてるから。」
「でも、これは私にとってとても大切なものなんです…!凄く安心できるんです。藍お兄ちゃんが傍にいてくれてる気がして…。だから、捨てちゃ嫌です…!!」

心の思うままに、素直に出てきた言葉達。普段我儘を一切言わない春歌の、珍しい我儘だった。
藍に伝えられた言葉によって、藍がオーバーヒートを起こす寸前になるのも至極当然のことで。
藍は上がり続ける熱を前に戸惑うしかなかった。


そして、八つ当たりのように藍の脳内を過るのは嶺二のこと。

(そういえば嶺二…やっぱり春歌ここにいたんだけど…。)
(それ相応の罰ってものを与えないといけないね。)

翌日、理不尽な理由で藍にこっぴどくしめられた嶺二は次の朝爽やかな笑顔の藍に引きずられる形で、浴場の掃除を任されたそうだ。





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