きみの星を信じる


 理解も納得もできなかった。きみがこの世から浮いていなくなった理由も、きみが俺に何も言わずにいってしまった理由も、ひどく意地が悪くて理不尽なこの世界のことも、何もかもすべて。
 きみのいないこんな世界でどう歩いたらいいのか、どう笑ったらいいのか、どう泣いたらいいのか、どう怒ったらいいのか、俺はまるで何も分からなくなってしまって、ただ、呆然ときみと見た星空の下に立ち尽くすばかりだった。
「君ってば、ほんとうに大人になれないね」
 突然、呆れたように笑う、あの懐かしい声が聴こえてくる。
「――え?」
「君がそんなのじゃあ、わたしだって安心して死ねないっていうのに。ね、ひどいなあ、君は。……ほら、今日は山羊座がよく見えるでしょう。これが最後の足場だよ、わたしの最期の奇跡だ。昔から君は、独りじゃないし……もう、ひとりで歩かなきゃいけないよ。そう、わたしがいなくてもね」
 ずっと焦がれていたきみの声と姿に全身を疑う。ああ、そうか、ついに頭までおかしくなってしまったのだ、そんなことをぼんやり考えながら、それでも、どうしたって俺はきみの声に心を傾けずにはいられなかった。
「……なあ、もう、一緒に星は見れないのか?」
「そうだよ。でも、ばかだねえ、君は。星を一緒に見る相手はさ、もう君の周りにたくさんいるじゃないの。君は失ったものばかり数え過ぎだよ、君には見えないの? この青い鳥の羽、温かいアップルパイ、そうさ、見えてないふりをしてるんだ。この満天の星空だって、ほんとうは、綺麗だなんて思ったこと――ないのでしょう?」
「……そうだよ。おまえがいなかったら、意味なんて――どこにもないんだ」
「とんだ盲目さんだね、分かってよ。君、ねえ、恋と感傷を一緒くたにしてはいけないよ。君がわたしに抱いているそれはもう……これ以上は、分かるね」
「だって、じゃあ、俺は? 離してしまったんだ、なあ、俺はおまえのこと、ねえ、離してしまったんだよ……ただ俺は……そうだ、明日また会いたかったんだ……!」
「わたしだって君に、さよなら、ばかりじゃなくて――また明日、って言いたかったよ。でもね、毎日汽車はわたしを乗せて遠くへ連れていこうとしていたんだ。わたしは、わたしの……この、今だって震える手を、きみに握ってほしかった!」
 きみの手を握ろうと思わず伸ばした手は、ふっと空を掴んだ。おかしいな、今、きみがここにいた気がしたのに。そんなことを滲む両目で星空を仰ぎながら思う。
 もう、分かっているふりをするのはやめよう。きみがいなくなった理由も、きみが何も言わなかった理由も、この世界のことも。理解も納得もしなくていいことに、今さら気付いた。
 何回も今さらを繰り返して、俺は、だましだましでもいい、歩いて行こうと決めた。きみがいないこの世界で。きみがいないこれからの未来を、ずうっと。
「ああ……今日は星が、綺麗だな」
 望遠鏡を担いで、大切なのだとやっぱり“今さら”気付いた人たちのところへ向かう。今日くらいは言おう、絞り出した声で、ありがとう、と、一緒に星を見よう、を。
 口の中できみに、愛していました、と呟く。この気持ちに名前を付けるとしたら、それはきっと恋でも感傷でもなくて、愛だ。きっと、愛だったのだ。山羊座がひっそりと輝く空の下で、俺は少しだけ笑い、そしてもう一度歩き出した。


20140714 執筆

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