おそばにおいて


 北風が刺すように冷たい日、いつものようにきみは、しゃくしゃくと落ち葉を踏み鳴らし、白い息を吐くぼくの前を楽しそうに歩いていた。
 こちらを振り返っては鈴の鳴るような声で笑い、「好きだよ」だなんて呟くきみに、ぼくの肺は押し潰されたように上手く働かなくなる。
「やっぱり、あなたは好きって言ってくれないんだ」
「……うん。そうだね」
「怖がりだものね、あなたって。やっぱり、長生きだから……ひとを愛して……そのひとがいなくなるのが怖いの? たとえば、あたしが?」
「長生き、なんてものじゃないさ。死なないんだよ、ぼくは。ずうっと、このまま。そういう生き物なんだ」
 それを聞いたきみは、やっぱりぼくの何歩か先を歩いて、そして何かを思ったのか突然に立ち止った。きみはしばらく何も言わないまま、ただ今日の澄んだ空をじっと眺めていた。そうしてまた、きみは突然に振り返り、ぼくの方まで早足で歩いて来て、少し怒ったような目をしてこう言った。
「愛しているのよ。あたしは、あなたのこと。誰がどういう生き物かとか、そういうのは置いといて……あなたは、どうなの」
「それは……。それでも、ねえ、ぼくは死なないんだよ。解るかい。きみが死んでからもぼくはずうっと生き続けるんだ。ねえ、解るかい、何が言いたいか? それって……まるで、地獄のようだろう?」
「答えになってない。……そうやってあなたはいつもあたしから逃げるのよ。怖いんだわ、そう、あなたは……怖がってるだけの意気地なしなのよ」
「それはぼくが一番分かってるよ。でも、きみに一体ぼくの何が分かるって言うんだい」
「分からない。分かるわけないでしょ。あたしは人間なんだから、あなたのことなんて分からない。だから、あたしはあたしがやりたいようにやっているの。今だって、ねえ、人間ってこういうものなのよ」
 びゅうびゅうと風が吹いて、きみの髪が揺れ動く。揺れる髪から覗くきみの目が、きみの口元と一緒に笑ったから、ぼくはまた呼吸が上手くできなくなった。結局、そういうことなのだろう。ぼくが何かを言おうとして口を開く前に、きみはいつものように花みたいな笑顔を浮かべ、鈴の鳴るような声で話を続けた。
「ね……じゃあ、あたしを五十年だけ愛してくれる? そうしたらきっと、あたしは死んで……そして天国で神様にお願いして……特別早く生まれ変わらせてもらうわ。大丈夫。そうして何度もあなたに出逢いましょう。だからあなたも……何度も、何度も、あたしに恋をして。いいでしょう?」
「……敵わないよ。ねえ、ほんとうに? なら、ぼくはきみを、どうやってきみ以外の誰かと見分けて……見付ければいいんだい」
「きっと分かるわ。でも……そうね、あなたの前に誰かが現れたとき……そのときはそのひとの目を見て。ね、あたしの目は赤いでしょう。次もあたしはこの赤い目で生まれてくるわ。そしてこの瞳であなたのことを見付けるから、あなたもこの瞳を見て、あたしを見付けてね」
 きみのその言葉が、どうかオオカミ少年のような嘘でないことを心のすみっこで祈りながら、ぼくは小さく頷いた。びゅうびゅうと吹く北風は、やっぱりぼくの頬を冷たく凍らせたのだった。
「ああ、でも、あたしに分かりやすいように、その狼さんみたいな耳と尻尾は……そのままでいてね。いつまでも」


20140810 執筆

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