その白い肌が灰になるまでね


 きみが湖に映り込む星を掬って食べた日、そのまま君が銀河のような水の底に沈んでいったあの日、わたしは心臓の奥深くにある、小さな、とても小さな箱に鍵をかけた。わたしは想い出とわたしの魂をその箱にしまっておいて、いつかわたしが死んで人間ではない何かになるときまで開けないでいることに決めたのだ。鍵はどこかに隠してある。それがどこだったかはもう、忘れてしまったが。
「お嬢さん」
 ふと、何かに呼ばれた気がして振り返るとそこにはわたしと同じ背丈くらいの、ふわふわとした毛を全身に纏った……いわゆる、ありがちな映画に出てくる悪くない怪獣≠フような生き物が目の前に立っていた。
「お嬢さん、鍵を落とさなかった?」
 不思議なことにわたしは、怪獣を目の前にして驚きも怖がりもしなかった。むしろ、どこかに懐かしさを感じ、ふっと笑みを零してしまったほどである。今、わたしの目の前に怪獣がいる。もしかしたらと思い周りを見渡してみると、どこかに見覚えがある、暗い、月の光もあまり差し込まないような暗い森の中にいた。そしてやはり、わたしも驚きはしなかった。もちろん、怖くもなかった。そのことに、わたしは少しだけ驚いた。
「落としてないわ。鍵を持っていないもの。……忘れているだけで、もしかしたら君のものかもしれないよ。君は誰?」
「ぼくの? それはちがう。ぼくの鍵はないんだ。必要ない」
「鍵が必要ないって? 呑気なひと……ひと、ね。でも、わたしも鍵は必要ないの。もとより、開ける気がないから」
「それは嫌いなものが入ってるから?」
「違う。……違うはず。たしか……ずうっと前のことなの。たしか、わたしはそれを……大切だったからしまっておいた……そうなのよ、そうなの」
 わたしの話を聞いているのか、それともいないのか、怪獣はどこか遠くを見つめるように穏やかに笑い、わたしに渡そうとしていた鍵を自ら飲み込んだ。それにはさすがに驚いたわたしは何度か瞬きをし、その瞳の小さな呼吸の間に目の前にいた怪獣は跡形もなく消え去り、わたしの前に立っているのはいつでも優しく笑っていたあの日のきみだけだった。
「ぼくがきみの鍵だったみたいだ。心臓の奥、開いたかい? 大切なものは見つかった?」
「……湖の星はどんな味だった?」
「悪くなかったよ。心臓が止まるくらいに美味しかった」
「わたしも……」
「うん。一緒に行こう」
「ずっと?」
「ずっと、一緒だよ。ぼくら、ずうっと」
 わたしの瞳にはきみとあの日の湖が映っている。まるで星が水の中にあるようで、わたしは思わず湖の水に手を伸ばし、掬ったそれを飲み込んだ。そう、あの日のきみと同じように。隣で穏やかに笑うきみと同じように。
「どう、心臓止まった?」
「かもしれない」
「なんだか、さっきより幼くなったんじゃない」
「うん。今のわたし、たぶん、二十一グラム」


20141130 執筆

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