「……あなたは、失せ物探し≠ネのですね」
「ああ。何か、見付かった?」
「──はい。見失っていた、ものが」
 走り去っていく少女の背を眺めながら、勇ましいお転婆娘、と呟いた少年は自身の手に有る杖を軽く振った。しゃん、と涼しげな音が鳴り響く。
 少年──未だ青年と呼ぶには惜しい年頃の少年である。
 この少年が手に持つ、彼の指先から肘ほどまでの長さしかない短い杖は、てっぺんが鐘のような形をしていた。そして杖軸には、その鐘を取り囲むようにしてたくさんの鈴が群れをなし、彼が少し動くだけで杖の鈴たちは自らの存在を主張する。
 少年はその杖の石突で自らが地面に描いた円形と、その中に整列する様々な紋様や、前時代に遣われていたとされる古代語たちを眺めて息を吐いた。
 空を見上げると、大きな鳥が翼を広げ、黄昏の空を裂くようにして飛んでいく姿が目に映る。少年は翔けゆく鳥と傾きはじめた太陽の光に目を細めた。
 視線を地面に降ろすと、人々が各々歩みを進めている石畳の道の上から逸れて、こちらへと向かってくる足音が二人分の響きを以っては彼の耳へと流れ込んできた。
 少年は顔を上げて、その灰みを帯びてややくすんで見える、優しげな緑色の瞳を足音の聞こえてくる方へと向ける。老いた竹のような色をしたその瞳が、斜陽を浴びて柔らかな光を宿していた。
「よ、アインベル」
 弦楽器用の楽器入れを背に負った男が、人懐っこい笑みを浮かべて少年に声をかけた。アインベルと呼ばれた少年も軽く片手を上げて応える。
 楽器入れを背負う男の隣に立っているもう一人の男は、鮮やかな模様が施された大きな布に、自身の長い脚の膝ほどまである太鼓を包んで肩に担いでいた。布の隙間から山羊皮で作られた鼓面が見える。彼が担いでいるのはジャンベであった。ちなみに、もう片方の男が楽器入れに仕舞って背負っているのはリュートである。
 二人の男がアインベルの前に座り込む。樹を背にして座っているアインベルは、軽く背を浮かせて二人を見やった。
「リュート、ジャンベ。どうしたの、何か失くした?」
 ほとんど声変わりしかけているアインベルの発したその言葉に、リュートが大袈裟に嘆息した。
「あのな、ベル坊。俺はリュートじゃなくてリトだから。んで、こっちはジャンベじゃなくてジン」
「それくらい分かってるって。あだ名だよ、あだ名。ハンターの間ではよくあるんだろ? っていうか、ベル坊って呼ばないでくれよ」
「じゃあお前もリュートって呼ぶなよ!」
 腕を組んでそう言い放ったリュート──リトに、アインベルは呆れたような顔をしてジャンベのジンの方を見た。ジンはどうでもよさげに首を振り、リトへ向けて顎をしゃくった。
「俺はべつになんでもいいけどな。俺たちの名前が楽器から取られてるってのは、どっちにしろ違いねえことだし」
「でもほら、リュートって呼ばれるのは何か、楽器が本体みたいで嫌だろ?」
「違うのかよ」
「ちげえよ! お前ら、いつもいつも俺をからかってそんなに楽しいのか!」
 アインベルとジンは顔を見合わせた後、ほとんど同時ににやりとした。それからリトの方へと向き直り、楽しい、と言い放つ。二人して、とびきり魅力的な笑顔だった。
「そういえばハルとクイは? 一緒じゃないのは珍しいね」
「いくら俺たち四人が同郷で幼馴染の腐れ縁、流れのトレジャーハンターの同業でどいつもこいつも音楽が好きでいろんな酒場に行ってはかき鳴らしてると言ってもな、そう四六時中一緒ってわけじゃないんだぜ、ベル坊」
「それ、ほとんど四六時中一緒ってことだよね、リト……」
「ハルは、近くに在るっていう遺跡の情報を聞いて飛び出していった、あのじゃじゃ馬の後を追っかけていったとこだ。クイは久しぶりに恋人に会いに行くって言って、あれにしてはめかし込んで出ていったな。俺らは居残り組ってわけだ、そうだろリト──リュート?」
 リトがジンに向かって、なんで今言い直したんだ、と抗議の声を上げている。ジンはそれに対して真っ向からの無視を決め込み、地面に降ろしたジャンベを膝で抱えては鼓面に両腕を置き、気だるげな様子でアインベルを見やった。なるほど暇潰しの相手になれと言うわけである。
 アインベルは呆れ笑いをしながら、二人の顔を交互に見た。
「リトとジン、それからハルやクイの名前が楽器から取られてるっていうのは知ってるけど、なんで楽器なんだ? 親が奏者だったりしたの?」
「ああ……いや、弾き手じゃなくて作り手だな。俺ら四人の家はみんな楽器職人の家でさ、そういうのが盛んな町の出なんだ」
「リトはリュート職人の家の生まれで、俺はジャンベ。ハルはハーモニカで、クイはバグパイプだ。自分の子どもの名前に、自分が普段厭になるほど作ってる楽器の名前を付けるんだから、安上がりにもほどがある名前だな。ま、中々笑えるだろ」
 そう冗談めかして口角を歪めたジンの、焦げ茶色をした瞳の中に、何か影のようなものが滲んだ気がした。もしかすると、彼はあまり自分の名前が好きではないのかもしれない。
 リトがそんなジンを横目でちらりと見た後、アインベルへと視線を移してどこかからかうような口調で言った。
「俺らはそんなとこだよ。それで、ベル坊のアインベル≠ノはどんな意味があるんだ?」
「僕は……」
 アインベルが想いを巡らせるように空を見上げた。
 頼りない寒空のような、彼の淡い水色をした髪にところどころ交じる金髪が、振りかかる暮れ入りの光に照らされてきらきらと輝いている。彼は癖っぽい髪の毛を右耳の前は短く、左耳の後ろでは長く三つ編みにしており、その二本の三つ編みが光を浴びるさまはまるで、金紅石の入り込んだ水晶のようでもあった。
 アインベルは視線を戻して、リトの緑みを帯びた茶の瞳を見る。
「──瞳と鐘。たいせつなものを見付ける瞳。自分は此処に在ると伝える鐘。その瞳で人の想いと向き合い、その鐘で想いを伝えることができるような、強くて優しい子になるように……」
 確かめるように言葉を紡いでいくアインベルをリトとジンは真面目な表情で見つめ、アインベルが小さく息を吐くと彼らは音も立てずに、しかし息を吐いては軽く頷いた。ジンのつり目が柔らかく細まってアインベルを見る。そこにはどこか、羨むような色が浮かんでいたかもしれない。
「いい名前だな、アインベル」
「うん……ありがとう、ジン。たいせつなものなんだ、この名前は。名前っていうのはさ、いつも自分のいちばん近くに在って、自分と、自分以外のたいせつな人のことを想い出すことのできる──見えない架け橋みたいなものだから」
「たいせつな人との架け橋、ね。ま、しっかり考えられた名前はしっかりした橋にならぁな」
「……僕は、ジンやリトの名前もいい名前だなって思うんだけどな」
 ジン、それからリトの瞳にまで訝るような表情が浮かんだ。アインベルはその視線に気圧されながらも、しかし彼らの瞳を自らの老竹色の瞳で見返して、こくりと頷いてみせる。
「みんなの母さんや父さんはよっぽど愛しいと思ったんだね、ジンやリト──ハルやクイのことを」
「……なんでそう言い切れる?」
「ジン。あんたの家族はみんな、楽器を作るのが好きだろ?」
「そりゃあな、でなけりゃ途中で放り出して他の仕事に就いてるだろうよ。おふくろはまだましだが親父なんて酷いもんだぜ。
 ──俺の心を真に分かってくれるのは、俺が魂を捧げて作ったこのジャンベのみだ。こいつが誰かの手に渡り、どんなに遠い処で音を響かせたとしても、こいつの歌声はすべて俺の元に届く。俺の魂は、いつもこいつと共に在る≠チてな」
 ジンは笑い、続けて言った。
「そういう親父たちの姿を見てたから、俺はジャンベを──」
 そこまで口に出してしまってから、はっとして言葉を切ったジンは、少し恥ずかしそうにアインベルから目を逸らして軽く咳払いをした。リトは何かを察したようにどこかにやにやとした笑みを浮かべ、アインベルは口元を柔らかく緩めて手元の鈴杖をしゃんしゃんと鳴らす。
「生まれてきた自分の子どもに、自分の嫌いなものの名前を付ける親なんていないよ」
「まあ……そうだな……ああ、そうだ」
「昔からずっと自分の近くに在って、それでいて愛しいと思うものから取った名前なんだ。いい名前だなって、僕は思うよ。ジン──いい名前だよ、すごく」
「……そりゃ、どうもな」
「ジンがみんなと奏でるジャンベの音、きっとジンの父さんにも届いてるよ」
 ジンは空を見上げてどこか怒ったように長く溜め息を吐くと、視線を地面に戻しては肩より長い黒髪を、うなじで一つに纏めた自身の頭をぼりぼりと荒っぽく掻いた。不機嫌な顔の横にある彼の耳が、どうにも赤く染まっているように見える。
 リトがさっきの仕返しとばかりに身を乗り出して、アインベルとジンを交互に小突いた。
「あーあ、そりゃ殺し文句だねえ、ベル坊さんよ」
「は──はあ? 何が?」
「ジン。ここでベル坊に惚れたら泣いちまうんじゃねえの、お前の許嫁?」
「こいつ……急に調子づきやがって……」
「……リトって、こういうところだよね」
「あー……こういうとこだな」
「え、何が?」
 首を傾げるリトにアインベルとジンは互いに顔を見合わせ、やれやれと浅くかぶりを振った。
 リトのこういうところが女の子に受けの悪い理由の一つだ、と言えるはずもない。口に出したら最後、リトは頭から湯気を出して活火山の如くに怒った後、その言葉を大真面目に受け取りすぎてしばらく沈んだのち、ふてくされて手に負えなくなるのが誰もの目に見えている。
 そんなリトの姿が瞼の裏にありありと浮かんだために、アインベルはリトに気付かれないよう小さく笑い、それから思い出したように二人に問いかけた。
「そういえば、あんたたちはどうしてトレジャーハンターになったんだ? 家を継ぐっていう道も在っただろ?」
「ん? ああ……なんでだろうな?」
「え?」
「今まで訊かれたことなかったから考えたことなかったよ。俺たち、なんでハンターになったんだろうな? 分かるか、ジン?」
「いや、知らねえ。気付いたらなってたな、ハンター」
 リトとジンは顔を見合わせ、目が合うと火がついたように大笑いをしはじめる。アインベルは二人の答えに首を傾げ、目を瞬かせては二人の笑いが収まるのを眺めていた。少しばかり、つられて笑みを零しそうになりながら。
「ま、あれだな……俺たちがみんな、どうしようもねえ大馬鹿者だったから──ってのが妥当かもな」
「要は反抗期だったってだけだよなぁ。敷かれた道の上をただ歩くのは嫌だ!……っていうあの、今思えば馬鹿々々しいやつ」
「自分のやってることなんて大抵、大した理由なんかないもんだ。思うように歩いてたら、俺たちはいつの間にか俺たちに成り果てましたってな」
「べつに悪くはないよな?」
「ああ、全く。最低とも言う」
 二人はまた笑った。アインベルは少し呆れたような表情を浮かべた後、しかし彼もまた可笑しそうに笑い声を上げたのだった。
 笑い顔のまま、リトがアインベルの方を見やる。その楽しげに転げまわる木の実のような色をした瞳が、アインベルの竹色を捉え、そうして悪戯っぽくリトの茶色が細まった。
 それから彼が何気なく発した一言は、彼が思っているよりも少年の心に鳴り響く。
「ベル坊、お前は? お前はどうして召喚師をやってるんだ? 失せ物探しのアインベル?」
 アインベルは先ほど自分が地面に描いた、失せ物を此処へと喚び出すための召喚陣へと視線を落とした。
 円の中と外に規則正しく並んだいにしえの言葉と、傍若無人に跳ね回っているように見えるが、実際には型が決められており、事実その通りに描かれた模様文様紋様。
 何故だろうそれらを見ているとアインベルは、心の奥底で何か小さな音が鳴り響くような、そんな感触を覚えるのだった。
「……確かに、僕もよく分からないな。召喚師には気が付いたらなってたよ。でも……召喚術を遣って人の失くしものを探す仕事をしようって思ったのは……失くしたものを、失くしたままにしておくのは、なんだか──哀しくて、寂しいような……そんな気がしたからかもしれない」
「じゃ、俺たちと似てるな」
「似てる?」
「ああ。トレジャーハンターは人が忘れちまったものを見付ける。ぴかぴかの宝とか、旧い愛の言葉とか、伝承に隠された謎とか、昔の王さまの隠し部屋とか、そういう浪漫だよ。今、このたそがれの國≠ナ多くの人が忘れちまってるものだ。……お前の失せ物探しも、似たようなもんだろ?」
「……おい、アホリュート。お前最近、あのじゃじゃ馬にますます感化されてないか?」
「まあな」
 威張るなと呆れ顔をしたジンに、それでもリトは得意げな顔で腕を組み、ふんと鼻を鳴らした。その様子にアインベルは小さく溜め息を吐き、肩をすくめる。
 そんなアインベルにリトは視線を向けると、少年のぬくもりを感じさせる緑の瞳を見て、穏やかなその顔を緩ませてにへらと笑った。笑うと頬に浮かぶそばかすが目立ち、毒のないその顔をますます毒のないものへと変貌させていた。リトの瞳と似た色をした癖毛が、微かに吹く風に柔らかく揺れている。
 しかし、その優しい色合いをした茶色の瞳の奥できらりと輝く光は、全く、浪漫を追い求めて大地を駆けるトレジャーハンターらしかった。
「誰かが遺したものを誰も憶えていないのは、そうだね、失くしたものを失くしたままにしているみたいだ。……じゃああんたたちトレジャーハンターは、この國の失せ物探しってわけなんだね」
「いや、俺たちはお前みたいにお優しいわけじゃない。國の面を汚す墓暴きになることもあるし、誰かの誇りを射抜く狩人になることもある。眠りを踏み荒らす盗人かもしれないし、がらくたに命を賭ける愚か者かもしれない。出てくるのは綺麗なものだけじゃないし、それでも綺麗なものを探すなら、俺たちだって泥にまみれる」
 リトのその言葉に、アインベルは小さく笑ってかぶりを振った。それからリトの面前で短い鈴の杖を少しだけ鳴らすと、どこか切なげに、しかしひどく優しい目をして彼の瞳を見る。
「それでも、探してよ」
「え?」
「だって、寂しいだろ。誰かが生きた証が、誰にも見付かることなく消えていってしまうのは。この世界にはきっと、誰にとってもがらくたなんてものはないよ。誰かにとってはがらくたでも、誰かにとっては何よりもたいせつなものだったかもしれない。……少なくとも、あんたたちにとってはがらくたじゃないはずだ」
 アインベルの瞳がリトの目を見、それからジンの瞳をも見つめた。
「──そういうものを、あんたたちトレジャーハンターは、宝≠チて呼ぶんだろ?」
 その言葉にリトとジンが押し黙り、どちらからともなく互いに目を合わせる。それからやはりどちらからともなく顔を歪めると、今度は二人同時に噴き出して笑い出した。
 それは彼らが普段奏でる、酒場で奏でようものならあまりのやかましさに、店主から怒号を毎回飛ばされる楽の音と負けず劣らずの大音声の笑い声だった。
「ベル坊、そりゃあ……」
「ああ……いわゆる殺し文句ってやつだな……おおこわ」
「……なんだよ、こっちは真面目に言ってるのに」
「そういうことを大真面目に言うところがな……なあジン、ベル坊ってこういうとこだよな?」
「間違いないな、こういうとこだ」
「なんなんだよ……」
 何やらごにょごにょとやっている二人にアインベルが肩をすくめると、呆れ笑いとからかい、ついでに照れも混じったような声でジンがアインベルに言った。
「いいか、アイン。言葉を発するときは、それを伝える相手とその言い回しを考えろよ」
「……普通、話してるときにそんな余裕ないと思うけどな。……っていうか、言葉は伝えるためにあるんだろ。自分が伝えたいと思ったことは、そのときに相手に伝えないと」
「いや、人と人っていうのはそう簡単なものじゃなくてな」
「いいや、簡単なことだよ。僕らは今をたいせつにしなくちゃならない。僕らは誰も、明日を約束されてるわけじゃないんだ。そうでなくても、今日はいつだって昨日より終わりに近い。……みんな、失くしてから気付くんだよ。いつも自分の近くに在ったものこそ、自分にとってかけがえのないたいせつなものだったんだって」
 真剣なまなざしでそう言葉を紡ぐアインベルの、その声の中に何か微かに滲む寂しげな色が混じって見えて、ジンとリトは息を吐いて肩をすくめた。それは、今彼らに降り注ぐ、柔らかな橙を纏う夕暮れの光の色にも似ていたかもしれない。
「──ああ、負けだ負けだ。お前はそれでいい。べつに俺らみたいに斜に構えるこたぁないわな、そのままでいろ。お前みたいに馬鹿正直なやつにしか見えないもんも、この世にゃたくさん在るだろうよ。せいぜい見付けろよ、失せ物探し」
「……なんだかんだでジンはベル坊に甘いよな──って、あれ、ジン?」
「なんだよ?」
「お前、髪飾りは?」
「は?」
 ジンが黒髪を一つに纏めているうなじの方へと片手をやった。
 そこに自身が思い描いていた感触がなかったのだろう、彼は分かり易く苦虫を噛み潰したような表情になると、今日いちばんに大きな溜め息を空へ向かって放つ。その瞬間ジンの顔が更に重苦しい顔になったため、放った溜め息が重さを伴っては彼の顔に返って来でもしたのかもしれない。
「お前あれ、許嫁に貰ったやつだろ。ほんとに泣いちまうぞ、お前の未来の嫁さんが」
「分かってねえな、リト。泣くどころじゃねえ、かんかんに怒り出すに決まってる。一旦火のついたあれを相手にするくらいなら、そこらの魔獣を相手にした方がよっぽどいいね」
 ジンが眉間に皺を寄せたまま、ちらとアインベルの顔を見た。
 アインベルは苦笑しながらも頷き、それから地面に描かれた、召喚紋様といにしえの呼びかけ言葉をその身に抱いた召喚陣の近くを、手に持つ短杖の石突で軽く叩いて示す。
「ちょうどよかった。さっきのお客さんは、これを遣わないで失くしものを見付けちゃったみたいだったからさ」
「ああ、すまんが頼む。見付かりそうか?」
「うん」
 少年は立ち上がり、手にした鈴の杖を上下に鋭く引く。しゃん、と軽やかで涼しげだが、それでいて力強い鈴の音が辺りに鳴り響き、短かった杖は瞬きの間に長杖と姿を変えていた。
 彼の老いた竹のように穏やかな緑色をした瞳が、道をゆく人々を眺め、そして彼の耳は、辺りに吹く柔らかな黄昏の風を感じていた。風に吹かれては街の木々が揺れ、斜陽を受けたその葉の一枚一枚はさながら光の水面のようにさざめいている。
 ──失くしたものを、失くしたままにしておくのは……
 少年の淡い水色をした髪は光に照らされて白く輝き、そこに交じる金髪などはそれそのものが光であるように太陽を浴びていた。彼はまだほんの少しばかり幼さの残る、丸い瞳を優しげに細めると、目の前に座る二人に向かって頷く。
 それから、誰が見ても少年らしいと言える表情で、少年──失せ物探しのアインベルはちょっと悪戯っぽく、そして楽しげに笑ったのだった。
「──見付けるよ!」
 少年の手元で、小さく鈴の音が鳴った。



20170529

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