失くしたものを探している。
 たいせつなものを、見付けるために。
 失くしたものを探している。
 見付けたのなら、もう二度と、この両腕から離さないために。


*



 少年の中のいちばん古い記憶は、丸い瞳の中に輝く、無数の星々の炎だった。
 小さな少年の目の前に掛かる綴織には、円の中に角のすぼまった細長い楕円形が縦に収まっている様子が描かれている。その姿はまるで狐、或いは猫のもつ縦長の瞳孔のようにも見えたが、しかし少年の竹色のまなこにはそれよりも強く映るものが在った。
 綴織に織られたその丸く、けれども鋭い瞳孔をもつ瞳。その瞳孔の中には、反り返ったひし形が無数にひしめいては、まるで瞳の中にもまた瞳が在るかの如くにこちらを見ていた。それは、夜空に煌めく星の大群のようでもある。
 瞳の中の瞳は何かを探すようにじいと虚空を眺め続け、しかし永い時を経ても彼らがかつて見付けたかったものは、未だに見付けることができていないようであった。
 少年は綴織に描かれた、瞳の中に流れる、銀の河に秘められた炎のようなものに眩暈を感じた。それは燃える朝焼け、或いは灼ける彗星が放つ炎のようだった。彼は一歩下がってかぶりを振り、瞼を閉じては息を吐く。
 それと同時に彼は、織られたこの図柄が強く記憶に焼き付くのも感じた。幼いながらにこの紋様から何か、強い力のようなものを少年は感じたのだった。
 少年は再びその目を開き、綴織を見つめた。
 よく見てみると瞳孔の周りには、まるで充血した白目の中を這いまわる血管のように、渦巻く螺旋、一本の線で一筆に描かれる三つ葉のような紋様や狼の足跡のような紋様が、瞳孔の中の星とは打って変わってどこか乱雑に織られている。まるで、元々の図柄を考え出した人間が、それを描くのにひどく急いでいたかのようだ。ただし、その数は楕円形の中のひし形と同様に夥しい。
 円の内側と外側には、幼い少年が未だ見たこともない文字──少年にとっては線の集合体にしか見えなかったそれらが、荒っぽく描かれたように見える白目の中の紋様とは違い、一定の間隔を空けて規則正しく整列していた。
 円の内側には、その円に沿うようにしてきっちりと一周して文字が並んでいる。しかし外側に関しては、途中まで内側と同じように一定の間隔を保って整列していた文字が、円の周りを一周するにあたって、はじまりと終わりの文字の間だけ、やたらと間隔が大きく空いてしまっているように見えた。きちんと等間隔に一周できていないのだ。それはまるで、はじまりと終わりの間にもう一つ、何か文字が入るかのように。
 今はまだ少年が読むことは叶わないが、しかし円の外側には、いにしえの言葉でこう描かれていた。

  我は瞳。
  我は鐘。
  我は見付ける。
  我は見付かる。
  我は知らせる。
  我は知られる。
  我は瞳。
  我は鐘。
  我は此処に在り。

  ──汝よ、此処へ至れ。

 少年はいつか、赤い炎を隠す星々の、こちらを通り抜けては虚空を見つめるその瞳を想い出して言うだろう。
 それでもこれは、確かに誰かの言葉だった、と。
 ──誰そ彼、と。



20170527
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