Non-Breath

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短い腕に余るトレイを持ち、そこに載った二人分のマグカップからココアが溢れないよう父のもとへと運んでいく彼女の、ゆうっくりとした足どりを見たかい。あれこそ最強呪文の無詠唱発動というものだよ。彼女の父ですら、詠唱が必要な魔法。今にドアが開いて聞こえる。きみはかわいい!




お前の書く恋の歌はつまらないよとは果たして、一体誰の言葉だったか。もう思い出せないが、それでも私はまだ歌っている。誰かにとってのつまらない歌を、未だに。歌っている。君の笑った顔や、悲しむ顔を美しいと書いた歌を。そればかり歌いたいと思う。だって私、恋をしたのだから。




これだけ語ったというのに終わりの言葉が見付からない。喉にはいつしか高揚の代わりに焦燥が張り付き、それでも正しい終わりを探して間違った言葉を吐き続ける。当て付けと執着心。私の人生には単語が多く、文が少なかった。こんなことなら何も言わなければよかった。無題の絵画みたいに。




死をイメエジするならそれは専ら夏であるべきだ、と君は言った。それはつまり盆が在るからかいと僕が問えば、お前は想像力が乏しいねと君は肩を竦める。ご覧、夏の空の青さを。ご覧、夏の空の低さを。僕らは皆、こんな日に死ぬべきだ。君は笑っていた。死ぬ日を選べるなら。選べるならば。




君は行かなければならない。何らかの理由で走り出さなければいけない。絶対がないことを知らなければならない。価値の意味をはき違えないように。ずっと子どもではいられないこと。そこまでの一歩を踏み出す。跳ぶことを恐れること。そして、跳ぶこと。君はもう行かなくちゃ。いつまでも線路の上にはいられない。ほら、列車が来る!




おまえの努力を天才だとは呼ばせない。他の誰にも。おまえよりも努力をしたこの私を除いては、誰にも。おまえは天才だ。自覚もないだろうね。




君は人魚だから知らないだろうけれどもね、僕ら人も海から生まれたんだよ。まずはじめに泡から生まれ、いつか誰かが陸に上がり、そうして自分の内側に海をつくれるようになって、僕らは人となったんだ。そう、僕らも未だ海で生まれている。そうやって増えている。母親のつくりだす、羊水という海の中で。それなのに、どうして水の中で息ができないのか? だって。息ができたら、帰りたくなくなるだろう?




さて、灯台のない海原の夜というものは全くどうしてこんなにも暗いらしい。おれの灯台は更に先へ進んだところへある。きみが手を振るあの浜辺では、光がちかちか瞬いて見えるのだ。さあ、進もう。もうすぐだ。おれの灯台は元気だろうか。




きみ、そう、そこのきみだよ。どうだいきみ、僕と月の裏側にでも? クレーターの湖で星でも釣って話さないかい。そんな嫌そうな顔をしないでおくれ。空が笑う夜、星が瞬きする、こんな夜だよ。こんな夜なんだ、どうだいきみ、僕と一緒にいてくれないか。




月へ調査に向かった宇宙飛行士が何人か、月に咲く花の美しい毒に侵されて死んだと聞いた。いいや、そんなことはどうでもいい。ぼくらは飛んでいきたかった。透明な蝶々のように。夜空を見上げる余裕もないこの地球から、ふたりきりで逃げ出したかったのだ。


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