novel | ナノ

好きなところ【リヒ真】


「真昼ってリヒたんのどこが好きなんスか?」
「突然だな…。」

今日も今日とて勝手知ったると言わんばかりに我が物顔で寛ぐ強欲の吸血鬼からの質問。いきなりのそれに真昼は戸惑いも通り越して半ば呆れ気味だ。というのも、自分と彼がふたりきりになった時はいつも真昼とリヒトの恋人事情を話していたので今更感が否めないのだ。どこが好き、なんて本当に今更だ。ちなみにその話題の中にいる強欲の主人は別室で仮眠中。真昼の相棒であるクロはソファで携帯ゲームに没頭している。
なんでそれを答えなくちゃいけないと言わんばかりの真昼にお構い無しに、強欲の吸血鬼ロウレスは話を進める。

「だーって、わっかんないんスよ!確かにリヒトは見た目超イケメンだしピアニストだし金持ちだしって、いい所が無いわけじゃないっスよ?でも、真昼ってそーゆーのに惹かれてるみたいじゃないからさぁ…。」

わっかんないんスよぉ、と心底理解出来てないようにごちる。真昼も突然言われても…と困ったように頬をかく。

「恋人フィルターでもかかってるんスか?」
「えぇ…あっても、そんなに厚くはないはず…。」
「じゃーリヒたんのどこが好きなんスかー?」

早く早くと急かすロウレスに溜息を吐きながら、思案する。
己の恋人であるリヒトの好きなところ。自分を貫くところや、何があっても前を未来を見据えているところ。一緒にいると安心するところ。分からない事もあるけど最近は少しずつ分かってきている言葉や、気持ちの伝え方。色々なところが頭に思い浮かぶが、特にコレというものをあげるとしたら…

「んー…顔、かな。」
「えっ、まさか真昼もリヒたんがイケメンだからって…?!面食いっスか!イケメンならなんでもいいんスか!?」
「話を聞け!」
「いったい!」

バシィっといい音が部屋に響く。頭を抑えるロウレスは放っておき、真昼は口を開く。薄らと頬が赤いのはこれから話す内容のせいだろう。

「リヒトさんの目、綺麗な色してるなぁとか、髪サラサラだなぁとかももちろんあるけどな…。」
「うんうん。」

いつの間にか復活したロウレスは茶化さずに相槌を打って聞く。

「猫とかメロンとか、好きなものを見た時のリヒトさん、キラキラ輝いてるけどすっごく優しい顔なんだ。いつもは吊り上がってるのに、そういう時は少し細められてる優しい目でいいなって…。」
「ほう。」
「あとさ、たまーに、ほんと極稀にレベルでだけど、笑ってくれる時あるだろ。ふんわり、って感じに。」
「超機嫌いい時っスね。」
「うん…ほんのちょっとしか変わってないのに、すごく大きい変化で、印象とか全然違って、かっこいいなって思うし、すごい絵になる人ってこういうのいうんだろうなって思うくらい綺麗に見えるんだ。」
「別人みたいっスもんねぇ、そういう風に笑ってる時のリヒたん。ニヤってかんじのとはまた違うんスよね。」
「そうそう。ニヤっていう笑顔は嫌な予感もするけど、すっごくかっこいいんだ。というか、リヒトさんっていつもむすってしてるの多いからどんなのでも笑ってると『珍しいの見れた』って感じが抜けないんだろうな…。」
「まー確かに仏頂面っスからねぇ。」
「それもいいとか思ってるあたり俺もかなりだけど…あと、髪。サラサラしてて、でも柔らかいんだ。俺は見たとおりくせっ毛だから羨ましいって思うし、触り心地すごい気持ちいいんだ。何より、そんなリヒトさんの髪を触れるって言うのが嬉しい。」
「親しい人以外には中々触らせるなんてないっスからね。」
「うん。触る度に『この人の中で俺は親しい人、特別な人なんだ』って思える。自惚れかもって前は思ったけど、今はこうして堂々と言えるし。」
「くははっ、そりゃあ良かったっス。真昼、自分がそういう対象に見られると思えないーってずっと言ってたし、リヒたんの気持ちを信じるのにも時間かかったっスよねぇ。」
「うん。でも、リヒトさんはそんな俺に言葉でしっかり気持ちを教えてくれた。どう思ってるかってのをリヒトさんの言葉で伝えてくれた。何個かちょっと分からなかったのもあるけど、でも、安心した。リヒトさんはハッキリ伝えてくれるから、あの人の言葉はすごく信じられる。今ではこのくらいだって断定は出来なくても、リヒトさんが俺をすごく想ってくれてるって自信を持って言えるし、俺もリヒトさんのことがすごい好きだってハッキリ言える。…ああ、そうだ。言葉といえば、声も。」
「声?」
「うん。怒ってる時とか、落ち込んでる時とか、表情や感情がすごいわかり易いんだよな。声音でどんな感じなのかすぐに分かっちゃう。最初はさ、見た目でいつも怒ってるって印象だったけど…今では声でどんな気持ちなのか分かるし…その中でも、俺の名前を言ってもらう時、すごい優しい声で言ってもらうのが多くて、照れくさいけどやっぱり嬉しいんだよな。」
「あーんなゲロ甘な声、オレ真昼に会うまで聞いたことないっスよー。クランツも言ってたっス。」
「…改めて言われると、やっぱ、照れくさいな…。」
「そんくらい真昼の存在がリヒたんにとって大きいってことっスよー?」
「はは、だな。嬉しいな。」
「嬉しいがいっぱいっスねぇ?」
「まーな。リヒトさんといると、不安は少ないよ。ハッキリいってくれるからこそ、悩むのも馬鹿らしく思う時何度もあったし。」
「天使ちゃんかっくいーっスもんねぇ。」

ケラケラと楽しそうに笑うロウレス。けれどその顔には、多少のからかいはあれど慈愛に満ちている。
自分を逃げてきた過去と向き合うきっかけをくれた、まっすぐ前を見るために背中を蹴った主。ギスギスとしていた兄と共に並んで進み、自分たちをまた向き合わせ、結びつけてくれた兄の主。ロウレスにとって、二人はとても大切な存在だ。だからこそ、二人がこうして互いに想い合い、幸せな話を聞くのはロウレスにとっても幸せな時間だった。度を過ぎれば砂糖を吐くハメになるが。

「で、結局なんで顔なんスか?」
「んー、と…リヒトさんの気持ちがしっかりわかるって言うか…シンプルに、リヒトさんを一番知れるから、かな?」

リヒトは感情のままに行動する。自分がこうだと決めたらその通りに動くし、自分がこっちと思えばそのまま進む。悪くいえば協調性が無いと言えるが、それでもそこには彼なりの真っ直ぐな想いがある。そしてその想いがどれもシンプルに最善とされるものなのだから、憧れるのだろう。自分では最善と分かりながらも悩んだり、立ち止まってしまったりする。自分の考えを疑う。けれどリヒトは自分を信じて止まらずに突き進む。
行動がそうであるように、表情もそうなのだ。嬉しい、楽しい、好き嫌い、苦手、こうしたい、あれがいい。最初の頃はどれも怖い顔だと思っていたりもしたが、今ではそんなことはない。一つ一つころころと感情のままに変わる。大きい変化ではないかもしれないが、ハッキリと伝わるそれを真昼は好きだった。
リヒトは周知であるが、電波だ。だからいかに真っ直ぐな想いの言葉だとしても、使われる高度な比喩法で分からないことがまちまちとある。最初の頃は殆どにハテナマークを飛ばしていたのでこれでも進歩した方だ。それでも分からないことはやっぱりある。そんな時でも、表情を見れば大体の予想がつくようになった。否、元からだったかもしれない。わからなかった時に顔を見て、どんな感情なのか微細ながらに汲み取り、理解する。
リヒトの顔は、真昼にとってリヒトの好きなところがたくさん集まっていて、リヒトを一番知れるところ。だから好きなのかもしれない。表情を見れば感情や何を考えているのかを理解出来、同時にリヒトにその度に近付けていると思っているから。そしてなにより。

(安心できるんだよなぁ。)

いつもどこか遠い人に感じていた。世界的ピアニスト、音楽一家、己を信じ貫く性格。対して自分はひとりで、一般家庭、体も思考も成長途中の半端者だ。違いがありすぎる故に、不安に思う要因なのだ。16と18の2歳差というのも要因の一つだろう。どれだけ変われようが、成長できようが、年齢は埋められないのだから。そんなリヒトの顔が見れると、『リヒトさんはここにいる』『自分のそばにいる』と感じられる。
世界的ピアニストは世界を飛び回る。会えない時間が長いのは必然だ。自分にも自分の生活があるのだし。そんな状態なのだから、顔が見れるというのはイコール物理的距離で自分のすぐそばにいるという事に直結して安心する。大切な人がそばにいる。真昼にとってとても大好きで大切なとき。幼少期のひとりという感覚は、少なからずも真昼を恐れさせる。最愛の人がそばにいてくれる。真昼にとってはとても大きなことだった。

「…改めて考えると、リヒトさんとおれって全然違うんだなあ。」
「今更っスね?」
「改めて感じたというか、な。ロウレスがいきなりどこが好きとか聞くからだぞ!」
「くははっ、いいじゃないっスかー!たまには振り返ってみるのも。それにどんだけ違ってようが、リヒトは真昼が、真昼はリヒトが好き。それに変わりはないんスから。」
「…まあ、それもそうだな。」

そう言って真昼はふにゃりとはにかむ。
ロウレスの言葉も真昼にとってとても安心できる言葉だった。ロウレスは自分たちの事をよく見てくれている。そして洞察力がいいというか、今までの経験からなのか人の心を読み取るのが上手い。だからこそ真昼の慣れない感情を曖昧な言葉で言語化させても、その中にある真意をしっかり理解して返事をくれる。中にはからかいや少々ハッキリ言い過ぎるものもあるが、そういったもの全て含めて安心して受け止められた。

「ところで真昼。」
「ん、なんだ?」
「穴に埋まろうとはしないでくれっスよ?」
「へ?なにをい」
「天使見習い…。」
「うわああああああああああ??!」

ガタタッと音を立てて席を立って真昼。そのまま勢いよく振り向けば、寝起きなのだろう目付きがすこぶる悪いリヒトがリビングの扉に半ば寄りかかりながら立っていた。

「りり、リヒトさ、え、いつから…?!」
「…俺の目が、どうとか…。」
「すみません忘れてください!飲み物用意するんで座ってください!」
「…さむい。」
「マシュマロ入りココア作りますから座っててください!」

バタバタとキッチンへ姿を消す真昼を見送ってから、ロウレスは斜め前に座った己の主に声をかける。

「良かったっスねー、リーヒたん?愛されてるっスねぇ。」
「知ってる。」
「即答で断言してきやがったっスこの天使ちゃん。」

相も変わらず自信に満ちている様子に安堵とともに少し呆れる。ふと、先程真昼へした質問をしてみたらどうなるのだろうという好奇心が芽生える。この天使のことだ、全てに決まっていると言うだろう。だがなんとなく、とロウレスは好奇心に抗わず聞いてみることにした。

「リヒたんは?」
「あ?」
「真昼のどこが好きなんスか?」
「羽。」

ん?

「…真昼の、どこが、好きなんスか?」
「羽だ。何度も言わせんな。」
「よーしリヒたんちょっと待とう。」

Q.リヒトは真昼のどこが好き?
A.羽。

「羽ぇ?!」
「うるせぇ黙れ。頭に響く。」

寝起きに大声をあげられ頭痛がするのだろう、リヒトはそのせいでひどい形相になっている。それでも醜く見えないのはやはりイケメンだからか。
ていや、そうじゃないだろう。ロウレスは自分の思考にツッコミを入れて軌道修正をする。羽。羽と答えた。だが真昼はれっきとした(吸血鬼の主人ではあれど)平凡な人間で、羽なんてものはない。リヒトのように羽リュックがたるわけでもない。なんだ、羽って。
ロウレスが1人困惑していると、リヒトがまた呟く。

「…変わらないが、強くなっている…。」

ぱちくり、とロウレスは目の前の主人を見る。その言葉にいくらか落ち着けたロウレスは必死に脳をフル回転させる。
羽というのはリヒトのことだから天使の羽…つまり成長具合や根本的なもの、性格などを含めたその人の事みたいなものって事だろうか?強くなったというのは成長したということで間違いないだろう。真昼はまだまだ成長途中ではあるが、リヒトが見習いと認める程度にはしっかりと成長しているのだし。変わらないというのは、真昼の根本的なもので間違いないだろうか…?あのお人好しで、複雑に悩みながらもシンプルが好きなところは変わりそうにもないし。
ん?つまりは、あれか。最初に思い至った羽=その人のことって事で…。

「…成長しているけど、真昼は真昼だって事で…?つまり、どんだけ成長して強くなろうが、真昼って事に変わりなくて…結局真昼だからって事?!真昼が好きな理由は真昼だから好きってこと?!全部どころじゃなくて真昼って存在そのもの?!まっわりくどいっスよ!!」
「うるっせぇ!!」
「ぐふぉっ!」

あまりにも遠回しな言い方につっこんだら蹴りが飛んできた。ロウレスは強制的に黙らされる。というか痛みにもがくしかできない。かなりイイトコにヒットした。普通に超痛い。

「なにしてんだ…?ロウレス…。」

そこにリヒトのココアをいれ終えた真昼が戻ってくる。先程とは打って変わって悶え苦しんでるロウレスに困惑の視線をよこしながらも「リヒトさん関係なんだろうけど」とあたりを付ける。ロウレスがこんな状態になるのは真昼の知る限りではリヒトによる暴力かクランツの聖水or宿泊部屋などで脅されているときくらいだ。
ともかく、深くは気にしなくても良さそうだと結論付け、真昼はリヒトへココアの入ったカップを渡す。まだ湯気が立ち暖かいそれからはマシュマロも入っていて甘い匂いがする。

「リヒトさん、どうぞ。」
「ん。」
「火傷しないように気を付けてくださいね。」
「ああ。」

ふぅふぅと息をかけて飲めるくらいまで温度を下げるリヒト。それを隣に座ってみている真昼。そんなふたりを向かいから先程よりも痛みが引いた頭をさすりながら眺めているロウレス。

(…初々しいカップル見てる兄かよ…。)

そんな様子をソファからチラっと横目で見やるクロ。
部屋は甘い匂いと雰囲気、そしてあたたかい温もりに包まれてる。

(まぁ)
(とりあえず…)

((応援はするが爆発しろ/っス))


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