「嫌ですっ!絶対に嫌ぁ!!」

妹の泣き叫ぶ声が屋敷中にこだました。
……この台詞は、もうこれで何回目なのだろう。
あたしはあたしで、何回目か分からない溜息をつく。


妹の李花(リーファ)は、自室の寝台に突っ伏して、今日一日中ワンワン泣き喚いている。
というのも、あたしたち姉妹に結婚の話が持ち掛けられたからだ。
それで、家を出るのが寂しくて泣いている。

……訳では、ない。

結婚相手として...姉であるあたし、麗月(レイゲツ)には、他国のナントカって名前の高官があてがわれた。そして、李花には、これまた他国の、ナントカって言う第二皇子が。
その第二皇子というのが、それはそれは恐ろしい男として有名らしい。何か少しでも気に入らない事があれば所構わず誰彼無しに暴力を振るい、酷い時には殺してしまうとさえ聞いている。
ただでさえ気が弱く臆病な李花は、その話を聞いただけで震え上がりこの有様だ。
無理もない。というか、そんな話を聞けば、誰だってそうなる。

あたし達姉妹が生まれ育ったこの小さな国は、「リッザオ」という。
良く言えば長閑な……言い方を変えれば、つまりその、田舎だ。「ど」田舎。
こんな田舎にわざわざ婿に来るような物好きは居ない。当然、あちらの国に嫁がねばならない。姫として産まれた者のどうしようもない運命なのだ。

だけどあたしは内心嬉しかった。
この国で19年間暮らしてきたけれど、ずっと肩身の狭い思いをしていた。
……あたしは「人間」と「魔物」の間に産まれた子供。

父は変わり者だった。
気に入った魔物を見付けては買い取り、自分の妻とした。
あたしと李花の母親はそれぞれ違う。
だから、外見も似ていないし、性格も正反対。
あたしは白銀の髪で、李花は麦色の髪。
瞳の色も違うし、あたしはつり目のきつい顔だけど、李花は垂れ目に下がり眉、いつも自信が無さそうに俯いてる。
でも、あたしにとってはたった一人の大切な妹。小さな頃から、いつだってあたしが李花を守ってきた。
だから、今回も。


「……ねえ、李花。こうしない?あたしが李花の代わりに、ええと……シャンナムカだったかしら?その、第二皇子のところへ嫁ぐの」

あたしがそう切り出すと、ようやく李花がゆるゆると顔を上げた。
すっかり泣き腫らしちゃって、可哀想に。

「シャンナムカ」はリッザオから見て東に位置する国。四季があり、季節毎、美しい花の咲く自然豊かなところだと聞く。
交易も盛んだし、リッザオにはない、賑やかな市街地もあると。


「どういうことですか、お姉様……?」

「つまり入れ替えるのよ、嫁ぎ先を。あたしは別に、その第二皇子のとこでも構わない。向こうだってそうでしょ。だって会ったこともないんだから。『手違いがあった』とでも言えば、『あーそうですか』って流してくれるわよ」

正直、あたしの本来の嫁ぎ先のナントカって高官もどんなヒトなのかわかんないけど。
まあシャンナムカの恐ろしい第二皇子とやらよりはマシだろう。

「でも、でも……そしたら、今度はお姉様が!」

「あたしの心配なんかしなくていいわ。あたし、こう見えて結構強いのよ。知ってるでしょ。足だって早いわ。いざとなったら逃げてくればいいんだし」

あたしはなるべく明るく笑って、李花を安心させようとした。

「……ね、聞いて?可愛い妹を、怖い目に遭わせる訳にはいかないわ。もう決まり。お姉様に任せて!」

強引に李花を言いくるめ、この話を終わらせた。
これで良い!
こんな狭くて小さくて、寂れて、息苦しい国なんかに、なんの未練も思い残りもない。
ただ此処を出て行くことが出来たら、あたしはそれで良かった。
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