あたしは毎日宵紅の部屋を訪ねた。
庭園の散歩に付き合って欲しいだとか、シャンナムカの言葉や文化を教えて欲しいだとか、それはもう様々な理由を付けて。

そんなあたしの誘いに宵紅が首を縦に振ったのかと言えば当然そんな筈もなくて、冷たくあしらわれたり怒鳴られて部屋から追い出されたり。
流石に毎日断られてため息をついていると、見かねた静宵や侍女たちが慰めてくれた。

そんなある日のこと。
何故だか宮廷内がざわついていた。
あたしは静宵に呼びつけられ、本殿へと向かう。
扉を開けると、皇帝陛下を始めとして司家の者達と、あとは限られた高官の人達の姿が。
宵紅と仁音様の姿は無かった。

「ああ、麗月。こっちよ」

静宵に手招きされ、席につく。

「フェイと仁音には後でアタシから説明する。お父様、話を始めて下さいな」

「うむ…」

皇帝陛下の表情が少し険しくなっていた。
不穏な空気に辺りが包まれる。一体何が起こっているのだろう…?

「近頃、テルアの動きが怪しい。シャンナムカを含め近隣国への侵略行為を本格的に進めようとしているようで、私はその噂を聞いて密かに間者を送り込んだのだが…どうやら本気のようだ」

そう言えば婚儀の時に、静宵がそんな話をしていたっけ。

「テルアと戦争という事になれば、軍力で劣る我等に恐らく勝ち目は無い。となれば、同盟国のティニティアに協力を求め、連合軍としてテルアに対抗する他ない。もしくは...」

皇帝陛下がちら、と宵里の方を見た。
宵里は首をかしげている。

「…お父様、その話はまだ…」

静宵が声を潜める。皇帝陛下は「ううむ…」と唸り、しばらく沈黙した。

「…ティニティアとは水面下で話を進めてゆく。我等としては戦争は避けたいが、もしその時になればより一層皆の結束が必要となる。心しておくように」

「勿論です、陛下」

高官の1人が口にすると、その場に居る皆も大きく頷いた。
…皇帝陛下が宵里に送った視線だけが心に引っかかったが、あたしは静宵達と共に本殿を後にした。



「ねえ静宵。さっきの話、宵紅にも勿論教えるんでしょう?」

静宵に声を掛ける。

「ええ。後でフェイの部屋に行くわ」

「あたしから宵紅に言っておこうか?」

「あら、いいの?」

「…宵紅と話す切っ掛けが欲しいから」

包み隠さず口にすると、静宵が笑った。

「なーるほど、そういう事ね。アタシったら察しが悪くてごめんなさい。それならお願いしておくわ」

「うんっ」

あたしはそのまま宵紅の部屋へと向かった。



…いつも通りに、扉をコンコンと叩いて部屋へと入る。
宵紅は自室の大きな本棚の前に立って、何かの書物を探している所のようだった。
宵紅はあたしの顔を見るなり顔をしかめる。

「勝手に入ってくるなと何度言えば分かる…」

舌打ちをしつつも、真っ先にあたしに「出て行け」と言わなくなったあたり、宵紅の諦めを感じる。

「ちゃんと扉を叩いてから入ったわよ?…ところで、今日は皇帝陛下から話があったの。さっき終わったところなんだけど、それを伝えに来たわ」

こうして起きていたのなら宵紅も呼びに行けば良かったかな。

「…親父から?」

宵紅が書物から顔を上げる。あたしは先程の話を宵紅に伝えた。




「…テルアが…。もしそうなれば、親父の言う通りティニティアと組むしかないだろうな」

「陛下は他にも何か考えがあるようだったけど、それを口にはしなかったわ。だけどその時に陛下が宵里のことを見ていたのであたしはそれが気になって…」

「リー?……、成程」

「え?どういうこと」

「王家であるイフラース家には王子が二人居る。しかし確かどちらも未婚だったはずだ。そのどちらかに無理矢理にでもリーを嫁がせて、テルアと関係を作る気なんだろう」

「テルアの侵略からシャンナムカを守るために?」

宵紅は頷く。

「で、でも、そんなの…」

「…テルアが受けるとは思えないな。向こうには何ら得の無い話だ。それよりはティニティアと関係を更に強固なものにして...と言っても、連合軍でテルアを何とか退けるぐらいが関の山だろうが」

あたしは思わず感心する。
宵紅はあくまでも冷静だ。

「親父も焦って選択を間違えなければいいが。ジンが居るから大丈夫だろう…」

書物を手に宵紅は机へ向かった。

「し…、宵紅もやっぱりああいった場には来るべきだわ!そうやって物事を凄く冷静に判断出来るんだもの。宵紅が傍に居てくれたら陛下も心強いと思うわ」

ふ、と宵紅はあたしの言葉を軽く鼻で笑う。

「ジンが居れば、俺は必要ない」

「そんなことないよ!」

「……。話はそれで終わりか?なら、早く出て行け」

いつもの言葉。でも、あたしはそれで引き下がらない。

「宵紅…ねえ、今からでもいいから陛下の所に行こうよ!この部屋から出て、貴方は皆と話をするべきだと思う」

あたしは宵紅の手を取る。

「…っ、うるさい!俺に触るな!」

振り払われた勢いで、あたしはついバランスを崩し足を滑らせた。

「わ、わわっ!」

そのまま後ろに倒れ、派手に尻餅をついてしまった。

「いたた……」

ぶつけたお尻を摩っていると、突然に宵紅から両肩を掴まれた。

「きゃ!?」

転んだことよりもそっちに驚いて、あたしはつい間の抜けた声を上げてしまった。
見てみると、宵紅は青ざめた顔をしていた。

「…怪我は!?」

「えっ、だ、大丈夫よ」

宵紅の手が震えているのが分かった。
もしかしたら、宵紅は思い出してしまったのかもしれない。宵里を泣かせてしまった日のことを。

「あ、あたしは普通の人より頑丈だし、こんなのどうって事ないよ」

宵紅を安心させようとあたしは笑顔を見せた。
一瞬表情が緩んだように思えたが、直ぐにいつもの宵紅に戻った。

「……もう俺の周りをうろつくな。次はお前に何をするか分からない」

宵紅があたしから手を離し立ち上がる。

「今のはあたしが無理に宵紅を連れ出そうとしたから…あたしが悪い。ごめんなさい。でもやっぱりあたしは諦められないよ」

あたしは宵紅の前に立ち、まっすぐに宵紅の瞳を見つめた。

「今だって、転んだあたしのことを心配してくれたでしょう?やっぱりあなたは優しい人なんだよね」

宵紅はあたしから目をそらす。

「やめろ。俺はそんな人間じゃない。関わる人間を誰も彼も不幸にさせてしまう!だから、こうして誰とも関わらないようにここに居るしかない…」

「そんなことないよ、宵紅のせいじゃない…」

「黙れ!お前に何が分かる!俺の事など何も知らないくせに。ここに来たばかりのお前が、知ったような口を偉そうに叩くな!」

「分かるよ。だってあたしも…」

「分かる筈がない!お前のような奴に、俺の苦しみなんて…」

宵紅が抱えてきた苦しみ。
彼の言う通り、ましてや知り合ったばかりのあたしが偉そうに語れるものでは到底ないのだろう。

「……そうだね。あたしは、確かに貴方と知り合って間もない。貴方が今までどんな思いで生きてきたのかだなんて、想像もつかない。だけど、それはこっちにも言えること。お互い様。そうでしょう?貴方はあたしがどんな人間か、だなんて、全然知らない」

「……」

「あたしはね、さっきも言ったけど頑丈だよ。いくら傷付けられたって、ぜーーんぜん平気なんだから。…静宵たちだってそうだよ。簡単に離れていったりなんかしない、ましてや家族だもん。この国に来て司家の人たちと話してよくわかった。貴方はとても愛されてる、って事が」

ねえ、とあたしは続けた。

「貴方は優しいから、もう誰も傷つけまいと思って、自分で自分を閉じ込めたんでしょう?だけど本当は…本当に貴方が守りたかったものは、他でもない貴方自身だったんじゃないの?」

宵紅が目を見開く。
身体がわなわなと震えている。

「だ、まれ……黙れ!!俺は…っ、」

「うるさい!いつまで御託並べてんのよ!!」

あたしに怒鳴られて、宵紅は呆気にとられた顔をしていた。

「な…、」

「そうやってこうしていつまでも部屋に閉じこもってるつもり!?宵里は貴方の事を思って泣いていた。宵魅はもっと早くから貴方と話をするべきだったと後悔してた!そんなあの子たちの気持ちをこれからも無視し続けるの!?」
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