二日目。身支度を済ませ廊下を歩いていると数十人の集団が向かい側から歩いて来るのが見えた。
先頭に立つ背の高い男の人が、あたしに向かって会釈してきた。

「…これは、公主様。御挨拶が遅れました。僕は、近衛将軍の月狼(ユエラン)と申します。以後お見知りおきを」

近衛軍…そう言えば、昨日もこの人を始め何人かそれとおぼしき人達が皇帝陛下の傍に立っていたような。
月狼は、あたしと同じ白銀の髪色。涼し気な目元、左右で違う瞳の色。何処と無くシャンナムカではない他国の出身者のような雰囲気を醸し出してる。

「麗月です。よろしく、月狼。近衛軍の皆さん」

あたしが声を掛けると、後ろに並んでいた人達も一斉にあたしに向かって一礼した。
その体つきは、屈強な…という表現がぴったりだ。ただ、その中に一人…小柄な少年の姿があった。橙色の髪色が目を引く。華奢だし、顔つきも幼げでどこか中性的。この子も近衛軍の兵士なのだろうか?

「陛下に呼ばれていますので、我々はこれで」

月狼がそう言って近衛軍の人達は歩き去っていった。軍と言うからには当然これだけではなくもっと大勢の兵士が居るのだろう。

「月狼様は弱冠二十歳で将軍の座に登り詰め、皇帝陛下からの信頼も厚く…。普段はあのように非常に冷静で落ち着いた方なのですが戦の際には人が変わったように、その名のごとくまるで狼のように荒々しく敵に向かって行くのだそうです」

そう話す侍女の子達は蕩けるようなうっとり顔。どうやらあの月狼も人気があるようだ。

「橙の髪の毛の子は、近衛軍にしては華奢すぎる気もしたけど…」

「ああ、ジルド様の事ですか?月狼様に憧れて無理矢理頼み込んで近衛軍に入ったと聞いています。随分月狼様に絞られているようですわね」

「へえ…」

「宵里様と仲が良くて、たまに楽しそうにお喋りされていますわ。その度月狼様に見つかり叱られているようですけど」

「厳しそうだものね、あの月狼って人は」

そんなことを話しながらあたし達はまた本殿へ。

二日目はシャンナムカ、それと近隣の友好国の高官などを招いて、所謂あたし達のお披露目会なるものが催された。
宵紅は普段滅多に人前に出て来ないから、宵紅見たさに集まって来た人も少なくないらしい。

テルア、という国からやって来た人達が挨拶に来た。異国情緒溢れる何とも派手な服装だ。
何でも噂によれば近隣国の一つであるテルアの第二王子も宵紅と同じく人前には姿を表さないらしい。真相は、国王や第一王子との思想の違いから「危険人物」と見なされ城から出ることを許されていないからだとか。勿論今日この場には来ていない。というか、来てるのは国王の使いの人達だけだが。

「一応シャンナムカと友好国と言うことになっているけれど、アタシはどうもあの国はきな臭いと思っていてね」

静宵が声を潜める。

「近い内にシャンナムカへ侵略行為を行おうと画策してるなんて噂もある。今日は流石にああしてにこやかに対応してるけど…まあ、お互い腹の内の探り合いって感じかしら」

戦争になるかもしれないってこと…?
それを聞いてあたしは少し肝を冷やした。
近衛軍が皇帝陛下に呼ばれたと言っていたのも今日はこうやって他国の高官を多く招き入れているからだろう。

テルアの他に、ティニティアという国からも何人かの人達がやって来ていた。

「…ん?ティニティア、って、もしかして李花の嫁ぎ先?」

李花の夫になる人もこの場に来ていたりする?あの子の輿入れはまだ少し先のことだけど、どんな人なのか気になるし、話してみたいわね。

「あ、でも名前を聞いていなかったわ」

あたしったら、一番肝心な情報が抜けてる。
ティニティアは元々はあたしの本来の嫁ぎ先でもあったのに。
仕方ない…、今度李花に手紙で改めて聞こう。

「……あれが第二皇子か、確かに近寄り難い雰囲気だな」

「さすがに今日この場には顔を出したか。家族にすら手を上げるとも聞くが、我々も下手をすれば殺されそうだな…」

「怖い怖い」

ひそひそとそんな話し声が聞こえた。
あたしは耳がいいので、遠くで誰かが話す声もよく聞こえる。
どこの国の人達だか分からないけど、男性二人組が宵紅の方をチラチラ見てはそんな話をしていた。
流石にこの距離だから宵紅には聞こえていないだろうけど、あたしは不愉快になってその人たちの方を睨んだ。

「…何だ、あの姫。我々を睨んでるぞ、もしかして聞こえてるのか?」

「まずいぞ、もし第二王子に告げ口されたら…」

あたしはすっと椅子から立ち上がってその人たちの方へと向かった。
まさか自分達の方へとあたしが来るとは思っていなかっただろう二人は大慌てだ。

「…根も葉もないそんな馬鹿らしい噂を信じないで。宵紅はそんな人じゃないんだからね!」

あたしがそう言うと、すかさず頭を下げて逃げるように去っていった。
静宵が慌てて追い掛けてくる。

「麗月?一体どうしたの、勝手に席を立っちゃ駄目よ」

「ごめんなさい。あの人たちが宵紅のこと…」

「……もしかして怒ってくれたの?」

あたしは詳しく話さなかったけど、静宵は察してくれたらしく、あたしの頭を撫でた。

「ありがとう麗月。アンタってばいい子ね。さ、戻りましょ」

…根も葉もない噂を鵜呑みにしてたのはあたしも同じだ。さっきの言葉はあたし自身に向けて言ったようなものでもある。
席に戻ろうとすると、宵紅があたしのことを見ていた。

「……早く席につけ」

宵紅はそれだけ一言言うと、あたしからすぐに視線を逸らした。


そんなこんなで二日目を終え、三日目はほぼ一日中宴会と化していた。
大広間に数え切れないほどの人達が入り、そこら中で飲めや歌えの大騒ぎ。
おめでたい席だからとはいえ、皇帝陛下すらもベロベロに酔っ払い、紫薇様や月狼に介抱されていた。
宵紅は流石に嫌気が差したのか早々に部屋に引っ込んでしまったらしく、あたしの隣は空席となった。

「フェイ兄さまがここまで我慢されたの、すごい事だわ。いつもは本当に顔すら出さないから」

向かいに座る宵里がそう言うと、宵魅が頷く。

「兄上様は静かな場所がお好きなので、ご自分のお部屋にすらも人を入れたくないようです。実際、私も兄上様のお部屋には久しく足を踏み入れておりません…」

妹の宵魅ですらそうなのに、あたしが部屋に入れてもらえるなんてこと出来るのかな。
確か今日の夜からはお互いの部屋への行き来が許されるそうだけど。

「麗月〜、手っ取り早く、今からフェイの寝込みでも襲って一気に仲良くなっちゃいなさい」

お酒片手に静宵がからかってくる。

「静宵ったら酔ってるの?」

「なに言ってんのよ。アタシがこんな量で酔う訳がないじゃなーい」

オホホ、と笑う静宵。確かにご機嫌だけど酔っ払っている訳ではないようだ。
お酒の追加をルアンに申し付けてる。宵紅はお酒好きだと聞いたけど静宵も中々の酒豪みたいね。

「……、今日、この後宵紅の部屋に行ってもいいかしら」

あたしはぼそっと呟いた。

「あら!本当に襲う気だったの?」

「ち、違うわよ!話がしたいだけよ!一言、二言ぐらいしかまだ会話出来てないし」

「じゃアタシが部屋に案内してあげる。本当はこっそりアンタたちの様子を見ときたいくらいだけど」

「だから何もしないわよ!」

「あら〜つまらないわ〜」

静宵ったら、やっぱり酔ってるんじゃないかしら。
とにかく、着替えを済ませたら宵紅の部屋に行こうと決めた。
正直あたしのことなんて部屋に入れてくれるかどうかすら怪しいけど、まずは行動してみるしか他にはない。
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