物品庫のテントで探し物を終えたアミルとサミアが店へと戻るまで、リリがしっかりと店番をしていた。
雑談を交わしながら楽しそうに歩いてくる2人を見るやキンキンと高い声で怒鳴り出す。
「遅い!2人でモタモタ何やってたのよー!?」
そんなリリを見て「ごめんごめん」とアミルが謝る。
「ごめんごめん、じゃない!ヘラヘラしちゃって腹立つんだけどぉー!さっさと代わってよ!」
ご立腹のリリに、アミルもたじろいだ。
サミアはそれを見て思わず頭を下げる。
「ごめんなさい。あの…」
リリは、恐る恐る声を掛けてくるサミアを、じろっと一瞥した。
「アミル!この子借りるね!1人で店番やっててよね!」
「えー?サミアには売り子やってもらいたいのに!」
「うっさい!」
リリはサミアの腕を掴み、無理矢理引っ張っていく。そのまま誰も居ないテントへと連れられた。
まさか殴られはしないだろうか、そんなに怒らせてしまったのだろうか…と、冷や汗を垂らすサミア。
無言のまま、リリが突然にくるりと体を翻した。
ふわりと長い髪の毛が揺れる。
「…ねえっ!サミア、って言ったっけ!?年いくつ!?」
予想に反して、リリは笑顔だ。
「え…?、あ、じゅ、15歳です…」
「リリの一個上ー!?敬語やめてよー。仲良くしよー!リリって呼んでよ!よろしくねー!」
そうして、にこにことサミアの手を取る。
思わぬ行動に、サミアは呆気にとられていた。
「あのさー、最初から思ってたんだけどさー、サミアってめっちゃおっぱい大きくない!?羨ましいんだけど!何やったらこんなに大きくなんの!?」
無遠慮にサミアの胸を思い切り鷲掴みにする。思わずサミアが悲鳴をあげた。
「キャー!?や、やめて!」
「キャハハハ!ごめーんっ。つい癖でやっちゃうんだ!ナスリーンにもいつも怒られるんだけどー」
屈託のない笑顔を見せるリリ。
見た目は可愛らしい少女なのだが、その手つきはまるでオッサンのようである。
「そういえばさー、さっきラシードも同じテントから出てきてた気がしたけど。ラシードに会った?」
「え…ええと、ラシードって、あの用心棒の人…」
「そうそう!カッコイイよねー!?リリ、ちょっとスキなのー」
「え…そうなのね」
ラシードの姿を思い浮かべているのか、ウットリするリリ。
サミアとしては彼を「怖い人」としか思わなかったのだが、言われてみれば身長も高く顔立ちも整っていたので、なるほど女の子から人気があるのかもしれない…と感じた。
「サミアはさぁ、どんな人がタイプなの?」
リリは、そう聞きながら近くにあった椅子に腰掛ける。隣に空いたスペースをぽんぽんと叩き、サミアにも座るように促してきた。
「タイプ…?」
「どういう男の子がスキ?それとも、もう彼氏とか居るの?」
「い、居ないわ…。私、男の人と会ったり話したりする事が殆ど無かったもの…」
「そうなんだー。キャラバンにはさぁ、男の子いっぱい居るし、サミアはかわいいから、すぐ彼氏出来るんじゃなーい?」
「そ、想像つかないわ」
実際のところサミアはーーいわゆる恋愛というものがよく分かっていない。
年頃の少女なりに、人と愛し合うことに憧れの気持ちは多少持ってはいるのだが。
「でもさあ。あいつ。アミルはやめときなよ」
「ど、どうして…?すごく優しいと思うわ」
「騙されちゃダメ!ただの女好きなだけだよー。誰彼構わずヘラヘラしちゃってさあ。やっぱりラシードみたいにクールな人がいいよー」
「そうなの…?じゃあ、リリはあの人に告白とかしたことあるの?」
渋い表情でリリが頷いた。
「いつも、スキだよーって言ってるんだけど、まるで相手にしてくんないの!もう色仕掛けで押し倒すしかないかなあ?けどリリ胸が無いから無理かなー」
「お、押し倒す……じ、情熱的、なのね」
「女の子からぐいぐい行かないとダメなんだよ。あーいうタイプはさあ…」
そこで、リリがふと言葉を止めた。
「そういえば。サミアが着けてるその腕輪!未来の結婚相手から貰ったんじゃなかった!?さっきは誤魔化しちゃってさー、ちゃんとそーいう人がいるんじゃーん?」
リリがサミアの金の腕輪を見つめ、ニヤニヤしながら肘で小突いてくる。慌ててサミアは否定した。
「そんなんじゃないわ…!この腕輪をくれたのは女の子よ」
「ええー?そうなのー?皆その噂してたのに」
「えぇ、そ、そんな……」
キャラバンで噂が広がるのは早いらしい。
セナイ。ふと、胸の奥でその名を呼んだ。
今あなたはどうしているのだろう。
恐らくサミアとは二つ、三つほどしか歳は変わらないであろう彼女だが、サミアには随分と大人びて見えた。
きっとあれからまた更に美しく成長しているのだろう。
もし再会が叶った時ーーセナイはどんな顔をするのか。そんなことを想像し、サミアはふっと笑った。
「あんた達!こんな所に居たの!?なーにサボってんだよ」
突然ナスリーンが姿を表した。
「ぎゃっ!おどかさないでよー」
「なんだよ、その魔物でも見たような反応」
「魔物よりナスリーンの方が怖いよー。ねえ、サミア?」
「え、そ、そんなことは…私、魔物見た事ないけど。ナスリーンはとても優しいと思うわ」
「おー!サミア、あんたいい子だねー。それに比べてこいつは…」
ナスリーンがリリに対してヘッドロックをきめる。
「ぎゃー!痛い、痛い!」
じゃれ合うリリとナスリーンは、本当の姉妹のようだ。
「ったく。昼飯出来たから呼びに来たんだよ、さっさと来な。あと、隊長が言ってたけど明日の夜にはこのマヌジャニアを発つってよ」
「えー?早くなーい?まだ1週間かそこらじゃん」
「この街、あんま売り上げ良くないし。それに、サミアは早くシャンデーヴァに行きたいだろ?ここに長居してもしゃーない」
「あ、私のために…」
ナスリーンが笑う。
「あのオッサン、結構張り切ってるよ。それに次行く予定の街には隊長の家があって、奥さんと娘にも会えるからね。そりゃ早く発ちたい筈よ」
「あー、そうだっけ?…ねねっ、サミア。ナスリーンってね、昔は隊長のことがスキだったんだよ。オッサン、なーんて言ってるけどさー!」
「え?そうなの?」
「ちょっと!いつの話してんだよ」
「けど、隊長には奥さんが居たから諦めたんだ。んでー、今は何とあのアミルのことがスキなの!リリは信じられないけどー!」
「アミル…?まあ、そうなのね!2人は恋人ではないの?」
「だー、もう、サミアまでやめてよ!」
すっかりナスリーンは顔を赤くしていた。どうやら本当のことらしい。
「あいつはあたしの事何とも思ってないでしょ。もはや家族みたいなもんだし…でも、それでいいの!この話はおしまいだよ。さっさと行く!」
「……」
ラシードの事を話すリリも、アミルのことを話すナスリーンも、サミアには何故だか眩しく思えた。
いつか、自分もこうして誰かに恋をするのだろうか。
そんな思いが過ぎった。
所変わって、アザリー家ではーー
本邸のある一室で、サミアの残した置き手紙を持ち、微かに震えているサミアの乳母。
その正面にはサミアの父親、母親が座っていた。
そして、その様子を外から見守る金髪の男。
「こりゃまた大変なことになっちゃったな」
頭をかいて、参ったな、と溜め息をつく。
視線の先で、サミアの母親ーーマレイカが蒼い顔をして乳母に詰め寄っていた。
「あの子が家出!?なんてことなの!そう遠くへはまだ行っていないわよね!探して頂戴!」
乳母の肩を揺するマレイカの頬を、その夫ーーサミアの父親、カーレッドが思い切り叩いた。
その勢いにその場で倒れ込むマレイカ。
頬を抑えてわなわなと震え、カーレッドを見上げた。
「な、何をするのです…」
「落ち着け、見苦しいぞ。あれの事など何を気にする必要があると言うのだ」
あれーーとは、つまりサミアを指しているのだろう。
「あれももう十五だ。どうしたものかと私も少し考えていたが、自分から出て行ってくれたのであれば丁度良かった。まあ、どこかで野垂れ死にでもしていてくれれば願ったり叶ったりだ」
「な、なんて事をおっしゃるのですか!」
煩い、とまたしてもカーレッドがマレイカに手を上げる。
「元はと言えばお前があれを産んだから……。殺さなかっただけ、まだ有難いと思え!」
そう吐き捨てて、カーレッドは出て行った。
残されたマレイカの頬を大粒の涙が伝ってゆく。
乳母が思わずその震える身体をさすった。
「ああ、サミア。私を許して……」
マレイカは暫くその場で啜り泣いた。
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