電話が鳴った。
画面に表示されたのは、「Renole」の文字。
「はい?なに、そっちからかけて来るなんて珍しいじゃん」
「……」
相手は無言。
シルヴィオは少しだけ不機嫌そうな声で確認する。
「レノールだよな?イタズラですかー」
「……グスッ、」
「!?…泣いてんの?」
「シルヴィオ…っ」
聞こえてきた声は明らかに涙声だった。
「今どこ」
「…家」
「ルシアンは?」
「…いないの」
「…じゃ今から行くから、待ってて」
屋敷に着いたシルヴィオは、呼び鈴を鳴らした。
少し待っていても反応が無いため、扉の取っ手と持ち動かしてみると、鍵は掛かっていなかった。
「オイオイ…不用心なんじゃねーの?」
客室となっている部屋に足を運ぶと、大きなソファに座っているレノールの姿があった。
下を向き、両手を膝の上で固く握っている。
「レノール、ここにいたんだ」
「……」
ゆるゆるとレノールは顔を上げた。泣きはらした顔。
こんな様子を見たのは初めてで、シルヴィオは思わず目を丸くする。
「ごめんなさい、突然電話なんかして」
「いーって。それより何があったの?あいつは?ルシアン」
「昨日から、協会に行ってる。報告会なの」
「そう…んで、あんたが泣いてるのはそのルシアンのことで?」
「……」
レノールはまた俯いて口を噤んだ。
シルヴィオは床に座り、レノールを見上げる。
「いいよ、なんでも愚痴って」
「…愚痴じゃあ、ないの。とにかく不安で」
「何が」
「…全部は話せないから、かいつまんで話すけど…、ルシアンにとって、私は要らない存在なんじゃないかなって、時々思うことがあるのよ」
「はあ?なんで?」
普段の二人の様子を見ていれば、二人がどれだけ仲が良いかぐらいは一目瞭然だ。
つまらないのろけ話だろうか、と少しシルヴィオは眉をしかめた。
「ルシアンの心の中にはいつだってあの子が居るの」
「あの子って…、リリノアとかいう天使だっけ?でも今は会ってねーじゃん。つか、会えないんだっけ?」
「そう。でも、ルシアンはいつだって遠くを見てる。あの子のことを考えてる。罪の意識もあるのかもしれないけど、それだけじゃない。私知っちゃったの…ルシアンとリリノアは、人間だったときからの知り合いなんだって」
「マジ?んなことあんのか…」
「きっと凄く大事な存在だったんだと思う。なのに、引き離されちゃって…こんなお屋敷に閉じ込められて…辛くて辛くて仕方ない筈だわ。でも私はそんなあの人になんにも出来ない…」
そこまで言ってまたレノールは泣きだした。
つくづく優しい子なんだな、と思うと、胸が痛む。
「…あのさー、レノール。バッカじゃねえの」
「……は?」
「なんにも出来ない、って…むしろあんたが居たからあのバカは潰されずに済んだんじゃねえの?罪の意識とやらにさ」
「そんなことないわ」
「あるって。あんたらの友達にも聞いてみなよ。全員がそう言うと思うぜ?大して付き合い長くないオレだってそう思うんだからさ」
「……」
レノールの頭を撫でる。かつて自分がそうして貰ったように。
「あんたがそんな心配することねえよ。ルシアンにだって聞いてみな?あんたが一番大事だって言う筈だから。つーか泣き止めよ、あんたが泣くなんてらしくなくって落ち着かねーし」
「……シルヴィオ」
「にしても何でオレを呼んだの?アリーセとかロッテとか、そこらへんの方があんたらのこと良く知ってるだろーに」
「だって、困ったら呼べって、言ったじゃない…今度はオレが助けてやるよって」
「あー。なんだ、ちゃんと覚えてたんだ」
「借りは返して貰わなくちゃ」
「まー確かに…って、礼はちゃんとしただろー?奢ってやったじゃん」
「そうだったかしら」
「あんたな」
いつもの調子が戻ってきたようだ。
これなら心配無いだろうと立ち上がる。
「もう夕方になるし、ルシアンも帰ってくるよな?顔合わせたくねーし失礼するわ」
「すごく…、楽になった」
「なら良かった。そーいやあオレもさ、あんたと話した時がそうだったな」
「ふられた時のこと?」
「っだー、わざわざ傷をえぐるなっつの!」
「……ふふ」
「ったく、相変わらず生意気なちびっ子だよなー」
レノールとのこの関係は、何と呼べば良いのだろう。
友達のような、相棒のような。
性格は全く違うと思うのに、自分の事を一番に理解してくれるような、そんな相手とでも言うのだろうか。
「ありがと…来てくれて」
「礼ならキスでいいよ」
「ばか」
「あいてっ、冗談も通じねーの?それともキスはルシアンにしかしませんってやつ?」
「……そうよ」
「うーわ、ドン引き。あんたも物好きだねー」
「うるさい、何がドン引きよ」
「ぶっちゃけオレを選べばよかったとか思ってない?」
「調子に乗らないで。うぬぼれもいいとこだわ」
本当にどこまでも一途なのだな、とつい笑ってしまった。
そしてこんな子にそれほど好かれるルシアンが、
「正直ムカつく」
「え?何か言った?」
「いや、なーんにも」