小説 | ナノ
恋することのは
その日も、クロウが帰宅する頃には時刻は日付変更線を跨いでいた。
へとへとになりながらもガレージにBBを収納すれば、こちらもまだ作業を続行している、遊星とブルーノに出迎えられる。
「クロウ、今日も遅かったな」
「お疲れさま」
「おー。おめーらも遅くまでお疲れさん」
二、三言葉を交わし、クロウはすぐに自室へと切り上げる。明日の分の配達リストを寝る前にチェックしておきたいし、明朝もゆっくり寝ていられるような時間はない。WRGPに向けての資金繰りのために始めた配達業が軌道に乗り出したのは嬉しいのだが、いかんせん忙しかった。ここ二週間はオフの日もない有り様だ。
あいつ、どうしてっかな……
思い浮かぶのは、恋人である乙撫の顔である。乙撫ともろくに話せておらず、たまにメールが来るのに返すのが精一杯という状況だった。というかこちらを気遣って返信不要が多いのだが、意地でも返している。
身体の疲れは栄養ドリンクや気力でなんとかするとして、乙撫恋しさだけはどうしようもなかった。ホームシックならぬ乙撫シック。有り体に言うと、限界だった。
声が聞きたい、なんでもいいから話がしたい、顔が見たい、抱き締めたい、それからそれから、あーもうジャック爆発しろ!
知らずうちにぐぐぐ、とクロウの眉間が寄り、歯を食い縛る。
そうこうしている間にも部屋に到着したクロウは、からし色のジャケットを脱ぎ去ると、すぐにでもベッドに身を沈めようとした。配達リストのチェックはやっぱり明日の朝一にしよう。
――が、枕元にちょん、と置かれている物体に気付いて、押しとどまる。
「なんだこりゃあ……」
それは可愛らしい封筒だった。音符と小鳥の絵がワンポイントで描かれているそれを裏返せば、クロウへ、と見知った字が目に入る。瞬間、どくん、とクロウの鼓動が跳ねた。慌てて封を開け、封筒と同じ趣向の便箋を開く。
そこに連ねられていたのは――予想通り、乙撫の字だった。
クロウへ
やっほークロウ、元気にしてる?乙撫だよ。お仕事お疲れさま!
忙しいみたいだけど、あんまり無理はしないでね。クロウってば無茶しすぎるところがあるから、みんなで心配してるんだよ?くれぐれも身体には気を付けるように!
あとなんでいきなり手紙を書いたかっていうと、雑賀さんから明日はラブレターの日だって教えてもらったからなんだ。物知りだよね雑賀さん!マーサハウスの雑学王なんだよ〜。
このレターセット可愛いでしょ?持ってなかったから買いにいったんだけど、お気に入りなんだ!
でもラブレターってどんな風に書いたらいいんだろうね。手紙自体初めてなのに…初めてだよね?
えーとえーと、クロウ今度いつ休み?あのね、すごく会いたいです。ぎゅーってしたいし、してほしいです。
ゆっくり休みたいとは思うんだけど、ちょっとでいいから時間をくれると嬉しいな。
あとね、この前おいしいケーキ屋さん見つけたんだ。甘いものって疲れにいいって言うじゃん?クロウに食べさせたいなぁって思って。クロウは何ケーキが好き?今度の休み、もしクロウが会ってくれるなら買っていくよ!
なんかこれラブレターじゃないような…今更だけど。思い付くまま書いたから支離滅裂だね。
あ、返事はいらないです。でも休みの件はメールもらえると嬉しいな…!
手紙って最後なんて書いて終わったらいいの?じゃあね、かな?
じゃあねクロウ、大好き!
「……っ!!」
クロウは撃沈した。文句なしの一発K.O。正にワンターンキルである。手持ち無沙汰な左手をワナワナと掲げ、枕に顔を押し付けたまま声もなく悶絶する。
なっ…なんだこの恐ろしい手紙は…!可愛すぎんだろ馬鹿か死ぬ!オレが!オレの全身からアドレナリンを掻き出すってレベルじゃねぇってのくそっ熱い!一気に熱くなっちまったじゃねーかってかあいつなんなのオレを殺すつもりか?そうなのか?うっわ心臓めちゃくちゃバクバク言ってやがる…!!
ひとしきりベッドの上でのた打ち回ったクロウは、握りしめていた手紙の存在を思い出すなり勢いよく身体を起こした。案の定くしゃりとしてしまっていた便箋のシワを、必死に伸ばす。もちろん完璧には綺麗に戻らず、クロウは数分前の愚かな自分を呪った。が、全ては後の祭りである。
ここだけの話、ちょっとだけ泣きたくなった。
気を取り直し、もう一度便箋を開く。
書き連ねられている乙撫の字を、クロウの指が追うようになぞる。
愛しむように。
クロウは知らないだろう。今自分が、どんな顔をしているのかなんて。
「……言われるまでもなく、次の休みはお前と過ごすつもりだっつーの……」
そう呟いた声は自分で思っていたよりも熱情に掠れていて。
「………」
あ、次の休みまで待つのちょっと無理だわコレ。
「クロウ?こんな時間にどこへ行くんだ?」
「あ〜…ちょっと、な」
ガレージに舞い戻ったクロウの装いが明らかに外行きなのを認めて、遊星が目を丸くする。しかしクロウの答えは煮えきらないというか、はっきりしないものだった。
そんなクロウの様子にピンときたのだろう、ブルーノがにこやかに問いかける。
「ああ、乙撫のところだね」
「……っ!?なんっ」
「ああ、なるほど。そういえば夕方乙撫が来ていたな。
それで、」
「クロウにラブレターを持ってきた!って言ってたもんね。早速お返事かい?」
「う、うぁ、その、ちが、あ、いや違くねぇのか、いや……じゃじゃじゃあオレ出かけてくるから!!」
逃げるようにBBに跨がり、エンジンをふかす。一刻も早くこの場から離脱したかった。それはもう切実に。そんなクロウを見守る二人の表情がほほえましげなことが、更にクロウの気持ちに拍車をかける。
見るな…そんな目でオレを見るなぁ!!
衝動のまま発進したクロウへ、ブルーノが爆弾発言を投げ付ける。
「クロウ!今日はキスの日でもあるらしいよー!」
「!!??!?」
盛大にうろたえながらも、クロウはガレージから逃げ出した。
躍り出た夜空の下ブルーノの言葉を思い返す。
………キスの日か。
だったらなんつーか、もう、しょうがねぇよなあ。
一体全体、なにがしょうがないのか。
謎の理屈にうんうんと納得しつつ、クロウは一路、マーサハウスを目指す。
恋するくちびる
20120528
今更ですが5/23小咄
18歳の手紙のノリがわからなかった…<(^o^)>自分のを参考にしたらただの公開処刑だしな…!