小説 | ナノ
特別前線24時
曰く、その日は特別な日らしい。
9月5日、23:57。
近付く日付変更線に妙な期待が高まる。ベッドの上で落ち着きなく携帯をチラチラ気にしていると、部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。
時間はもう23:59。日を跨ぐまであとちょっと。
ンな時間に、一体なんだろう。十中八九ジャックの奴は寝てるだろうから、遊星かブルーノか。
未練がましく携帯を手に立ち上がりドアを開けば、そこにいた予想外の人物にオレは呆気にとられることになる。
「ハッピーバースデー、クロウ！」
扉の前でオレを待っていたのは、マーサハウスにいるはずの乙撫だった。向けられている満面のゆるい笑顔に、思考が一時停止する。
あれ、オレこいつからのメールか電話待ちだったんだけど、は？
「な、なんでここに」
「なんでって、クロウに一番におめでとうって言いたかったからに決まってんじゃん！それに直接言いたかったし！」
ハッピーバースデー！
改めて告げられた祝いの言葉に、なんだか気恥ずかしくなってくる。サンキュ、とだけ返して、とりあえずオレは部屋の中に乙撫を招き入れた。
実のところ今日9月6日は、多分オレの誕生日でもなんでもない。
事の発端はまだオレらがガキの頃。9月6日、96、く・ろ。語呂合わせがいいからって理由だけで、乙撫が勝手に決めちまった誕生日。でもそれは覚えやすいこともあってかあれよあれよと仲間内に広まり、今やすっかり定着してしまっている。
まぁ、ホントの誕生日なんてわかんねぇし知りようもないから別にいいんだけどよ。
「はいっ、誕生日プレゼント！」
うきうきとした様子の乙撫に渡されたのは、可愛くラッピングされた長方形の箱だった。大きさは大体、縦15センチ横８センチってとこか。
「開けてみてもいいか？」
「どうぞ！
えーっとえーっと、プレゼント何にしようか色々悩んだんだけど、クロウ疲れてるだろうなーって思って入浴剤セット買ってみたんだ！」
「おー！なんか豪華だな！」
「へっへーそうでしょ！こっちがリラックスできる香り、こっちがくつろげるアロマ三種類、これがリフレッシュできるやつとー、あとバスソルト！
今日の入浴の後は特典でなんと乙撫さんのマッサージ付き！」
「おっ、いたれりつくせりじゃねーか！」
「えへへ、今日はクロウの日なんだからクロウは王様だよ！なんでも言ってね！」
……………。
な ん で も 。
その言葉にヨコシマな考えがよぎるオレは、おかしくないし間違ってもいないはずだ。まぁ……なぁ？こちとら健全な男だし、深夜に好きあってる男と女が同じ部屋にいたらやることはひとつだろ？
でも目の前の乙撫はそんな気はさらさら無いっつー顔してるわけなんだが。
そんなもんだよなぁ……と思わず乾いた笑いを浮かべると、乙撫は不思議そうにした後ハッとした。
「そっか、クロウ仕事で疲れてるよね。じゃああたし今日はもう帰るね」
「……は？」
「え？だって今変な笑い方してたし……疲れてるんでしょ？」
どうしてそうなった。どうしてそうなった！
疲れてるか疲れてないかと聞かれれば、疲れてなくもないけどそうじゃなくてだな…！
叫びそうになるのをすんでのところでこらえ、深呼吸する。
こいつはこいつなりに、オレのこと考えてくれてんだよな。その方向がなーんか納得いかねぇんだけどよ。大体そんなしょんぼりした顔すんなよな、馬鹿。
「っていうかよ、じゃあお前は疲れてる時一人になりたいタイプなのか？」
「えっ？うーん……そうだなぁ、クロウにぎゅーってしてもらったりして癒されたいかなぁ」
「……っ、そ、そーかよ」
おいおいおい何さらっと爆弾投下してんだよ可愛いじゃねぇ、か……！
思わず言葉につまっちまったけどこれは仕方ない。仕方ないだろ！？普通そうなるだろ！？
って、だからそうじゃなくて。
「まぁ、なんつーか、オレも大体そんな感じだな」
「……じゃあ、いてもいい？」
「今日はオレ、王様なんだろ？」
「へ？」
「なんでも言えって言ったよな？」
「？ うん」
「なら、ここにいろよ」
そう言って小さな身体をぎゅっと腕の中に抱き込めば、乙撫はオレの首筋に頭を擦り寄せて嬉しそうにうん、と答えた。
ありふれた日常に埋もれた、なんてことのない１日のはずだった。意識することなく過ごす、それなりに上下はあるけど平凡な24時間。
でも、オレにとって特別なお前がそう言うんだから、やっぱり今日は特別な日なんだろう。
いや、違うな。特別な日に"なった"んだ。
きっと朝起きたら、遊星やブルーノは誕生日おめでとうって言ってくれる。ジャックの奴はどうかわかんねぇけど、せめて今日くらいはブルーアイズマウンテンを控えてほしいもんだ。
呼び出されてるマーサハウスでは子供たちが待ってる。
乙撫からもらった一番のバースデープレゼントは――今日をオレの特別な日にしてくれたこと、そのもの。
120907
クロウの日出遅れ。昨日一回upしたけど納得いかんかったんや…！
プレゼントはラッシュの詰め合わせでもイメージしていただければ