小説 | ナノ
真夜中は純潔
深夜、マーサハウス。
ガチャリという解錠音の後、ゆっくりと玄関の扉が開く。その隙間から中を窺い見るは盗人――などではなく。いや、元義賊なのだから、あながち間違ってもいないだろうが。
とにもかくにも物音を立てないよう中に入り、開いた時同様ゆっくりと扉を閉めたのは、クロウであった。
しぃんと静まり返ったマーサハウスの中、合鍵をポケットにしまったクロウは一路乙撫の部屋を目指す。息を潜め、足音を忍ばせながら、至極慎重に。マーサや子供たちの眠りを妨げてしまうのはもちろん本意ではない。
一番気を使うのは階段だ。乙撫の部屋は二階にあるため避けては通れない道ではあるのだが、マーサハウス自体そう新しいわけではないのでいかんせん軋む軋む。
なるべく体重をかけないようにしながら、クロウは階段を素早く登りきる。ここまでくればもはや目的地は目の前――とは、悲しいかないかなかったりする。
真っ直ぐ伸びた廊下の奥から二番目の一室、そこが乙撫が睡眠をとっているであろう部屋なのだ。そこに至るまでの数部屋では、ギンガたちがそれぞれの夢に興じている。いや、そうでなければいけない。ちなみに余談だが、一番奥に構えるは子供たちの度胸試しに使われることもある物置部屋だったりする。
数々の難所を乗り越え、そして、ついに。
ギィ…という微かな音と共に、木造のドアを開けた。
今夜は星月夜だ。カーテンを閉めていても尚透いた光が、室内を仄かな青で満たしている。その中に響く、安らかな寝息。窓際に寄せられたベッドの膨らみが、規則的に上下する。
まるで吐息に紛れて、乙撫の眠りが漏れ出しているような、不思議な空間。
「………」
どこか現実離れしているというか、幻想的というか。クロウはしばし我を忘れてその光景に見入った。そのままふらふらとベッドに歩み寄り、乙撫の顔がよく見えるようにふちへと腰かける。
穏やかな相貌を眺めている内に、胸の奥が疼く。どうしようもない慕情が、本人を前にして尚溢れ出してくる。
互いの都合がつかないまま、気がつけば2週間が過ぎていた。ジャックが職についていればもう少しは時間が、とは思うのは毎度のことだが、どうしようもない。
電話だけで足りるものか、そんなことでは――満たされない。
ついに限界を迎えたクロウは矢も盾もたまらず、配達が終わった足でそのままBBをマーサハウスに走らせたというわけである。
ぎし……。
ベッドのスプリングが声を潜めながらも、密やかに唸りを上げる。かまわずクロウはシーツに潜り込み、寝具に身を任せきっている乙撫の身体を抱き寄せた。
「………は〜…」
目を閉じる。腕の中の感触に自然とひと心地つき、身体から力が抜けていくのがわかる。鼻頭をくすぐる香りに、シャンプー変えたのか、なんてとりとめのないことを考えたりして。心地よさと共に、瞼に押し寄せる微睡み。
そのまま睡魔に流されようとしていると、不意に――乙撫が身じろぎした。
やっぱ寝苦しかったか?そう思い至ったクロウが腕の包囲を緩めると、乙撫の手がもぞもぞと動き、そして。
クロウの背へと、回された。
「……!」
もしや起こしたかとクロウが目を開くも、乙撫の様子にそのような素振りはない。ということは、今のは――完全な無意識ということになる。
その無意識が無性に嬉しくて、愛しくて。
どうしようもなく口元が緩むまま、ぎゅうぅ、と乙撫を抱き締め直す。明日も仕事だが昼からの分しかないし、このまま共寝に耽っても支障はないだろう。
朝起きた時の乙撫の反応を楽しみにしながら、クロウの意識はやがて無垢な睡夢へと沈んでいった。
111017
安心の寝タ率