色黒テレビ | ナノ

「それで、貴方は何て言ったの?」

「……別に、何も」

「何ですって?一体どうして!?」

談話室の一角にネームの声が響く。ああうるさい。今流行っている耳塞ぎの呪文をかけておいて本当によかった。でなかったら今ごろ、談話室にいる全員が私たちの会話に耳をすましていたことだろう。

「だって返事は今度でいいって」

「だからってそんな!」

「あーもう、うっさいな!もう良いじゃん、ほっといてよ!」

「良くないわ!貴方の人生に関わることなのよ!」

「そんな大げさな…」

「そうよ、大げさなことなの」

あの日、私がシリウスから告白されたことを何故かネームは知っていた。我が妹ながら恐ろしい。自分がギルバードと付き合いだしたことよりも先に、ネームはその話題を口にした。まるで「ついで」とでも言わんばかりのギルバードの扱いに少し同情する。可哀想に。

ネームが険しい顔をして口を動かすのを、ぼんやりと眺めながら、膝に置かれた本に手を伸ばす。意味は特にない。寝不足でクラクラする頭を必死に動かすが、文字が頭の中に入らない。パーティーが終わり、日付が変わっても談話室で(またはそれぞれの部屋で)幸せ気分に浸っていた生徒達は皆そろって眠そうだ。もちろん逆もある。私はどちらかといえば後者。

「ナマエ、聞いてるの?」

などと言う、お節介な妹の声が一番響くのだ。ちょっと黙っててほしい。うるさい、と一言呟いて耳の中に指を突っ込む。それと同時に私の後ろに立った人物が、私の耳から私の指を引っ張りだし、大きな声で叫んだ。

「やあナマエ!それにネームも!」

「うっ…るっさいな!わざとでしょジェームズ!!」

「あはは、まあね!」

眠気とは無縁の顔でジェームズがケラケラと笑った。「ハイ、ジェームズ」とネームが挨拶を返す。

「二人共、昨日はどうだった?僕はそれはそれはもう最高の夜だったさ!」

「だろうね」

この眼鏡さんは、自分が愛してやまないリリー・エヴァンスとパーティーに行ったらしい。そりゃ、このテンションにもなる。聞きたくもないリリーとのアレコレを語り出すジェームズにはもううんざりだ。ぶっちゃけ私はリリーとそんなに仲が良いわけじゃないし。知っているのは、割となんでも完璧にこなせて監督生でネームとは別種類の美人だってことくらいだ。ネームやルームメイトの子達と仲が良いのは知ってるけど。

そういえば、ルームメイトの子達の名前って何だろう。今更だけど。そんなことを思いながら、寝不足に加えてジェームズ・ポッターの独演会が始まってしまい眠気が限界になってきたころ、ようやく痺れを切らしたネームが口を挟む。

「ねえ、ジェームズ。シリウスから昨日のことに関して何か聞いた?」

「ん?ああ!聞いたよ、ナマエ!君ってば、ようやっとあの名家ブラック家の長男に告白されたらしいね!」

勿体ぶりやがって。こいつのこういうところが腹立つ。ニヤニヤと意地悪く笑うその顔に、ネームがこの話を持ちだすのを待っていたんだと悟る。

「返事は返してもらってないって言ってたけど。僕はてっきり、君はその場で返答をするものだと思っていたのに、どうしてだい?」

「そうよ、やっぱりその場で返してもらうべきだったんだわ」

「……だって」

だってじゃないよ、と自分自身に心の中で突っ込む。答えはもうとっくの昔に決まってる。ジェームズ曰くあの名家ブラック家の長男なんかよりもずっと前に。だけど。

「…そんなの、今さらどうすれば……」

そう、私達は今までに色々ありすぎた。それは決して良いことではなく、悪いこと。私は今までシリウスへの思いを隠してきた。嫌われてると思っていた。だけど、今になって両思いでした、なんて。そんなの困る。どうしたらいいの?過去に言ったこと、されたことは消えない。思いだしたくもないくらい酷いことも言ったしその逆もある。ネームと仲良く話していたシリウスの顔だって、今だに頭から離れない。例え仮にこのままシリウスと付き合ったりしても、それが原因でケンカをするかもしれない。私の中にはまだ、醜い嫉妬が渦巻いている。

頭を片手で抱えた私を見て、ネームとジェームズが視線を合わせた。耐えかねたように私の名前を呼ぶネームを、ジェームズが左手で制止する。

「そんな君に良いことを教えてあげよう!」

妙な効果音を口ずさみながらジェームズが私に顔を近付ける。シリウスの親友である、このジェームズという男はどうも掴みにくい。馬鹿げたことばかり言っていると思えば、意外とまともな事を言ったり。

指をピンッと立てたジェームズは、ハシバミ色の瞳をキラキラさせながら、上目遣いに私を見る。


「忘れることも大切さ。過去のいざこざはね」


ジェームズはウインクをしながらそう言った。



忘れることも大切さ

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