色黒テレビ | ナノ

雨が降ってきたようだ。

窓がないここからでは詳しくは分からないが、音を聞く限り徐々に激しさを増している。その音だけはぼんやりと耳に入って来た。

「どうして逃げた」

息を切らせてそう言う男にこの音が聞こえているかは定かではないが、とにかく私に対してイライラしているようだ。

「…べ…別に、逃げてない」

嘘だろ、どう考えても逃げただろ私。シリウスも同じ突っ込みをしようとしたみたいで、一瞬口を開けたけど、それを閉じて代わりに私の腕を掴んでいる手の力を強めた。痛いな、とかそんなことを思う余裕も言う余裕もなく、ただ灰色の床を見つめる。目は見ない。こいつがどんな顔で私を見ているかとか、その目に映る自分とか、そんなの見たくない。だけど、小さく聞こえた「顔を上げろ」と言う声に負け、ゆっくりと頭を上に持ち上げた。

「俺は別に、お前を笑いにきたわけじゃない」

シリウスが口を開く。じゃあ何故追いかけてきた。そういうように睨めば、シリウスはますますイライラしたようで、怒りを抑えるようにため息をつく。

「頼むから逃げないでくれ」

「そんなの、アンタに指図される筋合いは…」

「いいから俺の話を聞け!!」

雨の音がその怒声に負けた。

「お前はすぐに逃げる!授業でネームと決闘するときだって、あのレイブンクローのシーカーからも逃げた!」

「なっ……」

「分かるさ!ずっと見てたんだから!」

信じられない。まさかこいつにばれていたなんて、思ってもいなかった。レイブンクローのシーカーだった彼を好きだったことも、ネームとじゃ勝ち目がないと、リリーに無理やり決闘の相手を押しつけたりしたことも。全部結果は目に見えてると、やる前から勝手に諦めて、自分の気持ちを押し込めて見なかったことにしたことを。一ヶ月もしないうちに諦めた。どうしてそれをシリウスが知っているのだろう。金魚のようにパクパクと何度か口を動かして、ようやく声が出た。

「ずっと見てたって……」

一体誰を。顔を真っ赤に染めたシリウスは、眉間によせたシワをさらに深くさせて吐き出すように囁く。

「お前を」

遠くから、雨の音に混じってわずかに音楽が聞こえる。真っ白で役に立たなくなった頭の中を、少し早めの曲がゆっくりと回っている。

みかん色のドレスを着た私と、少し怒ったような表情のシリウスが、その曲に合わせて踊っていた。二人共会話をする気はなくて、視線を合わせることもなく、ただ淡々とリズムに合わせて足を動かした。周りの甘いムードに酔って動きが早くなる心臓がシリウスに聞こえていないか、とか、そんな心配だけしていた気がする。お陰さまで、シリウスの足もたくさん踏んだ。普段なら怒鳴られてもおかしくなかったはずだけど、その時は何故かシリウスは怒らず、私を自分の方へとただ引き寄せただけだった。自分の心臓のことで手一杯だった私は、シリウスの心臓が自分と同じくらい早くなっていたことに気付いていなかった。そんな私の様子を、怒ったように眉間にシワをよせ、顔を赤く染めたシリウスがずっと見ていたことも。


シリウスが自分の手を、私の腕から手のひらまで滑らせた。遠慮がちに優しく私の手を握り、私を引き寄せるように、その手を自分の胸まで引っ張る。鼓動は早い。私の鼓動ではなく、シリウスの鼓動。

眉間のシワはよせたまま、私の手を強く握り、シリウスが目を閉じるのと同時に息を吐き出した。


「ナマエ」

遠くではまだ雨が降っている。


「好きだ」



雨降りの風景

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