色黒テレビ | ナノ
「…疲れた…」
いろんな意味で。ナマエは今テラスで休んでるはずだから、と少しだけ髪の毛をぐしゃぐしゃとかきまぜる。
別に今さら無理して格好つける必要なんてない。だけどどうしても良いところを見せようとしてみたり、キザったらしくナマエをエスコートしてみたりしてしまう。もう重症だ。
「ずいぶんとお疲れみたいね?シリウス」
「…ネーム。あの何とかって奴はいいのか?」
「ギルバード。彼にはきちんと了承を得てきたから大丈夫」
そう言ってネームは笑った。やっぱり、似ているけど違う。
「シリウスこそ、私の大切な姉はいいのかしら?」
「…ああ、多分。今テラスにいると思う」
多分。アイツが大人しくその場にいてくれてるなら、だが。何か面白いものを見つけてどこかへ行っていたり、アイツなら十分にあり得る。それにもしかしたら誰かに、ダンスに誘われたって可能性だってある。
「まあナマエのことだから誘われても断るわよ」
俺の思考を読んだらしいネームがそう言う。
「どうして?」
「貴方以外の男性に誘われてダンスを踊るなんてあり得ないからよ」
「…」
ネームが意味あり気に頬笑む。俺以外に誘われてダンスは踊らない?それは、つまり。
(…いやいやいや、無いだろ…)
そんな都合の良い考えなんて。前に垂れてきた髪の毛を思いきり後ろへ掻き戻す。そりゃ、少しは意識してくれてたら嬉しい。そうなるように最近は、悔しいがジェームズのアドバイスを実行してみようと思って自分の好意を表に出すようにしていたのだから。だけど、それ以上に逆の時期が長すぎた。
どうすればいいのか分からなくなって藁をもすがる思いで双子の妹に聞こうと口を開いたが、それは彼女の問いかけによって止められる。
「一つ聞いてもいいかしら?」
「うん?構わないが」
「ナマエのどこを好きなの?」
本人が一番そう思うはずだわとネームが言った。どこを?とネームを見る。アイツと同じ顔の彼女はそうよと言うように首を上下に振った。そりゃあ、と手にしたバタービールを口に含む。
「何だかんだでさ、アイツってネームのことを大切にしてるんだよな」
いつだったかは忘れたが、何かに嫉妬した女子にネームが嫌がらせを受けたとき、ナマエは授業も何も放り出してその女子のところまで殴り込みに行った。冗談抜きで。年上の女子二人を平手打ちし足縛りの呪いをかけついでに口封じの呪文。先生達に怒られ50点減点されたナマエは、その場にいた人を睨み付けこう言った。「妹が嫌がってたから止めさせただけでしょ、力ずくで」と。もちろん、マクゴナガル教授の説教は長引いた。
「口も悪けりゃ性格だってあまり良くないが、それだけは誰の目にも明らかなんだ」
「うふふ…羨ましいでしょ」
「うるさい」
後ろ手で机に体重を預けて息を吐く。チークタイムで男女がくっついているのを見て、その姿に自分とナマエを重ねてしまう俺は、もうマダムポンフリーでさえ治せない領域に踏み込んでいるのだろう。
「あと素直じゃないところも結構好きだけどな」
「…貴方そうやっていつもナマエをいじめてるんじゃない」
「ははは」
「反省しなさいよ。やりすぎは良くないわ」
「ああ、分かってる」
それで好きな奴を泣かせていたら意味が無い。まあ、うん、これからは時々に控えようと思う。チークタイムがゆったりと終わり、踊っていた人達が一息をつく。
「それじゃあ、私は行くわね」
「ああ」
「それから、私さっきギルから告白されて付き合うことになったの」
「は、」
「次は貴方達の番よ」
ほんのりと頬を染めながらウインクをして、ネームが人混みの中へ小走りで行く。その先にいたのはギルバードで、ネームはとても幸せそうな顔で笑っていた。
「くそっ…腹立つ」
両手に持ったバタービールを強く握り締める。これ見よがしに幸せそうな顔を見せつけやがって。
彼女と同じ顔のアイツは、俺を見てあんな風に笑ってくれるのだろうか。あんな風に、恋人に向ける眼差しで。
女子二人を襲撃したのと同じ頃、アイツはレイブンクローのシーカーに惚れ込んでいた。黒髪で頭が良くて、女子の評判も悪くない。アイツは無関心を装っていたが、いつも一緒にいる俺達にはバレバレなくらいそいつを目で追っていた。
(妹思いで素直じゃないところだけが好きなわけじゃないさ)
それまでは知らなかったアイツの女の部分。そいつがスニッチを取ったときの嬉しそうな顔や、廊下でたまたますれ違ったときにサッと赤らんだ顔。そいつに彼女が出来たと知ったときに見せた悲しそうな表情。
つまり、全部だ。
(…そういや…あのときも泣いてたな)
夜遅く、談話室のソファーの上で。忍びの地図を片手に、思わず階段をかけ降りた俺は、そのそばでただそれを後ろから見ているだけだった。ぎゅっと唇を噛みしめて涙をこらえようとしているナマエの背中を。
(あの時からだ)
多分あの日から、俺は安らぐことを知らない。
安らぎの行方
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