色黒テレビ | ナノ
学校一の人気者であるシリウスが、学校一人望の無いナマエを誘った。という噂は、またたく間にホグワーツ中に広がった。それを最初に聞いたときのウザさ。何だよ人望無いって。学校一って。事実だよ。あの日から廊下を歩けばあからさまにヒソヒソ言われ、何度か呼び出しをくらった。

「ねえ、それアイツの前で言ってくんない?わざわざこんな陰気臭いトイレに呼び出さないでアイツの前で同じこと言って同じことやってくれない?別に私が誘ったわけじゃないから文句があるなら私じゃなくてアイツに言って!第一今まで遠巻きにコソコソ陰口叩いてたくせに今さら来られても迷惑なんだけど。面倒だし」

マートルの耳障りな泣き声をBGMに、もう何度目か分からないお決まりのセリフを口に出す。ほぼ一息で言えば当然息も上がるわけで。その一息ついた瞬間を見逃さず、同学年のグリフィンドールの女の子が私の頬を叩いた。

「いっ…!!」

「わ…私が誘っても断られたのに、何でアンタみたいなのが…っ!」

「知らないよそんなこと!アイツに聞けっての!つか痛いんだけど!何で私が叩かれなきゃいけないの!」

「アンタ愛の妙薬でも使ったんでしょう!最低よ!」

「そんな気持ち悪いモン使うわけないでしょうよ私が!自分に魅力がないからアイツに断られたクセに私が悪いみたいな言い方止めて!こーいう卑怯なところがダメだったんじゃないの?」

と嘲笑ったら、もう一つおまけに殴られた。


**


「何なの!ねえ何なの本当!」

「シリウスは本当に人気者ねえ…」

「そんなしみじみと言わないでよ!私が惨めになる」

「気にしなければいいのよ、ナマエ」

私と同じ顔の妹がそう言ってニッコリと笑う。そりゃ、アンタなら気にする必要無いだろうから簡単だろうけど。ネームがトランクの中にしまってあったドレスを二着取り出す。パーティーの当日ギリギリまで呼び出しくらうとか私どんだけよ。腫れた頬を、取りあえずの応急措置で、冷却魔法をかけたハンカチで冷やす。が、腫れはなかなか引かない。あの子、後で憶えてろよ。

「はあ…」

「ナマエ?どうしたの?」

「別に…行きたくないなと」

あの日からアイツとも気まずいままだし。アイツが変なこと言うから、アイツの名前を心の中ですら呼べなくなってしまった。「好きすぎて呼べないってこともあるんだ」なんて、

「…どういうことよ、本当」

好きすぎてって、何が?考えても考えても、出てくるのは何とも自意識過剰な答えだけ。そんなのあり得ないと思っても、どうしてもそれしか該当しない。

(…私とネーム、間違えてるんじゃないでしょうね)

もしそうだったら、今度からアイツのことマイケル野郎って呼ぼう。どいつもこいつも間違えやがって。…いや、でもあの会話の流れで間違える奴がいる?だって、アイツはネームのことは好きじゃないって。

「…あああもう!!どうすれはいいのよ!」

「取りあえず着替えたら?」

「ええ、そうしますよ!」

一昨年のとは違う、淡い水色のドレスを乱暴に手に取る。あのみかん色のドレスよりもずっと大人っぽい。ネームにはよく似合いそうだけど、私にはどうなんだろう。

「ほっぺは痛いし、」

「シリウスとは会いたくないし?」

「!?っなんで、」

「分かるわよ。誰にも何も言われなくてもね!貴方と何年双子やってると思ってるの?」

「…生まれる前からずっとでしょうよ」

「そうよ!まったく、今貴方が何を考えてるか貴方に何があったのか、嫌でも何となく分かるわ」

私を見てイタズラっぽく笑ったネームは、もうすでに真っ赤なドレスに着替えていた。後ろのチャックを器用に閉めながらネームは少なくとも他の人よりは、と言う。まあ確かに。

興奮して顔が赤くなったルームメイト達が帰ってきた。私達のドレスを見て3人が口々に綺麗ね素敵だわと褒めちぎる。服を脱いでその素敵なドレスを着たら、3人はもっと高い声で「似合ってるわ」と言った。

「シリウスと並んでも違和感ないわよ!美男美人に見えないこともないわね」

「そうよ、影でグチグチ言う女なんて気にしない!」

「…ちょっと、前とやけに態度違うんじゃないの?どういう風の吹き回し?」

この前までは私のこと苦手っぽかったのに。ネームが「そういうこと言わないの!」と私を咎めるような目で見る。

「そりゃ、まだ苦手だと思う部分はあるけれど」

「でも実は良いところもあるって知ってるのよ。一応5年間同じ部屋で過ごしてきたわけだし」

「実はって失礼な!」

「分かりにくいのよ貴方は!きちんと話さないと何も分からないんだから」

「そうそう!きちんと話しても分からないことが多いのにね!」

「余計なお世話だ!」

「それでも、私達は見知らぬ子達より貴方のほうがよく知ってるし、どっちの味方になるかって言われたらそりゃあ貴方につくわよ!」

「でもナマエ、クリスマスパーティーの話ってシリウスのほうから誘ってきたんでしょう?それってすごいことだわ!」

もう勝手にしてくれ。はいはいどうもと適当に返事を返す。ネームが椅子に座った私の後ろに立って、私のボサボサな髪を梳かし始めた。どう手首が動いているのかは知らないが、とにかく器用に細かく動いている。一昨年とも違って誰ともかぶっていない、上品なこのドレスによく似合う髪型だ。ネームはどこでこんな髪型を憶えてくるんだろう。

ネームが私の髪を結い終わって化粧ポーチに手を伸ばしたところで、またルームメイトの一人が口を開く。

「そうねえ…貴方とシリウスが不釣り合いだって言う人もいるけれど、私は意外とそんなことないと思うのよね」

「私も。むしろ結構お似合いだと思うけど」

「そうよね。シリウスにあそこで言い返せるのってナマエだけだし。お互いに何でも言い合えるカップルって理想的だわ」

「カッ…!」

プルじゃない!そう叫びながら振り返った私の顔をネームが掴んで、むりやり前を向かされた。首がぐきっていいましたけど。ねえ痛いんだけどネーム。そんな私の気持ちも知らないで、ネームが「そうね」とにこやかに同意する。

「貴方とシリウスが付き合うことになったら、私も嬉しいわ」

「だ、だから私は…」

「好きかどうかはともかく、異性として気になってるように見えるけれど」

それを好きっていうのでは。真っ赤になった私を鏡越しに見て、ネームが「チークは必要ないみたいね」と笑って、化粧道具をポーチにしまう。ルームメイト達の、自然の化粧ね!という乙女の叫びは無視した。本当、いい加減にしてよ。どうして女子って人の色恋沙汰でこんなに楽しめるの。意味不明。こっちはアイツの名前を口にしようとしただけで頭を机にぶつけたくなるくらい恥ずかしくなるってのに。

「…うっさいな本当…」

「ナマエ、その口癖直しなさい」

うっさいな。指摘されたばかりの自分の口癖を心の中でもう一度。これが相手を不愉快にさせてるのは分かってる。けど、どうしても止められない。無性にイライラして綺麗にまとめたばかりの頭をぐしゃっと握る。ダメだ。思考がまとまらない。考えれば考えるほど、出てくるのはアイツのことだけ。

「ねえナマエ?」

ネームが私の手に優しく触れる。びっくりして振り返ったら、私と作りは同じはずなのに全然違う優しい顔。

「大丈夫よ。ゆっくり自分の気持ちを整理していけばいいわ。焦ることなんて何も無いんだから」

ネームの優しさは、ひねくれた私にも降り注ぐ。私には出来ない。どうしてもネームには勝てない。顔は同じでも、何もかもが妹であるはずのネームのほうが勝っていて悔しくて仕方ない。だけど彼女の言うことはいつも正しいのだ。

「…うっさいな」

「どういたしまして」

ネームはそう言うと、実に綺麗に頬笑んだ。




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