碧霄の絵画 | ナノ
部屋に置いてあるクローゼットを開いて、適当な服を着る。適当、といっても本当にただ適当に選んでいるわけではなく、それなりに可愛く、且つオシャレに見えるような服をチョイス。他の人みたいに普段家で着る服でも気が抜けないから大変だ。

何故ならば。

「ナマエ、準備は出来たかい?」

「あ、ええ、もちろん!」

少しだけ跳ねていた髪の毛をぐしゃぐしゃと乱暴に撫で付けて、慌てて階段を下る。服は完璧。

だけど、下へ降りていったら私の髪の毛を見てリーマスが小さく笑った。さっとそこに手を当ててみると、微かに自分の髪の毛が跳ねている感覚。失敗した。リーマスの柔らかい髪の毛とは逆に、頑固で堅い髪の毛に心の中で悪態をついた。

「おいで」

リーマスに促されて傍にあった椅子に座る。クスクスと笑いながら私の後ろに回ったリーマスが跳ねた髪の毛を撫でる。君の髪の毛は頑固だからね、と呟きながら彼が呪文を唱えると、一瞬で元のサラサラに戻った。私もこんなふうに、簡単に当たり前のように魔法が使えるようになるのだろうか。昨日受け取ったばかりの手紙は、一晩中繰り返し読まれて皺だらけになっていた。

「ありがとう、リーマス」

「どういたしまして。さあナマエ、そろそろ時間だよ」

「ええ!」

私に向かって出された手を取って玄関を出る。リーマスが魔法で家の戸締まりをし、私はその腰に思い切り抱きついた。こうでもしないと悪夢を見るはめになる。もっと安心安全な移動手段を使いたいものだ。

「じゃあ、行くよ」

「う、わ!」

リーマスの腕がしっかりと私の肩に回され、それと同時に耳に響く大きな音。おまけに視界がぐるぐると回る。何度やっても慣れなくて、何度やっても上手く着地が出来ない。ほんの一瞬のはずだけどかなり長い時間に思えた。

ようやく地に足が付き、ガクガク震えるそれを支えながら辺りを見渡す。上のほうから聞こえるクスクス声に顔を向ければ、リーマスが面白そうに笑っていた。

「ナマエは相変わらず慣れないね、“姿現し”」

「…一生慣れないと思うわ」

このまま抱きついているのも何だかアレなので、取り敢えずリーマスの腰から離れて根性だけで立つ。そんな私を見て、小さなパブの店主がいらっしゃいと笑った。紅茶を一杯だけ注文して飲み、店主にお礼を言ったところで、お店の奥にある暖炉が、まるでこれから私達に使われると知っているように火が点いて辺りを照らした。

「まずはナマエから」

リーマスにそう促され、暖炉脇に置いてあった箱から粉をつまみ、中に入れる。緑色に変わった炎の中に足を踏み入れて、大きな声で「ダイアゴン横丁!」と叫んだが、それも安心安全な旅とは言い難かった。

フルーパウダーで移動した先はこれまた小さなパブで、リーマスは店主に「また後で」と挨拶をして外に出る。こちらの天気も向こうと変わらず、暑いくらいの日差し。だけど、ふわっとした空気にガヤガヤと騒がしい音、普段自分達の住んでいるところとは違う雰囲気がここにはあった。

「やっぱり、何度来ても楽しいわね、ダイアゴン横丁は!」

私がそう言うと、リーマスが楽しそうに笑う。まだ何もしていないじゃないか、と言う彼の呟きには敢えてのノーコメントだ。
だって、そういうリーマスだって心底嬉しそうな表情なのだから人のことは言えない。

早く色んなお店を見て回りたくて、リーマスの服の裾を軽く引っ張る(そのときに、彼の指に新しい傷を発見した)。細く、傷だらけの指でリーマスが前を指す。つい反射的に目をやれば、そこには見慣れたクセっ毛の親子。

「ナマエ!」

「ハリー!久しぶりね!」

会いたかった!と思い切り抱き合った。前に会ったときとほとんど背丈も変わらず元気そうだ。会えなかった時間はそこまで長くは無かったはずだけど、と我が保護者達が呟いていたのには気付かないふりをした。

お互いの髪の毛に手をやって至近距離で話している私達は、きっと傍から見れば恋人同士だ。しかし、どちらかと言えば私達は仲の良い双子の兄妹であり、それ以上でもそれ以下でも無い。お互いの秘密を共有しあう、よき相談相手、ともいうのだろうが。

「ナマエ、リーマスとは何も変わりない?」

「ええ。悲しいくらい、いつも通りよ」


私がそう言うと、ハリーはどう答えていいのか分からないようで、少し悩んだ後、曖昧に頬笑んだ。


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