記憶の泪 | ナノ
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結局、私達は両親の出した結論を呑むことにした。お互いに純血主義ではないから、多分周りからは良く言われないだろうけど、純血主義者と婚約させられるよりはいい、とシリウス先輩は言った。

「お前、一人っ子だろ」

と小さく呟かれたその優しさが私の胸にしみ込む。シリウス先輩にはレギュラスさんがいる。兄がダメなら弟。それはそれで辛いのだろうけど、一人っ子の私は血を絶やさぬように他の人と無理やり婚約させられてもおかしくない。

有難うございます、と言ったらシリウス先輩がうるせえと呟いた。幸せだ。


互いの両親がそろった場で私達がそう答えを出したとき、「貴方もようやく親孝行をしてくれるのね!」という母様からの台詞に、シリウス先輩に触発されてか私も少しだけ勇気を出した。

「いえ、母様や父様のためではありません」

私は私がシリウス先輩と一緒にいたいから婚約の話を飲んだだけであって、親孝行をするつもりじゃありません。そう言えば、母様が顔を真っ赤にさせて私を叩いた。先輩のご両親は唖然とし、母様の隣にいた父様も私を罵ったけど、私の隣にいたシリウス先輩は一人だけ大きな声で笑った。

私、叩かれたんですけど気付いてますか?

「私、本当にシリウス先輩が好きなんです。だから、これは私の意志で母様達の意志に従ったわけではありません」

「俺もアンタ達の言いなりになったわけじゃないからな。俺はブラックを継ぐ気はない」

「…ど、どういうことなのシリウス、説明なさい」

「純血主義はみんな頭が悪いのか?」

2本の足でバランスをとった椅子に優雅に座ったシリウス先輩が鼻をフンッと鳴らす。こんな場でそんなシリウス先輩らしい態度に思わず笑った。両親の顔は、もう見ない。

「婿養子だよ」

「な…っなんですって!?」

「シリウスどういうことだ!」

「こんなに分かりやすく簡潔な説明が何回も言われなきゃ理解できないなんて!」

我がブラック家も落ちぶれたものだ!とシリウス先輩が大げさな仕草で叫ぶ。私はそれにも笑った。

シリウス先輩のご両親は、(シリウス先輩曰く“体裁を気にして”)懲りずに兄弟共にブラックの名を継いでほしいと思っているらしい。また、私の両親は自分達の生んで育てた娘が“ブラック”の名前になることを願っている。

つまり、これは私達2人からのささやかな復讐と言うわけだ。

「そういうわけです」

「ナマエ、貴方って人は…!!」

「もし私達からの条件が呑めないのであれば私達も婚約はしません。ただ、そうなった場合私はこの家を出ます」

「なっ…」

「ミョウジ家の名を捨てた上でシリウス先輩と婚約します」

「……俺、その話は聞いてないぞ」

「私の意志ですよ」

私のその台詞に、シリウスが笑った。

「OKするかしないかは俺の勝手だからな」

と言いながら。つまり、今の段階ではシリウス先輩に確実に「OK」と言わせることは出来ないということだ。

「ええ、受けて立ちます」

今度は、私の両親が唖然とする番だった。常に周りの意見に従っていただけの私が、初めて作ったレールに。2人がなんと言おうと私の意志は固い。ついでに、シリウス先輩の意志も固い。

純血主義が集まると面倒だとシリウス先輩は言ったが、頑固者が集まっても同じだ。

両家の両親はお互いに目を合わせてどうしたものかと、怒り半分で悩んでいたようだったが、ついに一つの結論を出した。


**


「よかったですね、良い答えがもらえて」

「当たり前だろ」

何の根拠もない答えを返しながらシリウス先輩が足元の石を蹴る。その石は5メートルほど先の木に当たって落ちた。その様子を目で追いながら私は足元の石を跨ぐ。

私達は両手に沢山の荷物を持って新しい家に向かっていた。シリウス先輩が事前に借りた家だ。私はまだそれがどんな家なのか知らされていない。

「でもきっと、素敵な所ですよね」

「…さあな。ジェームズに言わせると、俺はセンスが無いらしいから」

「シリウス先輩が本当にセンスの無い方なら、きっと私は先輩のことを好きになっていませんよ」

「なんだそりゃ。何の根拠にもなってねえし」

「はは、」

同じですね。私がそう言えば、シリウス先輩はもう一度「なんだそりゃ」と呟いた。

「まあ、もし家が気に入らないのなら、あの話は無かったことに」

「家ごときで私の気持ちは変わりません」

「…お前本当変わったよな…」

「そうですか?」

「ああ」

調子狂う、と先輩がため息をつく。私は何も言わずにその手を握った。驚いたように私を見るシリウス先輩に笑いかけてもっと強く。

「…何だよ」

「何でもありません。ただちょっと昔に戻ろうと思って!」

「昔?」

手は固く握ったまま、シリウス先輩の腕に自分の腕をぎっちり絡ませる。困惑した顔を見上げてにっこりと笑えば、シリウス先輩が「そういう意味か…」と呆れたように呟いた。

「自分の欲求に忠実だったちょっとだけ昔の自分に、ですよ」

狭い十字路を曲がって私の目に飛び込んできたのは、目いっぱいに広がる白。センスが無いなんてとんでもない。自分達を縛る全てのものを断ち切ってきた私達に相応しい小さな白いアパートだ。

「…楽しみだな、これから」

「色んな意味で、ですか?」

「もちろん」

シリウス先輩が私の手を強く握り返してニヤリと笑う。


ロンドンの街に、まるで隠れるように立つ真っ白なその建物に、私の胸は自然とウキウキと高鳴っていったのだった。



...end...



(20130830加筆)
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