記憶の泪 | ナノ
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出来る人に出来ない人の気持ちは解らない。

私が引かれたレールを無視しようとどれだけ頑張ったかとか、新たなレールを引こうとどれだけ努力したかとか、それを簡単にやってのけてしまったシリウス先輩には。

私は何をやってもダメだった。魔法の腕だってテストの結果だって、絶対に私は一位にはなれない。どの結果も両親を満足させられるものではなかった。常に貴方はダメねと。
自分の両親を満足させようとしているわけでもなく、ただ普通に授業を受けてただ普通にテストを受けて、それなのに確実に私の両親を満足させることが出来る結果を残している彼には、絶対に。

「…シリウス先輩は、家柄だけで人を判断するんですね」

シリウス先輩は、私がYESと言ったから私のことを純血主義と言っただけであって、家柄で判断したわけではない。だけど、シリウス先輩はスリザリン生というだけで悪質な悪戯をしかけたり、罵倒したり、つまり。

「…何だと…」

多分、自分は今、冷静に状況を判断することを忘れている。自分が何を言っているのか自分でも分からない。それでも、今私が考えているのは一つだけ。この人にだけは、嫌われたくない。家族からも疎まれ、周りからも疎まれ。大好きなこの先輩からは、絶対に。

「そんなの、純血主義と一緒じゃないですか」

マグル生まれというだけで、その人の全てを汚らわしいものだと判断する。マグル生まれというだけで軽蔑し、蔑んで差別する。それと一体何が違う?スリザリン生というだけで悪質な悪戯をするのだって同じだ。スリザリン生というだけでその人の全てを分かった気になって、それ以上知ろうともしない。そんなの、絶対に間違ってる。

「…たしは、あの家に生まれたくて、生まれた訳じゃありません」

だから純粋に凄いと思った。自分が選んでこの家に生まれたわけじゃないと、はっきりそう言ったシリウス先輩が。私にはその勇気が無かったから、別の方法で沢山藻掻いて藻掻いて、本当の自分がどこかへ消えてしまった今でもまだ懲りずに藻掻いている。
自分と同じ考えを持ったこの男の隣なら、まだ希望を捨てなくても良いかもしれない。そんな他人任せな考えと一緒に。

冷たいコンクリートの上に、水滴がぽたり、と零れ落ちた。

「私は、先輩のことが好きなんです」

灰色の床を一杯に収めている視界がじわりと歪む。大好きと何度言っても伝わらない。それなら、愛してると言えば伝わるのだろうか。愛しています愛しています愛しています。貴方が、自分の手でレールを作り上げたあの時から。愛を伝え返して欲しいわけじゃない。ただ伝わって欲しいだけなのに、どうして伝わらない?

「好きなんです、本当に」

足元が水滴で一杯になっても、私の目は今だに水を流し続けている。握り締めたスカートは皺がよっていて、ああ後で皺伸ばしの呪文を調べなきゃ、とか、普段だったら考えているそんなことが一切頭に浮かばないくらい、頭の中は一つの言葉で埋め尽くされていた。

前に、シリウス先輩に告白していた女の人は、有難うと受け取ってもらっていたじゃないですか。顔が整っているわけでもない、スタイルだって普通くらい、しいていうなら成績は中の上くらいのスリザリン生。私と何が違う?彼女の家だって立派な純血主義。私と何も変わらない。

それなのに。

「ど、して、」

私のだけは。

「ちゅ、と、半端に、優しく、なん、て」

好きとも、嫌いとも、普通とも、有難う、とも、私は何も言われなかった。ただ、「ふーん」とだけ。ほら、私の思いは、あの時から受け取ってなんてもらえてない。それなのに、彼は私を中途半端に受け入れて、中途半端に突き放す。

「…らい、なら、はっきり言えば、いいじゃないですか、き、嫌いって。なら、私だって、母様に、無理ですって、伝えるのに、な、なんで、何も…」

何も言ってくれないんですか。

「シリウ、せんぱ」

自分が酷く惨めだ。シリウス先輩に告白をしたとき、その事が母様に伝わって「貴方は私の汚点だ」と言われたときより、同じスリザリン生に魔法をかけられて、逆さに吊されて下着が丸見えになったときより、呪文学の授業でトカゲを消す筈がどんどん増えて、マクゴナガル先生に呆れられたときよりも、ずっと。

1人で子供みたいに泣いて、喚いて。

「シリウ、先輩、あい、して」

はたして、目の前の魔法使い達が、私の話を真面目に聞いているのだろうか。言葉が涙のせいで上手く話せない。愛しています。だからその言葉が、全く別の言葉になるということを、私は初めて知った。
自分のこの気持ちがシリウス先輩に伝わってくれればそれで良い、なんて思っていたけれど、もしかしたら本当は心の底でずっと、そう願っていたのかもしれない。


「愛して、」



(20130830加筆)
    
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