記憶の泪 | ナノ
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その日は、シリウス先輩の12歳の誕生日だった。

「俺はスリザリンになんか入らない!!」

そう言ってパーティー会場を飛び出したシリウス先輩の後を追い掛けた。今まで純血主義に流されて生きてきた私の中の何かを、たった一言で変えてしまった、その人物に興味を持った。ただそれだけ。

これでもか、と言うくらい全力で走るシリウス先輩の後を、短い足で必死に追い掛ける。後ろから聞こえる、今まで自分の全てだった両親の声を全部無視して。だから、彼らがあの時何を叫んでいたのかは知らないし、これからも知ろうとは思わない。

「…あの」

ようやく止まったシリウス先輩に声をかければ、嫌そうな顔をして無視をされる。自分の誕生日パーティに来ていた人間は、大人子供に関わらず純血主義の魔法使い。純血主義を毛嫌いしているシリウス先輩の当然の反応である。

ようやく止まった足をまた前へと動かしたシリウス先輩の後をまた追えば、シリウス先輩はまた嫌そうな顔をして歩き続ける。それでも、彼は私を追い払ったり叩いたりはしなかった。

「さっきの」

そう呼び掛ければ足が止まる。眉間に皺をよせたシリウス先輩がゆっくりと振り向く。

「私は、凄いと思います」

たった一歳しか違わない彼が、ブラック家期待の長男である彼が発した一言は、純粋にそう思った。多分もっと、格好良くて綺麗で、シリウス先輩に相応しい言葉は沢山あるんだろうけど。

「…………は?」

そう言った彼の顔は、酷く歪んでいた。
「何だ、お前」と言われ、「ナマエ・ミョウジです」と答えれば、何故か笑われた。

「そーいう事じゃない」

他にどういう意味を含んでいるのか分からなかった私は何も答えなかったけど、シリウス先輩も特に何も言わない。じゃあ、いいや。大きな木の下にシリウス先輩が座って、当然のように私もそれに倣う。

「…お前は純血主義か?」

「分かりません」

「自分のことなのに?」

「私は、私じゃありませんから」

自分が何なのか、自分が何をしたいのか、自分が今何を考えているのか。それは全部、両親の手によって決められた。私に選択肢は無い。ただ、両親の決めたレールを進むだけ。私と同じ境遇に生まれたはずの彼は、何故自分でレールを引いて、その上を走っているのだろうか。

「…ふん」

鼻で笑われた私はというと、自分の人生の下らなさを認めてもらった気がして少しだけ笑った。「それでいいのよ」とか「親孝行な子ね」とか、そんなのじゃなくて。
少しだけ黙ったシリウス先輩が、無言のままポケットの中の飴を取り出した。黄色い包装紙に包まれて、キラキラと光るその飴を、私の膝の上に投げる。

「甘いモン、嫌いなんだ」

「…そう、なんですか」

「お前は?」

「大好きです」

「ふーん」

綺麗ですね、と呟けば、私の手元を一瞥したシリウス先輩が「子供騙しだな」と言った。それが何だか面白くて、私は「そうですね」と言って笑ってしまった。

この人の隣は、今まで出会った誰よりも居心地がいい。この人の隣に一生いれたらどれだけ幸せなのだろうか。

「…あの」

「貴方そこで何をしているの?」

どうして、と口を開けば聞こえた、この世の全ての幸せを奪う声。反射的に立ち上がって振り替えれば、見たことも無いような表情の母様の姿。シリウス先輩をちらりと見て、「恥をかかせないで頂戴」と。その台詞に、シリウス先輩がゆっくりと立ち上がった。

「貴方は、純血主義でしょう」

何もかもが、白くなる。頭も視界も全部。

“純血主義”、私が?そんな馬鹿な。だって私は血とかそんなの関係なく生きてきたのに。私は今まで、

(…今まで?)

私は今まで、ただ両親の引いたレールの上を歩いていただけ。それでも、自分が純血主義だと言ったことは無かったし、純血主義じゃないと否定したことも無かった。
何故ならそれは、両親が私に聞かなかったからだ。“お前は、純血主義か?”と。

「…わた、しは…」

シリウス先輩に聞かれたときには無かった威圧感。怒りで顔を真っ赤に染めた母様から出る、他の答えは許さないと言うようなその空気に、酷く目眩がした。

後ろで、シリウス先輩が小さく声を出す。何と言っていたかは分からない。それでも、ここで私が「YES」と言ったら、シリウス先輩が私から離れていってしまうことは容易に想像できた。だけど、

「…たしは」

足元に引かれたレールから、逃げられるほどの勇気を持っていない。

「   、」

その瞬間、シリウス先輩の唸り声とほぼ同時に、母様が満足気に微笑んだ。



(20130830加筆)
    
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