記憶の泪 | ナノ
3



試験前だというのに、自分が苦手としている男にしつこくデートに誘われてイライラがつのる。何度断ってもまた次の日には懲りずに誘う。よほど暇なのだろうか。

(…だとしたら相当余裕があるってことね。腹立つわ)

朝日の差し込む廊下を足取り荒く歩く彼女は、ふと聞こえた雑音に足を止めた。

「…ケンカかしら?」

女子トイレの中から聞こえるそれは、“会話”などという可愛らしいものではない。ヒステリックな、叫びにも聞こえる声が多数。
二年前に監督生になり人を注意する立場にある彼女は、正義感が強いのもあってか、このことを見逃すわけにはいかなかった。
イライラをぶつけるのにも、ちょうどいい。

「そこで何をしているのかしら?」

重い扉の向こうにいたのは数人のスリザリン生と、ニコニコ顔の少女が一人。彼女はその笑顔に見覚えがあった。

「スリザリンから一人10点減点よ。ケンカがしたいのなら、多数に無勢じゃなくて一対一でやりなさい」

くいっと今自分が入ってきたばかりの扉を指差す。罰の悪そうな顔をして、スリザリン生達はそこから飛び出すような形で出ていった。

「貴方、大丈夫?」

「あ、はい!助けて下さって有難うございました!」

全身ずぶ濡れになった少女は、ニコニコと立ち上がる。

…一体何が可笑しいのかしら?今彼女が受けていたのは誰がどう見ても完全にいじめ。それなのに、何故彼女は笑っているの?

少女のそんな様子に、訝しげに眉を潜めた彼女───リリー・エバンスは、そういえば、と思考を巡らせる。
彼女が笑っていない日を見たことがない。常にニコニコとして、悲しそうな顔や怒った顔を全く見たことが無いのだ。

「って、ちょっと!?」

「はい?」

扉に手をかけて今まさに出ていこうとしているところを呼び止めれば、「何ですか?」と笑いながら自分に問い掛ける少女を見て、あの男の苦労が分かった気がした。
彼女に熱烈なアピールをされているあの男。
自分の苦手なジェームズ・ポッターの親友。

「貴方、全身ずぶ濡れじゃない」

「はい!通り雨に遭ったんです!」

何の曇りもない笑顔でそう言われて押し黙る。こんなコンクリート造りの校舎内で通り雨などあるわけがない。

(…もしかして、彼女は気付いていないのかしら…?)

勉強では、首席とまではいかなくとも上位に入る彼女は、どうしてか頭が良くないらしい。シリウス・ブラック曰く、「勉強の出来る馬鹿」。それを聞いた時はシリウスに説教をしたのだが、どうもそれに納得せざるを得なくなってしまった。

もし本当に、彼女が自分がいじめられた、ということに気付いていないのであれば。

「それじゃあ、助けて下さって本当に有難うございました!」

「あ…」

きい、と鈍い音が響く。

静かに閉まったその扉を呆然と眺めて、リリーは驚きのあまりその場にしばらく立ち尽くしていた───



(20130830加筆)
    
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