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海に行こう。

ジョージが突然そう言った。


「ねえ、どうしたの?突然海に行こうなんて」

その問いかけに、ジョージは曖昧に微笑んだ。
ジョージがこう笑うときは、必ず彼が何かを隠しているときだ。長い付き合いの中で、私はそれを嫌というほど経験している。そしてそれはジョージ自身が言おうと思ったときにしか口にしないのだということも。

こうなったら、ジョージの中で覚悟が決まるまで待つしかない。
もしかしたら二度と来ないかもしれないその時を、私は辛抱強く待つことにした。

目の前に広がるのは、沈みかけの夕日が反射してキラキラと光るオレンジ色の海。昼間の青い海とは違うそれは、まるでジョージみたいだとぼんやりと思う。

隣にいるジョージを見れば、同じようにぼんやりとオレンジ色の海を眺めていた。いや、眺めている、というのは少し違う。口を真横に結んで、何かを考え込むようにただ前を向いている。

ジョージは最近、今のように考え込むことが多くなった。
無理もない。大切な自分の分身でもある双子の兄が死んだのだから。

その横顔を眺めて、ジョージの手をそっと握る。ジョージもまた、その手を握り返してきた。

「なあ、ナマエ」

潮風が頬を撫でる。

妙に強張った声に顔を上げれば、夕日に照らされてオレンジ色になったジョージの目とかち合った。私も同じ色をしているのだろうか。
「どうしたの」と聞くと、ジョージは少しだけ視線をずらして、ゆっくりと息を吐いた。

「結婚してくれないか」

熱を持つ視線が私を捕らえる。ぱしゃり。一歩下がった私の足が、海水に浸かる。冷たい。だけど熱い。だって今、ジョージはなんて?

「俺と、結婚してくれ」

両手で私の手を掴んで、念を押すように告げられた言葉。それはあまりにも突然すぎて、私の頭の中にうまく入っていかなかった。

カモメが鳴きながら海の上を飛ぶ。風が私達の髪の毛を揺らして通りすぎていく。

夕日に照らされて分からなかったけれど、ジョージの顔はほんのりと赤く染まっていた。

「この世界が平和になったら言おうと思ってた。だけどフレッドが死んじまって、本当に言っていいのか分からなくなってさ……アンジェリーナがたった一人残されたのに、俺達だけが幸せになってもいいのかって」

アンジェリーナ。ジョージの双子の兄である、フレッドの恋人だ。
私達よりも情熱的で積極的な二人の様子は、何度も臆病な私達の背中を押してくれた。

「だけど、アンジェリーナに言われたんだ。幸せになりなさいって。遠慮なんかするなって」

泣きそうに震えるジョージの声に、堪えていた涙が溢れた。ポロポロと頬を伝う涙をジョージの指が優しく拭う。

ジョージの気持ちに気づけなかったこと。恋人を失ったのに私達を気遣うアンジェリーナの優しさが痛いくらいに嬉しいこと。
いろんな感情が複雑に混じりあって身体の中から溢れていく。
ジョージはそれを全部受け止めてくれた。その指は暖かい。まるで太陽のようだ。

背伸びをしてジョージにキスをする。
直前に見えたジョージの目には薄い膜が張っていた。

それが流れ落ちて、頬を伝う。
今度は私がそれを拭う番だと、手を頬に添える。ジョージもそれに答えるように私の頬に手をやり、鳥が啄むように何度も何度もキスをした。


傷が癒えることはない。
あまりにも大きすぎたそれは、ジョージの心の中に一生しがみついて離れないだろう。

それでも、その傷を少しでも軽くしてあげられたらと思う。
少しずつ少しずつ、ゆっくりと氷が溶けるように長い時間をかけて。


ジョージが私の腰に移動させた腕に力を込める。私も腕を首に回してきつく抱きしめた。
私達はこのまま、一つに溶け合うのだ。少しの傷と幸せを共有しながら。

オレンジ色の夕日が静かに沈む。
「愛してる」どちらかの口がそう言った。





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