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司書であるマダム・ピンスに会釈をして、お気に入りの席に座る。
窓際の空がよく見える暖かい席。
肌寒いこの国では、日光はまるで神様からの救いの手のようだ。

授業中ということもあってか、図書室にいるのは私の他に数人だけ。いつにも増して静かな空気が流れる図書室が、なんだか特別なものに思えた。

外から聞こえる誰かの声をBGMに、視線を本から前に移す。

「……ビクトール、いい加減にしなよ」

挙動不審に視線を動かしながら本を手にしたビクトールに、ため息混じりにそう言えば、ビクトールは顔を赤く染めて軽く咳払いをした。

ビクトール・クラム。魔法界では有名なクィディチの選手である。
トライウィザードトーナメントのために、ここホグワーツに滞在している彼がどうして私の目の前に座っているかと言うと、簡単に言うなら「恋の協力」だ。

ビクトールは今、私達から少し離れた席に座っている彼女に夢中になっている。

「本を読むか彼女を見るか、どっちかにしたらどう?」

「…ヴぉ、ヴぉくは」

そんなつもりはない、とボソボソ呟くビクトールに、ため息をもう一つ。どう考えても熱い視線を送ってたじゃないの。

私とビクトールは会ってすぐに仲良くなった。きっかけが何かは忘れてしまったけれど、とにかくよく話が合う。彼も英語の勉強がしたいと言っていたから、その練習もかねて私達は毎日のように話をしている。

その会話の中で出てきたのが、恋の話だ。
「一目惚れだった」と珍しく顔を真っ赤にしてそう告げた彼のために、協力をすると持ちかけたのは私。

当然、私は彼女に恐らく両思いであろう相手がいることも承知の上だ。
成就する可能性が低いのは私も同じ。何が悲しくて好きな人の恋の協力なんてしなきゃいけないんだろう。自分で言い出したことだけどすごく虚しい。

本を盾にして、穴が開くんじゃないだろうかというくらいハーマイオニー・グレンジャーを見つめるビクトール手から、それを奪い取る。

「そんなに見つめるくらいなら、早くグレンジャーに話しかけたら?見てるだけじゃ何も始まらないわよ?」

「…き、君にヴぁ分からないかもしれないが、人によってヴぁすごく勇気がいることだ」

「失礼ね……それくらい私にも分かるわよ」

私だって、ビクトールに話しかけるときはいつも緊張する。緊張しているのがバレないように大きく深呼吸をしたり手を思いきり握ったり、様々な努力をしているものだ。

私のセリフに、ビクトールが「それヴぁ驚いた」と目を丸くする。

「ナマエは、好きな人がいるのか?」

「……え、ああ、うん」

「そうなのか。それはヴぉくの知っている人か?」

それに、私はどちらとも言えない返事を返した。
知っている人、というよりは本人。「教えてくれ」と身を乗り出すビクトールに、「教えられるわけないでしょ」とあしらって、本に視線を移す。それを言われて慌てふためくことになるのはビクトール本人である。

しかしそんなことを知らないビクトールは、私の手から本を奪って空をさ迷う私の手を掴んだ。

「ナマエにヴぁすごくお世話になった。君のおかげで英語も上達した。分からないことも、君が全て教えてくれた。…か、彼女のことも、沢山協力してくれてる。ナマエはヴぉくの恩人なんだ。だからヴぉくもナマエに協力したい。ヴぉくに出来ることならなんだってやる」

力強い視線で私を見るビクトールに捕まれた部分が熱い。「教えてくれ」もう一度、ビクトールがそう言った。

しばらく離せないでいた視線をずらして、意味を成さない言葉を発する。恥ずかしい、のと、悲しいの。そのどちらをも含んだそれは、静かな図書室の空気を僅かに揺らす。

「………わ、私の好きな人には好きな人がいるからだめなの」

少し考えて、私はそれだけ言った。
嘘ではない。ビクトールはその返答には納得がいかなかったらしく、少しだけ眉間に皺をよせた。
そのムッツリとした顔が、私が一番好きな表情だと彼ははたして知っているのだろうか。

「君が諦めてるならしょうがない」とビクトールが呟く。
そのかわり私の手を掴む力を強めて、ビクトールが私にぐいっと顔を近づける。

「でも、もしヴぉくに何か協力してほしいことがあったら何でも言ってくれ。君ならいつでも大歓迎だ」

にっこりと笑って、私の手を両手で包み込む。そこから与えられた温もりに、身体の奥がじんわりと熱を持つ。

たった半年。それだけでビクトールの信頼をここまで得られた自分を褒め称えるべきなのかもしれない。

そしてそれと同じくらい、ビクトール以上に勇気の無い自分と、何も気付かないビクトールをトロールの棍棒で殴るべきだとも思う。

気付いてほしい。けど気付いてほしくない。我ながら矛盾している。
一目惚れなのは私も同じだ。初めて見たときからずっと好きだった。こんなにも勇気を出してビクトールに話しかけてるのに、ビクトールに触られただけで窒息しそうなくらい呼吸がうまくできなくなるのに、どうして貴方は気付かないの?我ながら自己中だ。

「……ありがとう」

その醜い思いを隠してそう言った。ビクトールは嬉しそうに笑って、私の手を離す。

ビクトールがありったけの勇気を出してグレンジャーに声をかけるのは、それから数分後の話だ。



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