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私とシリウスは、いわゆる幼なじみというやつだ。家が隣で、まあシリウスの家はかなりの大豪邸だから隣といってもだいぶ距離はあるものの、小さいころからよく遊んだりしていた。
普通は思春期に入ると自然と距離が離れていくものだけど、私達はむしろ近づいていったと言ってもいい。ただし、恋人なんて甘いものじゃなく、それは兄弟に近かった。
「ナマエー」
「んん」
「俺のベットで寝るなよ。せめて制服くらいは脱いだらどうだ?」
「変わりの服持ってないから全裸になるよ。いいの?」
「通報されてもいいならな」
「言ってることムチャクチャなんだけど」
「ははは」
そう笑うと、シリウスはまた宿題に集中し出す。それがなんだか悔しくて、シリウスの枕に顔を埋めた。いつもシリウスから香る、少し甘めの匂いだ。グリグリと頭を押し付けると、その甘い匂いが私の中を支配していく。きっと、シリウスは今私がこんな気持ちになってるなんて知らないだろう。この匂いを嗅ぐだけで私がどうしようもなく変な妄想をしてしまっているなんて。
そもそも、年頃の女の子が自分ベットに寝転がってたらちょっとはムラムラするもんじゃないの?普通は逆じゃない?私の認識が間違ってたのか、それともそれほどまでに私に色気がないのか。私を、本当に全く女として見ていないのか。どれにしろ、悲しいことに間違いはない。
かけ布団を持ち上げて、その中に潜り込む。制服で不衛生だとかそんなことは全部忘れることにした。肺一杯にシリウスの匂いを吸い込む。だんだんとウトウトとする目を必死に開けて見れば、シリウスの大きな背中が小刻みに揺れていた。宿題は、まだ終わらないらしい。
「シリウスー」
「どうした?」
「……特に何も」
「…なんだそりゃ」
チラリとも私を振り返らない背中に語りかける。「ナマエ、皺になるぞ」その台詞に大丈夫と何の根拠もない返事を返した。
シリウスがいつか私を見てくれる日はくるのだろうか。私ばかりは、虚しくて辛い。片思いというやつはどうしてこんなに面倒なのだろう。一方的で押し付けがましい想いばかりが膨らんでいく。
(大好き)
そんな思いとは裏腹に、甘い匂いとポカポカ温かくなる体が気持ちよくて、ゆっくりと目を閉じる。カリカリとノートを引っかく不規則な音が耳に心地よい。
もう一度、声には出さずに大好きと囁いた。シリウスは恐らく私の方を見ない。部屋に勝手に入ったりベッドに潜り込んだりすることは、仲の良い幼なじみの特権であり、小さいころから一緒にいるせいか異性として見てもらえないのは欠点でもある。だけどそれなら、私はそれを逆手にとってやる。シリウスが油断している隙にこの幸せを思う存分堪能するまでだ。
鼻の上まで布団を持ち上げて、大きく息を吸う。甘い甘い香りに包まれて、私の意識はゆっくりと夢の世界へと落ちていく。
まどろむ意識の向こうで、ガサリと音がして、暖かい何かが私の頭を優しく撫でた。まるで猫になったような気分だったけれど、それがとても幸せだった。
窓際の猫の歌