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どこかの国の天文学者は、宇宙空間での星の混雑度を「ヨーロッパ大陸にハチが三匹」と表現したらしい。

「それってすごく寂しいよね」

答えは無い。少し前まではじめじめと暑苦しかった風が、今では肌寒く感じる。その風が遠慮なく私の身体を通り抜けた。

「私も今そんな感じだよ。シリウス」

この広いヨーロッパ大陸に蜂が三匹しかいないように、一生仲間と会えず一人で朽ちていくかもしれない恐怖を抱えながら、私も生きている。
閑静な住宅街を一人歩きながらため息をつく。それは暗闇の中に溶けて消えた。

仲間は、いる。
だけど、そばにいてほしい人はいない。
それだけで私にとっては三匹の蜂と同じなのだ。
ありもしないことばかりを書き連ねている日刊予言者新聞を握りしめて、「シリウス」と小さな声で呟く。その声に反応するように、どこかの家の犬が高く吠えた。

そういえば、シリウスもあんな風に吠えていたっけ。
喧嘩した翌日に、犬の姿なら気まずくないだろうと言わんばかりに私にすりよってきたシリウス。それでも私が冷たい態度をとると、シリウスは悲しそうにクゥンと鳴くのだ。

「シリウス」

もう一度、彼の名前を呼ぶ。

世間では大量殺人鬼だと言われている自分の恋人。それが間違いであることは私が一番よく知っている。
呼べば呼ぶほど愛しさが込み上げてくるその固有名詞は、この夜空に輝く一等星と同じものだ。たった四文字が私の胸を焼き焦がす。十二年経った今でもその輝きは衰えることを知らず、私の胸にキラキラと輝き続けるのだ。

「シリウス、どこにいるの」

どこかの家の犬が、また吠える。
悲しむように、何かに答えるように夜空に響くそれは、先ほどよりも近くで聞こえた。

「……まさか、」

まさか、そんなはずは。
でも、でももしかしたら、あの犬は飼い犬なんかじゃないのかもしれない。
日刊予言者新聞を投げ捨てて、その声のする方向へ走る。しかしそれは直ぐに速度を緩め、十字路の中央に座る大きな黒い塊の前で完全に停止した。


黒い、犬。
白い街灯が、闇に溶けるその黒い身体を浮き上がらせている。犬は小さく「クゥン」と鳴いた。

毛並みは酷く汚くて、不健康に痩せ細った身体はここに来るまでの過程がいかに厳しいものだったかを教えてくれている。
私の知っている姿じゃなくなったその犬は、それでも確かにあの一等星と同じ名前を持つ犬で。

「シリウス」震える声でそう呟けば、待っていたかのように犬は人の姿に形を変えた。

「すまない」

蜂は、この広い宇宙で愛しい人と出会うことができたのだ。

私の耳元で何度も何度も懺悔するシリウスの甘い甘い匂いに、涙が身体の中から溢れて止まらない。人の姿に戻ったシリウスに抱きしめられた私は、その温もりを二度と逃さないようにしっかりと抱きしめ返した。

「大好き」

私の涙混じりのその囁きは、ようやく伝えたい人に届くことができたのだ。
この広い宇宙の、たった一つの星に。





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