▼ 絶対の味方
《何があっても、何をしても。絶対、あたしはずっとカインが好き。大好きだよ》
月の浮かぶ夜…城のテラス…。
見慣れた、でも…どこかいつもと違うようにも思えた…そんな微笑み。
刻まれた…俺の、元の世界の記憶。
「ふーっ、結構やっつけたねー!」
短剣を腰に収め、グイッと額の汗をぬぐったナマエ。
無邪気に笑うその顔からは、足元に倒れるイミテーションを今しがた一掃してみせた人物とは到底思えない。
昔馴染みながら、本当大した奴だと思う。
「ほとんどひとりで倒したな。俺はアシストしかしていないぞ」
「いやいや、カインのアシストあってこそですよ!えへへ、やっぱカインは強いよね〜。すっごい助かったよ!」
彼女の笑みは、記憶に影のあるこの世界でも…よく見慣れたものだと知っていた。
ナマエ…。
俺と同じ世界からやって来た、子供の頃からよく知る少女…。
共に育ち、俺によく懐いている…互いにそう気兼ねない、気の知れた存在。
俺たちは今…ひずみを解放するついでに、この世界に無数に沸く人形…イミテーションを何体か相手にしていた。
「ふふ、本当だいぶ倒したよね。ね、そろそろ聖域に戻る?」
「ああ…そうだな」
「皆も戻ってきてるかなー。お腹も空いたし、戻ったらご飯たーべよー!」
そう言って、笑顔で…本当に無邪気な顔をして、ナマエは聖域の方へと歩き出した。
完全に安心しきって、疑いなど欠片もせず…俺に、背を向けて。
「……。」
その背を見て…俺はぐっと、手にある槍を握り締めた。
今、俺がこれを振るえば…ナマエは簡単に倒れるだろう。
疑いの無い隙だらけの小さな背中は…その事実を物語っていた。
俺が今…何を考えているとも知らず。
……なぜ、お前は俺を…そんなに信用するのだろう。
「カイン?」
ナマエが振り向いた。
恐らく、いつになっても歩き出さない俺を不思議に思ったのだろう。
首を傾げ、俺に変わらぬ笑みを向けてくれた。
その顔を見ると…胸がズキリと音を立てた。
そして同時に、槍を握るに込めた力が、するっ…と緩んでいくのを感じた。
「戻らないの?あたしお腹ぺこぺこなんだけどなあ」
「…ああ、戻るか。お前の腹の虫がなる前に」
「んふふ!ぜひそうして頂けると助かります!」
そうしてナマエは再び、俺に背を向け機嫌よく軽快な足取りで聖域へと歩き出した。
……俺はきっと今、ためらったんだろう。
ナマエに槍を向け、眠らせてしまう事を…俺は、確かにためらった…。
本当は、眠らせてやらねばならないのに。
そうして希望を…次へと繋げねばならないのに。
俺は…ためらってしまった。
《何があっても、何をしても。絶対、あたしはずっとカインが好き。大好きだよ》
俺の脳裏に刻まれた記憶…。
月の浮かぶ夜…城のテラス…。
見慣れた、でも…どこかいつもと違うようにも思えた…そんな微笑みを俺に向け、そう言ってくれたナマエ。
ナマエは言うのだ…。
俺が何をしても、どうなっても…信じている、と。
正直不思議だった。
どうして俺をそこまで…。
昔からの馴染みだとは言え…俺は、そうまで思って貰えるような人間では無いのに…と。
でも…どこまでも真っ直ぐにお前は俺に言う。
だから、俺も…思ってしまうのだ。
俺は…コスモスの戦士を眠らせ、敗北へと導く裏切り者だ。
何を思われてもいい。
それで、次に勝利を生む可能性が生まれると言うのなら…。
しかし…ナマエだけは。
お前だけは…俺を、信じてくれるのだろうか…と。
「カーインってばー!!」
ナマエが呼ぶ。
俺の名を、目一杯に。
「…ああ、今行くさ」
俺はそう返し、ゆっくり歩き出す。
…いつか、眠らせねばならない日は来る。
しかし、きっと…お前は、最後まで俺を信じてくれるだろう。
まるで自惚れか。でも…不思議と、想像出来てしまうんだ。
お前が…俺を信じると、言い切る姿が。
違うものだな…。
誰か一人、そう…絶対に味方がいてくれるというのは。
「少しは落ちつけ。つまらぬ小石に足を取られるぞ」
「えへへ、はーい!」
…だから、願わくば…もう少しだけ。
END