嫌じゃないこと
七番街の崩壊後、エアリス救出の手段を探しながら、なんでも屋としてスラムの困っている人達を見て回っていた。
その時バレットとティファと少し分かれて、クラウドとふたりで行動する時間っていうのがあった。
「えーっと、依頼主はチョコボスタッフ…内容、プレート落下の衝撃に驚いて逃げ出した3羽のチョコボの捜索…報酬はチョコボ車のフリーパス…と」
「書けたか?」
「うん。だいたいは」
クラウドとふたりでも、依頼はいくつかこなしていた。
今はその内容を簡単にメモしていたところ。
これまでずっと、受けた依頼は欠かさずこうして書き記して置いている。
これも助手の仕事ですからね!
「見せてくれ」
「どーぞー」
記したノートをクラウドに手渡す。
クラウドもこうやってチェックすることは多い。
やっぱりまとめるようにして正解だったなあ〜って思う。
クラウドの役に立ててるって実感できるし、それは凄く嬉しかったから。
「報酬、チョコボ車のフリーパスは悪くないな」
「あたしもそれ思った!ひとつ依頼をこなすだけでもあっちこっち往復したりするしさ」
「ああ。だいぶ楽になるな」
「うん。それにチョコボ可愛いし〜♪」
「窓に食いついてたからな、あんた」
「だってさ、あのお尻、もふもふしっぽふりふり可愛くない?」
もっふもふの黄色い羽根。
運んでもらっているとき、小窓からあのもふもふを眺めているのは楽しいのである。
グッジョブ、フリーパス。
チョコボ・サムありがとう…!!
正直コイントスのイカサマされた時はなんて奴って思ったけど、でももしかしたら案外そこまで悪い人じゃないのかも…なんて。
そんなことを言ったらクラウドには「単純だな」って言われた。
…確かに、そんなんだからマーレさんにあんたはちょろいとか言われるのかもしれない。
「クラウドさん、ナマエさん」
そんな時、どこからか名前を呼ばれた。
はて。この声は…。
呼ばれた方にふたりで振り返る。
聞き覚えのある少年の声。
見ればそこにはこちらに向かい手を振っている男の子の姿があった。
「あっ、やっぱりチャドリーくん!」
声でそうだと思った。
そこにいたのはチャドリーくん。
あたしは手を振り返しながら駆け寄る。
クラウドもそれに合わせて一緒に来てくれた。
「よかった、チャドリーくんも無事だったんだね」
目の前まで来て、まずはほっとした。
チャドリーくんとはじめて会ったのは七番街スラムだった。
だからもしかしたら崩壊に巻き込まれたりしてないかってちょっと心配してたんだよね。
でも見たところケガもしてなさそうだし。
それに、前に依頼されたレポートもいくつか片付いてる。
だから再会を喜ぶとともに、いつものようにレポートも提出した。
「はい、チャドリーくん。課題、何個かまたこなしたから見てみてね」
「ご苦労様です。流石はクラウドさんとナマエさん。おふたりに掛かればこれくらいのデータ提出なんて、ちょちょいのちょい、ですね!」
「うんうん!ちょちょいのちょいさ!」
チャドリーくんはたまにらしからに言葉を使うことがある。
…と思ったけど、ちょちょいのちょいとか何か前にあたしが使った気がするな。
だからあたし相手に真似て使ってるだけかも。
そんな茶目っ気があるのも彼の楽しいところだな。
そうして他愛なく話していたその時。
突然、チャドリーくんがあたしの手を両手で包むようにぎゅっと握ってきた。
ん!?
「ちゃ、チャドリーくん?」
「僕、本当におふたりには期待してるんです。いつもデータ提出一番乗り、いくつもの可能性を秘めてる。これからもどうぞ、よろしくお願いしますね!」
「う、うん?」
「………。」
にっこり。
あらま可愛らしい笑顔。
手は、相変わらず握られたまま。
これは、あれか。
なんか感動されてるのか…?
「……。」
「あ」
その時、クラウドがチャドリーくんの手を掴んで、するりとそれを解いた。
クラウドは無言。
あたしは小さく声を漏らし、チャドリーくんはクラウドを見上げた。
「いつまで握っているんだ、という苛立ちを検知」
「え…?」
「……。」
「なるほど。やはり、予想通りです」
苛立ち…?って誰が。
あたしは別に怒ってないけど…、…という事は…?
いやいやまさかー…と、ちらりとクラウドを見上げる。
クラウドはだんまり。
そしてそこでひとり、なにやら納得している様子のチャドリーくん。
「そうすると…ナマエさん、少しこちらに来て貰えますか?」
「え?なに…て、ん?」
チャドリーくんに腕を引かれた。
その時クラウドが一瞬「おい…」と言い掛ける。
あたしは困惑した。
何故って、腕を引いたあと、チャドリーくんはくるりとあたしの体を反転させて後ろを向かせたから。
そうして向き合わされた先は、クラウド。
ぱちりとクラウドと目が合った。
「それっ」
「えっ!?」
「なっ…!」
次の瞬間、チャドリーくんはドンッとあたしの背中を押した。
って、は!!?
突然、しかも結構な力だったから、あたしはバランスを崩して前のめりになった。
それを見たクラウドは咄嗟に手を伸ばしてくれた。
しっかりと、受け止めてくれた感覚。
そういえばドレスアップした時も、ジョニーに放り投げられてバランスを崩した。
あの時もクラウドが抱きとめてくれて…。
ただあの時は、よろけたのを支えてもらった…という表現に近いのだ。
でも今は、近距離で突き飛ばされた。
それはつまり勢いがついて、ピッタリと体がくっつくような…。
「っ!」
「…っ、」
触れた体。
しっかりとしたクラウドの胸板や腕。
ぶわっ…と体が熱くなった。
「双方の感情の揺れを検知。驚きと動揺、そして高揚も検知。やはり触れ合うことは高揚に繋がるんですね」
なんか後ろでひとりぶつぶつ言ってるチャドリーくん。
そこで我に返る。
あたしはパッとクラウドから離れた。
「クラウドごめっ…!あ、ありがと!」
「あ、ああ」
「ちょっとチャドリーくん!?いきなりあなた何すんの!?」
恥ずかしさを隠すようにチャドリーくんに振り返って怒る。
だけど、そうして見たチャドリーくんはきょとんとしていた。
「どうして怒ってるんですか?」
「へっ…?い、いやそりゃ突き飛ばされたら怒るよね!?」
「でも嫌がってはないですよね?」
「ん!?」
あれ!?なんか話がかみ合ってないぞ!?
ていうか嫌がってないとは!?
いやそりゃちょっとラッキーとかね、ほんのね、ほんのちょっとは思ったりもしたけどもさ!!
「クラウドさんも、どうして離してしまったんですか?」
「な…っ」
クラウドの言葉が詰まる。
こ、この…この子は一体何を言っているんだろうか…。
「双方に気まずさを検知。ふうむ…色々な感情が混ざり合って、複雑ですね。でもやはり、だからこそ興味深いです」
またも何やらひとり考えて納得しているチャドリーくん。
彼はあたしたちを置いてけぼりで、にこっと笑顔を見せた。
「それでは、僕はそろそろ失礼しますね!色々とご協力、ありがとうございます!またお願いしますね」
そしてそのままひとり結論付けてその場を去っていく。
…なんなんだ、あの子は一体。
残されたこの空気をどうしろというのだ。
でもこんなところでいつまでもほうけて居るわけにもいかず…。
「あ、あの…クラウド…」
あたしは恐る恐る、クラウドの方をちらりと見て声を掛ける。
「…嫌じゃ、ないのか…?」
「え?」
こちらを見てそんなことを呟いたクラウド。
え、嫌?なにが…?
言葉の意味がわからなくてぽかんとする。
するとクラウドは急に我に返ったようにハッとした顔をした。
「…いや…なんでもない」
「うん…?」
ふいっと目を逸らす。
あたしは軽く首を傾げる。
でもクラウドは「本当に何でもないから、気にするな」と言うから、うん…と頷いた。
…それにしても本当、チャドリーくんは何がしたいのやら。
いたずら…って感じはしないけど。
でも、なんだかちょっと気疲れしたような。
だからあたしは思わず「はあ…」と小さく息をついた。
END