お城の庭にある、大きな樹の上。
柔らかな木漏れ日と緩やかな風、そして生い茂る葉が身を隠してくれるここは、あたしのちょっとした秘密の場所だ。





「んー…気持ちいいー…」





風を感じながら、うーん…と腕を上げて体を伸ばす。
そうして膝の上に置いているのはずっと気になっていた黒魔法の魔術書。

今日はここでひとりのんびーりとコレを読んでやるのです!!

ずっとずっと楽しみにしていたそんな静かな時間。
さてと、じゃあ読んでやりますかとワクワクに思わずニヤけながらそっと本を開く。

だけどちょうどその時、あたしは樹の下の方に人影がある事に気が付いた。





「ん…?」





気が付いてしまったのなら、なんだろうとは思うもので。
あたしはなんとなく、視線を本から木の下へと向けた。

人影はふたつ。
その姿を見て、あたしは目を見開く。

そこにいたのは、あたしの大好きな大好きなカイン。
そして、彼の前で気恥ずかしそうに俯いているひとりの女の人だった。

あ、ああー…こいつァ、アレですね。

その雰囲気からあたしは今がどういう状況なのかを察した。

これ、あたし此処にいたらまずいヤツだ。
でも降りる以外に此処から去る方法なんて無いし、でも降りたら普通にバレるし。

幸いなのは、葉っぱに隠れてあたしの姿がふたりからは見えないだろうってことだろうか。
まああたしが此処で暴れたり大声でも出さない限りはまず気がつかれる事は無いはず。

ああ、御嬢さんごめんなさいね。
これは不可抗力ってやつなんですよ。邪魔はしないのでお許しを…!

まあ色々と考えた結果、あたしはそこで空気になる事を決め込んだ。





「カインさん…あの、私…っ」





女の人が口を開いた。
胸に手を当てて、必死そうな声。

でも、必死にだってなるだろう。

それは、彼女にとってこれ以上に無い程勇気を振り絞る瞬間なのだから。





「好きです…!」





彼女が紡いだのは愛の言葉。
その展開は予想した通りで、あたしはやっぱりなあ…とぼんやりと思った。

そして、その言葉に対するカインの答えは。
…これも、ううん、これに関しては100%、あたしは答えを知っていた。





「…すまない」





断りの言葉。

…ああ、ほら、ね…。
その言葉を聞いて、心でそう呟いた。

誰かに想いを向けられても、カインがそれを受け入れることはない。

だってカインの心の中には…彼がいくら消したいと願っても決して消すことの出来ない程に、深く深く愛した女性がいるから。

カイン自身のその想いも、叶う事は無いのに…。
何故なら彼女の想い人は、カインの親友だから。

カインにとってはどちらも掛けがえの無い存在で。
自分の想いが不毛なものである事を、カイン自身が誰より一番知っている。
それでもカインは彼女を想い続ける。それほどまでに、彼女のことを愛している。

だから、他の誰かの想いにカインが応えることは…決してない。

…なーんて言いつつ、それを知っててそんなカインのことが大好きなあたしもなかなかの不毛だったりするわけなんだけどもね!あっはっは!

我ながら頭の中がうるさいのは認める。

…まあ、うん、だけど…ね。





「…聞いてくださって、ありがとうございました…!」





その後もふたりは二言三言、言葉を交わしていた。
そしてその末に、女の子の方がそう言った。

失恋したのだから、胸の中は押しつぶされそうなくらい痛いだろう。

でも、見えたその表情には決してそれだけでは無い様子が見て取れる気がした。

多分それは、カインがその想いに向き合ってくれた…それが伝わったからなんじゃないかな、と思った。

カインは、真摯に向き合ってくれるんだよね。
真剣な想いには、自分も真剣に。

それは告白だけに限った話では無いけれど。

相手の気持ちに誠意を見せる。
彼女もきっと、それを感じ取ったのだろう。





「……。」





ほんの少しだけ、胸の奥が疼いた。

あたしは、カインに何度も好きだと言う。
でもそれは本音ではあるけれど、意味の籠っていない軽い言葉だ。
だけどそれでいいし、というか自分自身わざとそうしてる。

あたしは、別に自分の気持ちをカインに伝える必要は無いと思ってるから。
事実、言っても仕方ないことだし。

ただ何となく、性格的に損な役回りをする人だから…あたしはカインの味方だよって、そう伝わればいいなって、そう思ってるだけ。

だから別に、あたしの言う「好き」は軽く聞こえても良い。

…だけど。
だけども、だ。

自分のその気持ちを知って貰えて、その瞬間に一瞬でもそういう対象に見て貰える。
誠意をもって、言葉を返してもらえる。

それは、羨ましく思ったり…。





「ふう…」





小さく、風の音よりも小さく息をつく。
そしてコテン…と幹に頭を預けた。

いやあ、ワガママだなあ、おい。
我ながらこの考えはめんどくさい奴だぞと。

そう思って目を閉じて、また小さく息と吐いた。





「覗き見か?」





するとその時、前からそう声が聞こえてかすかに座る樹が揺れた。

え、この声…。
それは聞き間違えるはずなど無い声で、そして一緒に感じた人の気配にあたしはバッと目を見開いた。





「えッ!?カイン!?って、うひょおっ!?」

「…馬鹿」





突然、目の前にいたカイン。
それに驚いたあたしはグラッと体の重心が崩れて樹から落っこちそうになった。ぎゃあ!!
でもそれを見ていたカインがパッとあたしの腕を掴んでくれて無事重心は戻り事なきは得る。た、助かった…。





「カインありがと…って、なんで此処にいるの!」

「見上げたらお前がいたのでな。確か気に入っている場所だろう」

「うん、そうそうお気に入り…ていうか盗み見って…不可抗力だよ、不可抗力〜!」

「フッ…だろうな」





言っただけだ、とカインは笑った。

そうそう。盗み見なんて人聞きの悪い。
そんなはしたない子じゃありませんことよ!なんて。





「うん、まあ、降りるわけにも行かなかったけど聞いちゃったのは事実だからあの子には悪い事したとは思う。大丈夫、見た事は墓まで持ってく覚悟!」

「…大袈裟だな」

「乙女の純情とはそれくらいの価値があるものです!」





もう下を見てもあの子の姿はない。
まあだからこそカインもここに登って来たんだろうけど。いや登ったと言うよりかはジャンプか…ってそんなことはいいね。

もう見えぬ彼女に誓う。
大丈夫。誰にもこのことは口外しないから安心しておくれ…!
乙女の秘密は守りますとも。

…それに、ね。

名前を付けるのなら、それは…嫉妬、なのだろうか。
あたしが抱いた、あの感情も、また秘密だ。





「読書か?」

「あ、うん。ずっと読みたかった本、手に入ったから読もうと思ってたの。そしたらまさかのハプニングだったけど」

「黒魔法…ああ、前に読みたいと言っていたものだな」

「あ!そうそう!」





カインはあたしの膝の上に置かれていた本を見つけてそう聞いてきてくれた。
そう言えば前にカインに読みたいって話したっけ。

そこからはいつもみたいに、軽い会話を交わしてた。

でもそう話しながら、笑うその裏側で、あたしはちょっと考えていた。

…あたしもいつか、カインに自分の気持ちを伝える日が来るだろうか。

でも正直、やっぱり今は伝えようと言う気持ちにはならない。
だってそれを言ったところでいい方向に動くものが何もないと思うから。

じゃあ、伝える日が来るのとするのなら…。
それはこの気持ちを伝えることで何かが良い方向に動く時…。

…伝える意味が、出来た時。

いやいや、それってどんな時なのさ。
考えてみてもそんな状況、今は全然思いつかないけれど。

だけど折角の想いだから、カインの為に使うことが出来たならな…ってそれは思う。

うん。そう。
ただ今は、そう…淡く淡く、願っている。



END


秋色様リクエスト。

連載ヒロイン。カインが告白されてる場面に遭遇してモヤモヤしてしまう、ヒロインが嫉妬する話…という内容で頂きました。

連載ヒロインはカインがローザに抱いている気持ちはわかっていて、その辺ちょっと達観してるイメージなのでこんな感じにしてみました。
多分想像されている嫉妬とは違ってしまった気が…!すみません…!
あと本編開始前設定にさせていただきました!

リクエストありがとうございました!
少しでも楽しんで頂ければ嬉しいです。


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