私には好きな人がいる。
不器用で、興味ないって言いながらも、いつも手を伸ばしてくれる優しい人。
その優しさに触れる度、積もっていく感情。
私は彼に、クラウドに淡い恋心を抱いていた。
見ているだけで、ちょっと言葉を交わすだけで幸せだった。
だから、決して、叶うなんて思っていなかった。
決して、手が届くなど…欠片も。
だけど、そんな私に…きっと一生分の運を使い果たしてしまったんじゃないかってくらいの、奇跡が起きた。
《…ナマエ…俺は、あんたが好きだ…》
《…クラ、ウド…》
そう言って、引き寄せられた。
ぎゅっと、包むように抱きしめられた。
あの腕で抱きしめられたらどんなに幸せだろうって…私はただ、夢見てた。
だけどそれは現実の出来事となって、私に起きて…。
私はそれが本当に夢じゃないって確かめる様に、そして私も自分の気持ちを伝えたくて、彼の背中に手を回して…必死に自分からも抱きしめ返した。
こんなに幸せなことがあるのかと、本気でそう思った。
だけれど…その日から少しずつ、少しずつ…私は臆病になった。
「ナマエ」
「あ、クラウド…」
飛空艇ハイウインドの中。
パチンパチンと武器のマテリアをはめ直していると、近づいてくる足音が聞え、そして声を掛けられた。
声でわかる。見上げればそこにいたのは、予想通りクラウドだった。
「マテリア、付け替えてるのか?」
「うん。もうちょっとで終わるところ」
「そうか。じゃあ、これから街に降りるんだが…一緒に行かないか?」
「え…街?」
「買い出しだ。アイテム類、色々と補充したいんだ。だから、一緒に行かないか?」
声を掛けてくれる。誘ってくれる。
きっとそれはとても些細な事で、だけど…私はそれだけで胸がいっぱいになって。
「うん」
コクリと頷く。
するとクラウドもそっと微笑んで頷いてくれた。
優しい顔。
そんな表情を向けてくれて、凄く嬉しい。
だけど、なんだか少しだけ…胸の奥に不安と言う靄が浮かんでいた。
「アイテム、これで全部だね?」
「ああ、これだけあれば当分は大丈夫だな」
「うん」
街について、飛空艇を降りた。
他にも降りている人はいたけれど、何時までという集合時間を決めて、各々好き好きに別行動をとる。私はクラウドとふたりきり。
降りる前にリストアップしておいたメモを見ながら買い忘れをしていないか確認する。
ポーション類にフェニックスの尾、予備の防具も買って、マスターして余ったマテリアも売った。
何回か確認したし、うん、大丈夫。全部終わったはずだ。
そうしてちらりと時計に目をやれば、まだ少しだけ集合時間まで余裕があった。
「………。」
そして今度はそのまま視線を彼に向けた。
私も軽いものは持っているけど、大きめのものはクラウドが持ってくれている。
…折角街に出たし、もう少しだけふたりでいたいな…なんて、そんな心が顔を覗かせた。
だけど荷物持ってるし、クラウドは早く戻りたいんじゃないかな…とか。
いつも皆をまとめて、戦闘でも前線で戦う彼は疲れだって溜まっているだろうし。
…クラウドは、何を思うんだろう。
そう考えたら、言えなくなる。
…こういうの、増えた。
今回だけじゃなくて、クラウドとこういう風になれてから…本音を口に出せないことが凄く凄く増えた気がする。
どう思われるかな。嫌われたくないな。
不安になって、ためらって、そうしたら、何を言っていいかわからなくなって。
「…ナマエ、疲れたか?」
「え?」
「昨日、結構歩いたしな。戻るか、飛空艇」
「あ、うん、そうだね」
私は微笑み、頷いた。
クラウドがそう言うなら、そうするのが一番いい。
こうして私達は少し早めに飛空艇に戻る事にした。
折角ふたりきり。
だけどやっぱり、なんだか色々考えて…考えすぎて、浮かんだ言葉を口に出せない。
恋人らしい事だって、思い返せば…あの時抱きしめあった、一度きり。
結局、一緒に歩いてたのに、あまり言葉も交わせないまま飛空艇に着いてしまった。
「やっぱりまだ皆、戻ってないね」
「ああ」
クルーさんたちはいるけど、ほとんど皆街に出たみたいで、戻った飛空艇は静かだった。
静かで、だから何か話題を探そうとして、出たのはやっぱりそんな当たり障りの無いこと。
荷物を置いて、これからどうしよう…。
「…ナマエ」
そう少し迷っていると、クラウドに名前を呼ばれた。
「うん…?」
私は置いた荷物に向けていた瞳をクラウドへと移す。
でもそうして振り返った時、見えた彼の青い瞳は少し迷ったように揺れていた。
「…無理、してないか?」
「え?」
「…俺と、いること」
「え…っ」
言われた言葉に驚いた。
クラウドといることに、無理をしている?
クラウドに、そんな風に思われている?
驚いて、目を丸くして、そんな私を知ってか知らずか、クラウドは言葉に悩むように続ける。
「その…こういう風になってから、よく…困ってるように見える」
「あ…」
そう言われたとき、ちょっとドキリとした。
困っているって…それはもしかしたら、そうなのかもしれない。
でもそれはクラウドの言う意味とはきっと違う。
だから、そんなことないって、否定しなきゃって、すぐにそう思った。
だから今は、咄嗟に口が動いた。
「ち、違う…!無理なんかしてない…っ」
「ナマエ…」
「してないよ…そんなの…」
何度も首を横に振った。
クラウドに、そんなことを思わせていた。
そう思ったら、凄く胸が苦しくなった。
「違う…本当に違う…。だけど、そう見えてたなら、ごめん…。私、確かに口数減った、よね…」
「……。」
どくんどくんと心臓が波打つ。
どうしよう、どう言えばいいんだろうって。
本音を言えば…重いと、思われないだろうか。
「…クラウドに、嫌われたくなくて」
「え…?」
「…クラウドにどう思われるかなって考えたら、不安になって、何も言えなくなって…」
戸惑いつつ、零した本音。
口にしている今も、すごく不安になる。
どう思われる…?呆れられるかな…。
だけど誤解されるよりは…きっと、ずっと、ずっとマシで。
「俺に、どう思われるか…?」
「うん…。…でも、だから、本当に…無理してるとか、そういうんじゃないの…」
ぎゅっと胸のところで手を握り締めて震える。
するとクラウドは額に手を当て、はあ…と大きく息を吐いた。
私は、そんな仕草にビクッとした。
「そう、なのか…」
「……。」
「…良かった」
「…え?」
するとそう小さく呟き、また息をつくクラウド。
でも額からそっと手を下ろして見えたその表情はホッとしているような。
「そんなこと、気にしてたのか」
「そんなこと…まぁ、そうなのかも…しれないけど」
「…悪い。そうだな…でも、同じだ」
「同じ?」
「ああ。俺も…自信なんか無いんだ」
「…え?」
「…ナマエにどう思われるかって考えると、不安でたまらない」
「え…」
「けど、俺は今までナマエに言われて気になった事はないし、むしろ、あんたの我儘なら聞いてみたい」
「へ…」
「だから、そんなことって思ったんだ」
すると、クラウドの手がそっとこちらに伸びてきた。
でも触れることはなく、頬の手前で止まる。
見上げれば視線が交わって、そして尋ねられた。
「触れて、いいか…?」
控え目な聞き方。
確かめる様に。
私はゆっくり、こくんと頷く。
すると指先からそっと、クラウドの手が頬に触れた。
飛空艇についてから、いつものグローブは外されていた。
クラウドの体温が、伝わってくる。
頬…熱い…。
きっと、私のその体温もクラウドに伝わっているだろう。
「…あんたに、触れたくて…。けど、もし拒まれたら、嫌がられたらって、いつも考えてた」
「嫌がるなんて…そんなこと、あるわけないよ…」
「…そう、か」
そうして見たクラウドの顔は、赤みを帯びていた。
嫌がる…。
そんなことありえない。
なら、私がそう思うように…クラウドも思ってくれているのだろうか。
そう考えたら、なんだか今は、素直になれた。
同じだったんだって、わかったからかな…。
…もっともっと、近づいて、触れたくて。
するとクラウドは私の頬に触れたまま、じっと見つめて尋ねてきた。
「なあ…」
「…うん?」
「…キス、してもいいか?」
少し、不安そうな声。
そんな声で、そう言われる。
私は、クラウドの胸元のそっと触れ、そして頷いた。
「…うん、して」
「ナマエ…」
「して、欲しいです…」
ちょっと、声が震えた。
でも、ねだる。ちょっと恥ずかしかったけど。
だけど、私もクラウドに触れたくて…もっと。
その声は確かに届いて、ゆっくり、少しずつ…距離が縮められていく。
互いに瞼を落として、合わさった唇。
数秒触れて、クラウドはゆっくりと離れた。
うっすらと瞼を開けば、同じように薄く瞼を開いた彼がいる。
もう少し、欲を出してもいいのだろうか。
怖がらず、さらけ出したら…もっともっと近づける?
「…クラウド」
「え…」
私は背伸びして、一度離れた唇を今度は自分から押し当てた。
クラウドは、多分驚いてた。
でもすぐにその腕を、私の肩に回して包むように抱きしめてくれた。
何より近く、その存在を感じる。
それはたまらなく、幸せな瞬間だった。
END
きよりん様リクエスト。
抱きしめ合う段階で止まっている臆病な恋人とようやく進展する、甘めなお話…という内容で頂きました。
臆病って、こんな感じで大丈夫でしょうか…!
あまりようやくって感じには出来ていないかも…。申し訳ない…!
短編をがっつり書いたのが久しぶりだった気がするので私自身は書いていてとても楽しかったですー!
リクエストありがとうございました!
少しでも気に入って頂ければ幸いです。