懐かしい風



「ここからは歩きで。夜遅いし、もうそこ市街地だから」





バイクを降り、ジェシーはそう言った。

ローチェとの戦いを終えたあの後、あたしたちは増援に追いつかれる事なく無事に目的のプレートの入り口まで辿りつくことが出来た。

あたしも此処は知っている。
この階段を上って抜けた先は、もう七番街の社宅地区だ。





「キッツキツで頭痛いッス…」

「へへっ、ハムみたいだぞ?」

「中身すかすかのハムッス」

「へへへ、はいはい、お腹すいたよね。ほら、行こう」





バイク運転の際にゴーグルをつけていたウェッジはちょっとお疲れの様子だ。
ビッグスとジェシーはそんなウェッジをからかいながら階段を上っていく。





「クラウドも運転お疲れ様。いこ?」

「ああ」





あたしとクラウドもその後に続き、プレートの上にへと出た。





「……。」





外に出ると、風を感じた。
空も見える。

なんだか少し、空気が懐かしい。





「ナマエ?」

「ん?」





空を眺めて深呼吸したら、クラウドに声を掛けられた。
なに、と首を傾げればクラウドは「いや…」と首を振った。





「七番街の社宅地区。うちの親、神羅の人間なの。私、魔晄炉のおかげで大きくなったんだよね…」





ジェシーは、この場所と自分の生い立ちについてクラウドに説明した。

そう。ジェシーの実家は、神羅の社宅地区にある。
今現在も、ね。

ジェシーは駆け出した。
この先を真っ直ぐ行ったところがジェシーの実家だ。

あたしもお邪魔したことあるし、ビッグスもウェッジも来たことはあったはず。





「見て。たまーにしか帰ってこない娘の為にいつもああして明かりをつけている。ママは典型的ミッドガル住民」





ジェシーが指差した実家の玄関には確かに明かりが灯されていた。
でもそれって、上の世界ではそう珍しい事じゃないんだよね。

あたしも、前はそうなっていることに何の疑問も抱いていなかった。





「ピザ出るかな、ミッドガル・スペシャル」

「ジェシーのお袋さん、どんな夜中に訪ねてもうまい飯作ってくれるんだよな」

「よく食べる人とお客が大好きだから」





皆はそんな話をしながらジェシーの実家に向かって歩いていく。

でもここにはただ顔を見せに来たわけではない。
皆がジェシーのお母さんの気を引いて、その隙にクラウドが裏手から入ってジェシーのお父さんのIDを探すっていう目的があった。

ジェシー、自分じゃやれそうにないから…ってね。

そんな皆の背中を見ながら、あたしはちょっと足を止めた。
まあ、いくらお客が大好きって言っても、あんまり大人数で押掛けるのもアレだし。

それに何となく懐かしくなったから。





「ね、皆、あたしちょっと歩いてきてもいいかな」





少し風を浴びていたくて、あたしは皆にそう言った。
皆は振り向くと、ああ…って感じの顔をした。





「うん、大丈夫だよ、ナマエ」

「ありがと、ジェシー」





ジェシーはOKをくれた。
あたしは笑って頷く。

でもそのやり取りを見て一人だけ、ちょっと不思議そうな顔をしてる人がいた。





「こんな時間にひとりでか?」





それはクラウドだった。
あたしは軽く笑って頷いた。





「うん、ちょっと歩きたいだけ。すぐ戻ってくるよ。大丈夫、土地勘はあるんだよ」

「え?」

「ほら、プレートの上に住んでたって言ったでしょ?あたしもね、プレートの七番街に住んでたんだ」





プレートの上に住んでいた話はしてあった。
でも、意図したわけじゃないけど七番街だったって話はしてなかったよね。

そう言えばクラウドも少しだけ納得はしたみたいだった。





「そう、なのか?」

「うん。だからちょっとだけ!久々だから見たくなっちゃって。もしかしたらクラウドが作戦始める前に帰ってくるかもだけど?じゃ、あとでね〜」

「あ、おい…」





クラウドがちょっと呼び止めてくれた声がしたけど、軽く笑って手を振った。

そのまま少し見ていれば皆は家の中に入って行って、クラウドだけ裏手で待機してるところが見えた。
うん、まあでも本当にこんな時間ではあるし、軽く一回りして帰って来よう。

そうしてあたしは適当にぶらっと社宅地区を歩いた。





「やっぱ空も見えるし、空気、違うよなあ…」





歩きながら、独り言。
まあいいじゃない、誰もいないから怪しまれもしない。

見上げれば空と、神羅のあの大きなビルが見える。

小さい頃は当たり前に見ていた景色だ。

よく、この辺りの道を駆けまわってたっけ。

あたしも昔は社宅に住んでいた。
今は、別の家族が住んでいるみたい。

うん、懐かしいと思う。

でも、今の生活は今の生活で、気に入ってはいるんだよね。

スラムの人達、周りには良い人も多いし。
わりと楽しくはやってるとは思うから。

…スラムに住んでなかったら、クラウドにもきっと会わなかっただろうなあ。





「クラウド…」





そっと、名前と呟く。

まあ、クラウドのこと…よく考えてるよなあ、とは自分でも思う。

もっともっと話してみたいし、もっともっと知りたい。
そう思うのは、素直な気持ちだと…思う。





「戻るか…」





懐かしい道を、色々と通った。

でもまだそんなに時間は経っていないと思う。
クラウド、今ならまだ裏手で待機してるかな。

そんなことを考えながら、あたしは来た道を戻りジェシーの家へと戻った。





「…あ、クラウド…!まだいたね」

「…ナマエ」





ジェシーの家に着くと、クラウドはまだ家の脇で待機していた。
小さく声を掛けると気が付いてくれて、あたしは足音を立てない様にクラウドの傍に近付いた。





「…案外、早かったな」

「…うん、すぐ戻るって言ったじゃん。皆で騒ぐから音立てても平気って言ってたよね。あたしも探しもの、手伝うよ」

「…ああ」





今からじゃもうジェシーたちの方に参加するのは無理だし、あたしはクラウドと一緒に大泥棒の方の作戦を手伝うことにした。

クラウドがジェシーの家に入る方法は正面からではなく裏口からだ。

此処で待機しておいて、しばらくしたらジェシーが扉を開けてくれる手筈。
その合図は…。





「明かりが点いたら、それが合図…」





クラウドが確認するように呟く。

そしてふたりで家の奥を窓を見つめる。
すると程なくし、パチン…と明かりがついた。





「…行くか」

「……。」





クラウドの声に黙ったまま頷く。

明かりがついたのを確認したあたしたちは、また足音を立てない様にそっと裏口のドアへと回った。

クラウドは音を立てない様に扉を開いて、あたしも一緒にそのまま入る。
そしてジェシーの言っていた話を思い出した。

裏口を開けると廊下がある。
正面の扉は開けてはいけない。右側の部屋が、目的の場所。

あたしたちは指示通り、目的の右の部屋へと進んだ。

その時、奥の部屋から皆が騒いでいる声が聞こえた。
それはお母さんを引き付けて、ばれない様にしてくれる為の声。

そしてその声に紛れて入った右の部屋は、明かりのついていない薄暗い部屋だった。





《パパがいるけど、気にしないで》





ジェシーが言っていたことを思い出す。

その薄暗い部屋で、ジェシーのお父さんは眠っていた。
点滴と心電図の機械に繋がれて、起きる気配は…ない。

クラウドは少し驚いたみたいだった。





「…ID、探そっか」

「…ああ」





あたしはクラウドを促す。
いくら引きつけてくれてるからって此処でうかうかはしていられないよね。

ジェシーの話だとIDカードはこの部屋のどこかにあるはず。

あたしたちは手分けをしてIDカードを探していった。





「うーん…無いなあ…」





デスクの上、本棚…。
ありそうなところを覗いてみて、でもなかなか見つからない。





「…ん?」





その時、あたしが見ていた方とは逆の棚を見ていたクラウドが何かを見つけたようだった。
あたしは振り返り、クラウドの傍に寄った。





「あった?」

「いや…手紙?」





どうやらクラウドは落ちていた紙を拾ったらしい。
それは二つに折られていて、クラウドは何気なく開いた。

それは便箋…きれいな字が並ぶ手紙だった。

手紙を読むって、あんまりいい趣味では無いけれど…。
まあちょっと不可抗力で少しだけ読んでしまった。



――パパ、ママ。
今までずっと、連絡できなくてごめんなさい。
私は今、ゴールドソーサーにいます。
女優になる夢を、ついに叶えたの。
たくさん迷惑かけたけど…
ようやく胸を張って、パパとママを招待できます。





「主演、ジェシー…主演?」





手紙にはチケットが挟まっていて…クラウドはそのキャストを見てまた少し驚いていた。

そして、ふと壁際に目をやれば、大きな額に入った綺麗な女の人の写真が映る。
それは舞台メイクをし、華やかな衣装に身を包む…女優ジェシーの姿だった。





「…ジェシーね、女優さん目指してたんだって」

「…知ってたのか?」

「うん…前にね、ちょっとだけ聞いた」





写真を見上げるクラウドに、少しだけ話した。
まあ、本当にそれだけだけど。

今そんなこと話してる場合じゃないしね。





「うーん…あと見てないところは…」





一通り部屋の中を探した。
それっぽいところはだいたい見たけど、IDカードはまだ見つからない。

なにか、見落としってあったかな…。

きょろっと改めて部屋の中を見渡す。
するとその時、部屋の隅に掛けてある作業服に目がいった。

確かジェシーのお父さんは魔晄炉の整備担当。
恐らくあれはその作業服だ。





「クラウド…あの作業服…」





あたしは作業服を指差した。
クラウドは頷き、作業服のポケットに手を当ててそれらしいものが入っていないか探ってくれた。

すると左胸のポケットの中に、何か入っているのを見つけたようだ。





「…ビンゴだな」

「…あ、やった…!」





クラウドはポケットから引き抜いたそれを見せてくれた。

それは確かにジェシーのお父さんのIDカード。
目的のモノ、無事ゲットだ!





「…借りるぞ」





クラウドはIDカードを自分のポケットにしまいながらジェシーのお父さんに向けてそう小声で言った。
あたしもぺこりと頭を下げる。





「…出るぞ」

「…了解」





これでジェシーの家でのあたしたちの役目は終わりだ。
あとはばれない様に出て、皆が食事を終えて出て来るのを待つのみ。

そうと決まれば長居する必要は無いから、部屋を後にするため扉に向かう。

その部屋を出る一瞬、クラウドはまた一度、ちらりとジェシーのお父さんに目を向けた。

…前情報も無しにこの姿を見たクラウドは、やっぱりビックリしただろうな。
知っていたあたしも、実際目にしたら…思うこと、やっぱりあったもん。

クラウドはよく興味ないね、っていう。
でも、全然そんなことないよ。

その姿を見て、あたしはやっぱり…そう思った。





「任務完了」

「うん、完了だね」





廊下を通り、裏口を開けて再び外に出たあたしたちはジェシーの家の敷地から出た。
これで後は皆の事を此処で待っていればいいだけ。

もう敷地の外に出たからさっきほど小声に気を配る必要もない。

あたしとクラウドは話をしながら皆を待っていた。





「さっき、なにしてたんだ?」

「ん?散歩」

「散歩?」

「うん」





さっき少し離れた時何をしていたのか。
素直に答えたら顔をしかめられた。

いやでもあれは本当に散歩だ。
散歩としか言いようが無い。
それ以上の的確な回答をあたしは知らないぞ。





「…それだけか?」

「それだけだよ?ん?なぜに疑いのまなこ?」

「…いや、わざわざ別行動とったから、気になっただけだ」

「そう?でも本当に散歩だよ。なんというか、やっぱちょっと空気とか懐かしくて。上に来ても社宅地区なんて今もう用無いしね。昔住んでた家の方とか行って、ぐるっと帰ってきた。ほら、こんな時間だし、あんまり大人数で押掛けてもどうかとも思ったし」

「…そうか。…悪い、詮索しすぎたな」

「え?」

「何も無かったなら、いいんだ」

「うん…?」





詮索?とは別に思ってないけど。

そう言えばクラウドはさっきもひとりでか?って心配してくれたっけ。
アパートの1階の件とかもそうだけど、わりとそういう心配はしてくれる人だよなあと思う。

…やっぱ、優しいよなあ…。

塀に寄り掛かって、並んで立つ。
夜の風に緩やかに吹かれながら、ふわふわと、また身に染みた。





「…ジェシーたちが戻ってきたら、次は神羅の倉庫だね」

「ああ」

「七六分室倉庫、向こうの方にあるんだよ」





まだ皆は戻ってこないから、雑談は続く。
あたしは住んでいた頃の記憶を頼りに神羅の七六分室倉庫のある方を指差した。

さっき手にいれたジェシーのお父さんのIDカード。
それを使えば、中に入れるはずだから。





「手伝うんだな」

「ん?ああ…うん」





ふと、クラウドがそう尋ねてきた。
主語は無かったけど、でもすぐにこの作戦のことを聞いてくれているのだと理解した。

まあ今回のことはジェシーの個人的な要望ではある。
だけど、アバランチとまったくの無関係ってわけじゃないしね。





「うん、今回のは、被害を抑えるためだしね」

「…まあ、そうだな」

「少しでも抑えられるなら。そういう方向ならお手伝いしたいなと。大きな被害、出してほしくない。あたし自身が、そう思うから」

「そうか…」

「それに、ジェシーの気持ちはちょっとわかるしね…」

「え…?」





クラウドは不思議そうな顔をしていた。
クラウド、ジェシーのお父さんのことは聞いてないよね。

あたしは小さく笑った。





「ね、あたしとジェシーってちょっと似てると思わない?」

「どこが」

「いや顔とか性格じゃなくてさ、なんだろ…生い立ち?」

「生い立ち?ああ…もともとこの七番街に住んでたって話か?」

「そうそう。あと、お父さんが神羅勤めとか。結構共通点あったんだよね」

「言われてみれば、そうだな。じゃあ、もともと知り合いだったのか?」

「ううん。知り合ったのはスラム。ここに住んでた時はお互いのこと知らなかった。でもそんな共通点で割とすぐ仲良くなれたんだよね」

「そうか」





はじめてそんな話をした時、ジェシーが「本当!?私も上の七番街住んでたの!」って明るく声掛けてくれたの覚えてるなあ…。
そんな事を思い出していると、ジェシーの家の扉が開く音がした。





「おまたせ。あ、ナマエも戻ってたんだね」

「うん、結構すぐ戻って来てたよ」





ジェシー、ビッグス、ウェッジ。
皆がジェシーの家から出てきた。

ウェッジ、お腹膨れたかな?
ともかくこれで作戦第一段階は終了。

クラウドはジェシーに手に入れたIDカードを渡した。





「これでいいか」

「…ん、ここからが本番」





ジェシーはIDカードを受けとり、じっと見つめている。
お父さんのカード…きっと思うこと、色々とあるんだろうな。





「これで七六分室の倉庫に潜入できる」

「じゃあ、行くか」

「私がひとりで行く。どこから何を持ち帰ればいいか、知ってるのは私だけだから」





行くかと言ったビッグスに自分がひとりで潜入するとジェシーは首を振った。
ただその代わりに、こちらにはこちらで別に頼みたい事があるのだと言う。





「腹ごなしにクラウドを手伝って。ほら、さっき私たちでママの注意を引きつけたでしょ?なんて言うんだっけ…ああいうの、ほら」

「陽動だな」

「それそれ流石ソルジャー!」





つまりはさっきと逆。
さっきは注意を引きつける側がジェシーだったけど、今度はジェシーが目的を果たすまでクラウドが囮になるということだ。
あたしたちは、クラウドのサポートをする。





「お前が中にいる間、警備の目を俺たちに向ければいいんだな?」

「そうそう、流石ビッグス!ナマエも、お願いしていい?」

「うん、頑張る!」

「合図の照明弾が上がったら、皆は倉庫前の広場を正面突破。思いっきり暴れて出来るだけ時間を稼いで」





ソルジャー頼みの力技。
終わったらもう一度照明弾を使うから、この先の空き地で落ち合う約束をした。
下にどう帰るかも考えがあるから心配しなくていいと。





「じゃあ、また後で」





こうしてジェシーは一足先に七六分室倉庫へと走っていく。
程なく陽動部隊であるあたしたちも歩き出した。



To be continued


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