君がいれば生きていける


「ホープ、あたしね…やっぱり、元の世界に帰るよ」

「え…」





突然、目の前でそう言った彼女。
そこには穏やかな笑みを浮かべられている。

だけど対照的に、僕は固まった。





「帰るって…」





喉が詰まるみたいな。
やっと絞り出せたのはそんな一言。

彼女、ナマエは本当はこの世界の人間ではない。

彼女は変わらぬ微笑のまま、こくんと頷いた。





「やっぱり…あたしの世界は、あっちなんだよなって…。この世界はちょっと違うなって…ふとした瞬間に思う事、あるんだ。向こうの世界に残してきたものもある…。ホープのことも、振り回さなくて済む。いつか消えちゃうかも、なんて心配も無くなるし」

「……、」





何か言わなくては。
そう思うのに、喉が絞まる。

言葉が、見つからない。

だって、何を言うんだ。
ナマエが、戻りたいと望んでる。

それなら、わかったと頷くだけだろう。

だって僕は、ずっと思っていたじゃないか。
彼女が元の世界を望むのなら、それを尊重しようと。

帰してあげる方法を探して…力になりたいと。

なのに…なんで…。
なんで、笑みを返すことも、頷くことも出来ないのだろう。

ただ、浮かんでくるのは…締め付けられるような感情。
まるで、駄々をこねる子供みたいな……。

嫌だ、嫌だ、嫌だ…。





「………っ!」





そんな時、パッと目が覚めた。
目に飛び込んできたのは見慣れた部屋の天井。

そこで気がつく。……夢。

焦りにも似た感情か不要なものだったと気がつき、ぐったりと力を抜くように僕は額の上に腕を乗せた。

覆った視界に記憶もはっきりしてくる。
そう、彼女は今自分の隣で眠っているはずだ。

思い出した眠る前の記憶に寝返りを打って手を伸ばす。
だけどその手はふっ…と何に触れることも無くそのまま布団に落ちた。





「え…」





触れられなかったぬくもりに目を見開いてよく見る。

するとそこにはやはり会ったはずの彼女の姿が無い。

その時ドクッ…と心臓が波打った。
そして頭の中に響いたのは夢で聞いた彼女の言葉。





《ホープ、あたしね…やっぱり、元の世界に帰るよ》





嫌な汗。
心臓の音が増していく。

まさか…。

そう思ったその時、カチャン…という音と共に廊下の光が差し込んだ。





「ホープ?」

「っ…え」





名前を呼ばれる。
その声にはっと顔をあげれば、そこには部屋の扉を開けたナマエの姿があった。





「あれ?もしかして起こした?んー、いや寝てるの確認してから出たけどなあ…」

「え…あ、…ナマエは…?」

「ん?喉乾いたからお茶飲んできた」

「お茶…」

「お茶」





コクリと頷くナマエ。
彼女は何事も無くベットへと戻ってくる。

そして脚を乗せると不思議そうに僕の顔を覗きこんだ。





「どうかした?なんか変な顔してるけど」

「変な顔って…」

「血の気引いてるみたいな?なんか変な夢でも見た?」





夢…。
そう聞かれて思い出した。

帰りたいと言う貴女の夢…。

そう、夢。
今、目の前にいるナマエは首を傾げて僕を見ている。





「いや…まあ、そう…だね…」





僕はそう少し言葉を濁しながら頷いた。

だって、なんだかバツが悪いというか…。
いい年して夢で血相を変えるなんて笑い話じゃないか。

だけど、そう言ったところで彼女は逃がしてくれなかった。






「ふーん。どんな?」

「え…。言わないと駄目かな、コレ…」

「うん。なんか面白そう」

「いや、面白くは…というか、あんまり言いたくないんだけど」

「ということは面白いって事だね〜。うん、言え」

「言えって…」





にっこり満面の笑みで問い詰めてくるナマエ。

その笑顔は大変可愛らしいけれど…言ってる事は脅迫みたいな。
言うまで本当、解放してくれさ無そうな感じだ。

でもやっぱり口にするには色々躊躇うというか…。
気恥ずかしいし、何より…困らせそうで。





「………。」

「…そんなに口閉ざされるとホント何事かと思うんだけど。夢の話でしょ?」

「それは、そうなんだけど…」





あまりに言わないから、ナマエさの反応も変わった。

そうは言ってもやっぱり晒すのは…。
内容が内容だけに、どうしても気が引ける。





「ナマエがいなくなる夢、かな…」

「は?」





だから僕は何となく言葉を濁してそう言った。
それを聞いた彼女はきょとんと目を丸くする。





「いなくなるって…」

「……。」

「…もしかして、元の世界に帰った、もしくは帰りたいって言ったとか?」

「っ!?」





するとナマエは物の見事に僕が言葉を濁した部分を言い当てた。
ビックリして思わず目を見開く。

そんな反応をすれば、ナマエも確信を得たようだった。





「え、それでそんな顔してんの?」

「……まあ」

「ええ…。でも、ふぅん…、そんな顔をしてるってことは、何かしら思うことがあったと?」

「そりゃ…まあ」

「へー。えへへ、寂しい?」

「……それは、そうだよ」

「あはっ!素直なホープくんかーわいー!」

「………。」





頭を撫でくりまわされた。

…一応、今は僕の方が年上なんだけど。
そんな風に思いつつもその手に心地よさを感じてしまっているからなんか本当もう救いようがない…。

手が離れれば、それを寂しくも思ってしまう。

そしてナマエに視線を向ければ、彼女もまた僕のことを見ていた。





「ていうか言わなかったっけ。こっちにまた帰ってこれる方法が無きゃ帰れる可能性があっても試さないって」

「…うん、聞いた」





そう。彼女は元の世界のことは気になるがこの世界との行き来が自由に出来るわけではないなら帰りたいとは思わないと言ってくれた。

隣にいると、言ってくれた…。
もしも消えてしまう事があったら、僕は貴女を探していいんだと…そう、教えてくれた。

だけど、だけどもし…帰りたいって、貴女の心が傾いたら…。

こんな夢を見たら…やっぱり少し、気に掛かった。





「あのさ、ホープ」

「うん…?」





視線を下に置いていると、それを気遣うように優しい声で名前を呼ばれた。
僕は彼女に再び視線を向ける。

そうして見えた彼女の顔も、とても優しかったから…もしかしたら見透かされた…かな。

するとベットの上で力が抜けていた手にぬくもりが落ちてくる。
ナマエが手を重ねてくれた温度だった。





「ホープってさ、結構あたしの考えを尊重してくれるというか…そういう事多いけど、ホープがあたしにこうして欲しいみたいなのはないの?」

「え…?」





穏やかな笑みでそう尋ねられた。

僕が、ナマエにして欲しいこと…?

そう考えた時、触れている手の温度を凄く実感した。
そのぬくもりがなにを言っても大丈夫だよ、って言ってくれているようで。

でも同時に、彼女の笑みが楽しそうなものに変わっている事に気がついた。





「なんだか楽しそうだね」

「えー、そう?」

「……言わせたいの?」

「うん!」

「随分と良い返事だな…」





ニコニコと凄く楽しそうに笑うナマエ。
隣でそれを見る僕は何とも言えない気分だ。





「なーんかしてやれらる事多いしたまにはこっちが優位に立たないと」

「やられるって…別に」

「いいじゃん!プロポーズしてくれたんだし、今更でしょ?」

「そうだね…今更だからいいんじゃないかな」

「なんか、結構渋るね…」





そう言ったナマエの顔を見て、僕も少し思った。

確かに、結構渋ってる自覚は自分でもある。

そうして見て改めて考えれば、自分がナマエに何かしたい、してあげたいって思うのは躊躇う理由はない。
でも、それを相手に求めるとなると…少し怖くなる。

あんな夢見たから、今は余計に…だろうか。

もう答えは出した。
ナマエはそう笑うけど、どこかで縛り付けることに抵抗を感じる。

それは僕が弱くて、ずるいだけ…なんだろうけど。





「…ホープ?」

「……。」





その時、きゅっと重ねられていた手にナマエが少し力を込めた。
僕を呼びながら首を傾げる彼女。



《放さないでくれる?》



手を握り、最初にその言葉をくれたのはナマエだ。
幼い日の僕は、この世界での居場所を不安がるナマエの手を握り、その言葉を返した。



《放さないでくれませんか?》



不安を拭いたい。
その一心だったけど、あの時の僕は強気だったな…。

いやそれよりも、離れてしまう日の怖さより…離れる日の怖さにも怯えていたから。

…いや、それは今だってそうだ。
あの夢の中で、僕は何を思った?

それが言えたら、何か…変わるのかな。





「ナマエ」

「ん?」





呼べば応えてくれる。
こちらを見て、耳を傾けてくれる。

今、ちゃんと傍にいる。

この現実を、何より望んでいる。





「ナマエ…嫌だ」

「え…?」

「貴女がいなくなるなんて、考えたくもない。ずっと、僕の傍にいて…」





手を伸ばして、抱きしめた。
幼いあの頃から、ずっとずっと…こうして抱きしめる事を何度も夢見た。

届く今も、失いたくなくて、離したくなくて。

…昔、ライトさんの背中を見て憧れた。
強くなりたいと思った。身も、心も。

大切な人を、守れるようになりたいって。

でも、まだまだ全然…弱いな。

そう感じた時、ぽん…と背中にあたたかな手が触れた。
それは勿論、今抱きしめているナマエの手。

ナマエは僕を抱きしめ返して、そして優しく囁いた。





「そんなの、こっちの台詞」

「……。」

「大丈夫。どんなことがあっても、この世界にはホープがいるから。ホープがいれば、あたしは生きていけるよ」





抱きしめ返して、少し、楽しそうに笑って。
その声を聞いたら、僕も何だか頬が緩んだ。

そう…僕も、同じだ。

僕だって、AF400年の未来に行くこと、この人がいれば…それでいいと思った。

時を失った世界。
見えないものは多くて、不安で、でも、この胸には希望がある。

貴女がいれば、生きていける。

そう…。
本当に、そう思った。



END


LR本編前のお話。
まあ一緒に住んでるよね、みたいな。(笑)

最初敬語で書いてたんですけど、折角タメ口設定にしたので初めてタメ口の番外編にしてみました。

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