今、大切にしたいもの



《お兄さん、ありがとうございました!》





初恋の話。
あれはまだ、小学生だった時の事。

あたしは財布を落としてしまった。

途方に暮れて、どうしていいかわからなくて。
でもその時、一緒に財布を探してくれたお兄さんがいた。

見つかった財布。
それを差しだしながら《良かったな》って笑ってくれた。

普通なら忘れてしまいそうな、ほんの小さな出来事。

でもあたしはその出来事をずっとずっと覚えていた。

話せばだれもが大袈裟だってきっと笑う。
だけどあたしにとっては大切な初恋のお話だ。





「〜♪」





耳につけたお気に入りのイヤホン。
最近ハマってる曲を流してちょっと鼻歌交じりにご機嫌。

タンタン、とローファーで軽やかに向かうのは小さいけどお洒落なカフェ。

カラーン…なんて音を鳴らしながら扉を開けば広がる落ち着いた空間。

このお店は近所に住んでいるお姉さんのバイト先。
暇を見つけると放課後に足を運ぶあたしの憩いの場所。

扉の場所からも見えるカウンターにいつも通り目を向ければそこにあった黒髪の美人さんの姿。
例の近所に住む大学生のお姉さんだ。





「ティファ〜!」





これもいつものように。
あたしはイヤホンを外し、彼女の名前を呼びながら笑顔で軽く手を振る。

すると彼女は作業の手を止めパッとこちらに顔を上げてくれた。

ここまでは、本当にいつものこと。
だけど今日は違う事がひとつ。

こちらを見てくれた視線は彼女、ティファだけでは無かった。
それはカウンター越しにティファの前に立つ金髪の男の人の視線。

誰だろう。
きっと普通ならきっとそんな感想を抱くだろう。

でもあたしは違った。

ドクンと波打った心臓。
溢れていく言い表せない感情。

そこにいたのは思い出の中のお兄さん。
間違いない。本当に。

気が付いたら、勢い任せに叫んでた。





「あああああああッ!!!会いたかった!!!マイヒーロー!!!!」

「「!?」」





突然の絶叫。ティファとお兄さんの方がビクッと震えた。

幸い他にお客さんはいない。
いいやまあいいじゃないか。いたところでどうせだいたい知った顔だ!

あたしは相変わらずの勢いのまま、ずんずんとお兄さんに近付いていく。
なんかちょっと後ずさりされた。なんで!!!





「ま、マイヒーローって何だ!いやその前にアンタ何なんだ…!」

「マイヒーローはあたしだけの英雄ってことです!覚えてませんか!5年前、財布見つけてくれたじゃないですか!」





5年前に財布を拾ってくれた。
勢いのままにそう詰め寄ったけど、そこでちょっとハッとした。

いやいや、そんな出来事覚えてる方がビックリじゃないかと。

あたしにとっては特別な出来事だったけど、それはあくまであたしにとって。
普通だったらそんなもの覚えてるわけがない。

だけど、そこで返ってきた反応はあたしの予想に反するものだった。





「5年前…財布?…あ」

「え…?」

「ぶつかったお詫びって言って、探したあれ…か?あんた、あの子なのか…?」

「え、えっ?!」





聞いておいてこっちがきょどった。
いやお前が叫んだんだろうって話しなんだけど。

だって我に返って見れば、まさか当たりの反応が戻ってくるとは思わなくて。





「ちょ、ちょっと待って。ナマエ、クラウド。あなた達、知り合いなの?」

「あ…」

「ティファ…」





ティファに声を掛けられ、ハッとした。
そこからはティファも交えて…、というかティファがしっかりとそれぞれに紹介をしてくれた。

彼の名前はクラウド。
ティファの同郷の幼馴染みであり、上京した今、同じ大学に通っているのだとか。
なんでも同じ大学だったのは偶然で、むしろ再会しそれに気が付いたのはつい最近の話しなんだと言う。

これが、あたしとあなたの再会の話。

まさかあの時のお兄さんと再会出来る日が来るなんて。
しかもあの日の事を覚えていてくれたなんて。

あの日から、あたしはクラウドとちょくちょく顔を合わせられるようになりました。





「あー!おいしかった!ティファ、御馳走様!」

「はい、ありがとうございました!クラウドもね」

「ああ。御馳走様」





例えば、ティファのバイト先。
ティファから今日シフト入ってるから、エアリスから寄る予定だからおいでってメールで呼んでもらうとクラウドもいたり、クラウドから連絡が来ることもあるし、逆にあたしが連絡したり。

今日もそう。ちょっとした雑談でクラウドとメールしていて、暇だから行こうかなって話になって。

あの日以来、結構仲良くなれてきているのは気のせいじゃない。
あたしにとっては嬉しい限りだった。





「ナマエ。送っていくよ」





カラーン、と扉を開いた際にそう言ってくれたクラウド。
あたしはパッと笑って振り向いた。





「ほんと?バイク?」

「ああ」

「やったー!ありがとクラウド〜」





あの日のお兄さんは優しい人だった。
そして、再会したクラウドもそのまま…とても優しいお兄さんだった。

初恋の憧れ。
それは綺麗な思い出で、すごくキラキラしてた。

でもそれは、あくまで思い出だった。

今は…それがきっと塗り替えられた。





「バイクか〜。大学これで行ってるんだよね」

「ああ」

「バイク通学かっこいいなあ。いいなあ、大学生。一気に世界が色々広がる感あるよね」

「高校だって色々広がるだろ」

「大学ほどじゃないでしょ〜。こっちはあってもチャリ通ですよ」





今は、本当に自覚している。
いわば片思い、ってやつです。

でも手が届く、なんて高望みは正直していない。

こうして交わす他愛ない会話が凄く楽しい。
構って貰えて、可愛がってもらえて、そんな時間が今、とても。

ただ、この時間を大切にしたいと。

それが今、あたしの一番大事なものです。



END


マイヒーロー編。

1周年の時と設定は同じ。
高校生と大学生です。

時期的には1周年の時の過去話になります。
1周年ではくっついてるので。

なんだろう。出会いが書きたかったらしい。
要はクラウドが記憶を失ってないとこうなる的な。





×
- ナノ -