ひとりで抱え込まないで
「ぐっ…うう…」
ホープは蹲る。
そうして、苦しそうにして呻いた。
「ホープ、どうしたの?大丈夫!?」
あたしは慌てて傍で膝をついた。
そして気遣うように彼の肩を擦った。
「ごめん、なさい…でも、本当にそんな心配するような事じゃ…ないですから…」
「……。」
あたしの心配に、ホープは頑なに平気だと言った。
…どう考えても平気じゃないと思うんだけど。
ホープは昔から、どこか性格的に甘えベタなところがある。
迷惑をかけないようにって、無理をすることがしばしばだ。
でも、自分でもそれを自覚して、甘え方を覚えてきたはず。
それに、自惚れるわけじゃないけど…あたしには胸の内、色々と話してくれていたとは思う…。
それはあたしも。お互いにだ。
そう、だからなんだかちょっと…今のホープの頑なさにはちょっと不自然さも覚えた。
「ホープ!おい、しっかりしろ!ナマエ、大丈夫か?」
「あっ、スノウ…!皆…!」
するとそんな時、スノウの声がした。
顔を上げればそこには駆け寄って来てくれる仲間たちの姿がある。
スノウ、セラ、ファングにヴァニラ、サッズ、それにアミダテリオンも。
「スノウ?それに、皆…セラさんも」
同じように声に気が付いたホープも顔を上げ、ゆっくりと立ち上がった。
あたしもホープを支える様に肩に手を置き、一緒に立ちあがる。
でも立ち上がったところでホープが「ありがとう。もう、大丈夫ですから」ってあたしの手に触れたから、あたしはそっとホープの肩から手を離した。
「具合悪いの?無理しないで」
「いえ…大丈夫です。この街でセラさんたちを差し置いて倒れるわけにはいきません」
セラも気遣いの声を掛けたけど、ホープは微笑んでまた平気だと言った。
…また。
その様子にあたしはやっぱり違和感。
「お前だって無茶すんなよ。どこか痛むのか?」
「頭痛が…少し。でも問題ありません。状況を整理したいのですが」
サッズが聞けばホープは頭痛の症状だけを答え、それよりも現状のことを話したいと言った。
そりゃ、状況の把握も大事だ。
的確に今優先すべきことを判断する。
それは、ホープらしいけど…。
「うちらは、気が付いたらこの街にいた」
「スノウの持ってる光の羅針盤を頼りに、セラやホープやナマエを見つけたんだよ」
ホープが平気と言うならと、ファングやヴァニラはそちら側の今までの経緯を話してくれた。
なんでも、スノウだけが光の羅針盤という指針を所持していたらしく、それで逸れた仲間を見つけることが出来たらしい。
あたしやホープも然り、だ。
「この地形を召喚した者が誰か、それはわかっていません」
そしてアミダテリオンが重要な事項でありながらも把握出来ていないことを教えてくれる。
新都アカデミア…この場所を召喚したのが誰なのか。
あたしはホープかセラかノエルか、それともカイアスかとその辺りだと踏んでいた。
今の面子でわかっていないということはセラは違うのだろう。
じゃあ、ノエルかカイアス…?
そう思った時、意外な事にもうその答えをホープは持っていたようだった。
「それなら…カイアスかもしれません」
「えっ、そう、なの?」
隣で答えたホープにあたしは目を丸くした。
いやだって、今初めて聞いたし。
ホープは「はい」と頷く。
するとそれを見ていたスノウが詳しく尋ねた。
「何か知ってるのか?ナマエは、知らないみたいだな?」
「うん…まあ、ホープと会ってからまだそんなに経ってないしね」
「そっか。んで、ホープ?」
「闇のクリスタルコアが溜め込んでいた戦士の異形の姿の記憶…、淀みの断片と呼ばれるそれを戦士に配って回っている者がいます」
闇のクリスタルコアが溜め込んでいた記憶…。
戦士の、異形の姿…?
それを配ってる人って…。
皆の顔色が変わる。
あたしは、ちょっと予感がしてた。
ああ、さっきホープから聞いてた名前はここに繋がるのか…って。
「エルドナーシュです。彼が言うには…カイアスにも淀みの断片を与え、異形の記憶を取り戻させたとか」
ホープは皆にもエルドナーシュの事を話した。
予想は当たった。
やっぱり、淀みの断片とやらを配っているのはエルドナーシュだった。
エルドナーシュはそれをカイアスに渡した…か。
それを聞くと、あたしやセラはその力の形に心当たりがある。
「ねえ、セラ。カイアスの異形の姿ってさ」
「うん。異形の記憶…バハムート・カオスだね」
セラと顔を合わせる。
バハムート・カオス。
カイアスがバハムートと一体化した…まさに、異形の力。
あたしたちはそれと戦ったことがあるし、ホープも目にしている。
だからホープもそうだろうと頷き、そしてそれゆえの見解も話してくれた。
「はい。あの強大な力でこの地形が召喚された可能性があります」
「凶暴な敵のその凶暴さそのものが強い意志ってわけか」
「ええ。闇の意志とでも呼びましょうか。淀みの断片が呼び覚ました意志です」
淀みの断片による力でこのアカデミアが召喚された。
なんにせよ、この大都市を召喚したのなら…物凄い力だ。
…ううん、あたしたちは身をもって知ってるよね。
バハムート・カオスの力は、本当に強大だって。
「その淀みの断片ってのはカイアスひとりのもんじゃねーんだろ?」
ファングがホープに聞く。
確かに、今ホープはエルドナーシュは戦士たちにその淀みの断片を配って回ってるって言ってた。
つまり、その断片を所持していたのはカイアスだけじゃないって事になる。
ホープは頷いた。
「恐らく、元の世界で異形の姿を持っていた人物にはそれぞれあるもののはずです。…もしかしたら…僕にも…」
「えっ?ホープ…?」
「い、いえ!何でもありません!」
ホープは何か、小声で呟いた。
でもそれを聞き返すと、すぐに首を横に振って濁してしまう。
…やっぱり、何か隠してる。
それに気づいたのはあたしだけじゃない。
「なにか抱え込んでるな?言ってみろよ」
「本当に何でも無いから。スノウは気にしなくていい!」
「…無理強いはしないけど、頼るときは頼れよ」
スノウも聞いてくれたけど、やっぱりホープは何も言わない。
無理強いはしない。
そりゃ、言いたくないと言うのなら、無理矢理に聞こうとは思わないけど…。
ただ、頼るときは頼れ。
かつても、全部背負うからとスノウはホープに約束していた。
ホープもそのことは覚えているだろう。
「…それが出来たら、悩まないかもしれないな」
でも、今のホープは本当に小さくそう呟くだけだった。
そして、もうこれ以上はいいからとでも言うようにホープは皆にライトの事を尋ねた。
仲間を示す光の羅針盤があるなら、それがライトを示してはいないかと。
その言葉でひとまず次はライトを探そうかという流れになり始める。
いつまでもここに立ちつくしていても仕方がない。
スノウの光の羅針盤を頼りに、皆は足を動かし始めた。
「ねえ、ホープ」
そんな中、あたしは少しだけホープを呼び止めた。
皆と一緒に歩き出そうとしていたホープは振り返ってくれる。
その時セラもこちらを見ていたけど、目が合うと「任せるね」とでも言うようにあたしに微笑み歩き出した。
皆、ホープの様子が変な事は気づいてるから。
あたしはホープに向き直った。
「ねえ、スノウも言ってたみたいに無理強いはしないけどさ…あんまりひとりで無理しないでよ?」
「…はい。でも、ナマエさん、ナマエさんはいつでも僕よりも自分の心配をしてくださいね」
「え…?」
「僕は、貴女が一番だから。貴女を守る、貴女が無事でいること…それが一番大事なんです」
「…ホープ」
そう言った彼は凄く凄く優しい顔をしてあたしに微笑む。
それは気恥ずかしいけれど、とても嬉しい言葉。
…でも。
それならあたしだって、ホープを一番に考えているのに…。
「皆にも会えて…本当に良かった。これで、一安心ですね」
「うん…」
「それじゃ、僕たちも行きましょうか」
「…そうだね」
こうしてあたしたちも皆を追うように歩き出した。
皆と再会出来たことは確かに心強い。
ホープの言う通り、そこは一安心だと思った。
だけど、ホープの言った一安心の意味…。
それには少し違う意味が含まれていたことを…あたしが知るのはもう少し先だった。
END