お前が認めてくれるなら


「こう改めてのんびり見るとさ、ザナルカンドも結構綺麗だよね」





目の前にある小さな背中が言う。
景色を眺め、漂う幻光虫に指先を伸ばし…ふわりと泳がせるその姿。

俺は、その背中をじっと見つめていた。

まるで夢のようで。
…いや、何度も夢見た光景と言った方が正しい気がする。

だから、夢ではないと実感したかった。





「それで、話って?どうしたの?」





くるりと振り返る。
俺を見上げて、そう尋ねてきたナマエ。

俺はゆっくりと歩み寄った。

目の前まで来れば、不思議そうにこちらを見上げる瞳。

確かに此処にある。
その存在を、確かめたくなる。

俺はそっと、ナマエの頬に掌を触れさせた。

するとナマエは驚いたようにその目を少し丸くさせた。





「どうしたの?アーロン」





だが、振り払う事はない。
むしろ触れた手の上に自分の手を重ね、摺り寄せる様に頭を傾け頬を寄せてくれた。





「ナマエ…」

「うん?」

「……。」





こみ上げる、物言えぬ感情。
だがそれは締め付けられるほどあたたかい。

もっと噛みしめたくなる。

ただ、そのぬくもりをもっと。




「わっ」





ナマエが小さく声を上げる。
俺はナマエの頬から手を離すと、そのままその小さな肩に顔をうずめ、抱きしめた。





「ど、どうしました?」





顔を埋める。
普段はまず、しないであろう事。

流石にナマエも戸惑っているようだった。

だが今は、放してやれそうにはない。






「…少しだけ、こうしていたい」

「へ」

「駄目か」

「え、いや、別にいいけど…」

「…なら、少し貸してくれ」

「……。」





素直に告げれば、ナマエはそのままでいることを許してくれた。





「少し…ぬくもりに、身を委ねたい」

「………。」





そう。ただ、今…噛みしめて、何も考えずに委ねていたい。

そのぬくもりを。
ナマエがここにいるということを。

フッ…とんだ甘えただ。
世辞にも格好がついているとは言えない自分の姿に心で笑う。

ここは、俺の記憶のザナルカンドだ。

もう届かぬ過去の、後悔の日のザナルカンド。

一度は乗り越えたはずだった。
ユウナのガードとしてこの地を訪れ、仲間たちと共にユウナレスカを討ち…新たな物語の可能性を見た。

だが、後悔とは根深いものらしい。
振り返ると、考えれば考える程、もっと出来ることがあったのではないかと…靄が渦巻いた。

俺の意志が呼び出した場所だと言うのなら、奥で待っている結末を考えるだけで恐ろしくて。

…不安で、たまらなくなった。

だが、そんな俺に対して…ナマエはこう言ったのだ。





《ここがアーロンの思い出のザナルカンドなら、傍にいられなかった時のザナルカンドってことだよね。やり直しじゃないけど、その場所で傍にいられるの、嬉しいなって》





目から鱗だったかな。

そんな考え方をするとは思わなかった。

スピラにいた頃、ナマエは言ってくれた。
ただ、傍にいたかったと。

だから今、この状況はそれが叶うのだと…。

その言葉は、途方も無く…あたたかい。
心に固まる不安を、あっさりと、いとも簡単に溶かしてしまうような…。

そうだな、初めてここに来たとき、俺もお前がここにいたらと考えたいた。
今、その光景が目の前にある…か。

たしかにそう考えると、悪くない気がしてくる…。現金なものだが。

本当に、甘やかしてくれる。

心地よくて。
許されるのならもう少し、身を委ねていたい。

すると、まるでそれに応えてくれるかのようにナマエの手が俺の肩に触れてくれた。





「…感謝している」

「え?」

「礼を言いたかった。傍にいてくれた事、掛けてくれた言葉…お前と言う存在に、俺は数えきれぬほど感謝している」

「アーロン…」





そして俺はナマエに礼を言った。

元々ふたりで話がしたいと頼んだ理由はこれだった。

ただ傍にいて、俺自身すらわからない…欲した言葉をくれた。
いくら感謝しても、し足りない。

今だけじゃない。
今までだって…いつだってそうだった。

だから俺は、お前が眩しく…輝いて見えた。





「ねえ、アーロン、覚えてる?前にアーロン、あたしにひとりで抱えるな、此処に在る限り力になりたいって、そう言ってくれたの」

「…ああ」

「あれ、あたしも同じだよ。あたしもアーロンの力になりたい、抱えてるもの、出来るのなら一緒に持ちたいんだ」

「……。」

「傍から見ても、軽いものじゃないよね。重たいよ。凄く重たい。押しつぶされちゃいそうなくらい。あたしはその欠片でも、一緒に持ってあげられたかな。支えになれた?」

「…十分すぎる程だ」

「ほんと?」

「ああ…。きっとお前が思うより、お前と言う存在は俺の中で大きい」

「そっか…。それなら良かった。今度は傍にいて、力になれたなら」

「ナマエ…」





俺がナマエにしてやれることは、してやりたいと思う。
俺自身が、したいと。

お前も…そう思ってくれているのなら、こんなに嬉しい事は無いのだろうな。





「ねえ、アーロンは自分はここで力及ばなかった弱い存在で、その時の事、仕方なかったって割り切れない性だって言ってたよね」

「…ああ」

「それはまあ、それでもいいんじゃないかなって思う。あたしはそういう、アーロンの生真面目なとこも好き。でもね、ちゃんと知ってて欲しいんだ」

「なんだ?」

「アーロンは凄いよ。凄く、格好いい人。あたしは、アーロンのこと、尊敬してる。だからそれ、ちょっとは認めて、知ってて」

「……。」

「ふふふっ、偉いって、自分のこと少しは褒めてあげてよって事だよ」





自分を褒めろ…か。

先ほどガラフにも謙遜するなと言われた。

だが俺は、本当に…自分に出来ることをしただけだ。

実際、ブラスカもジェクトも救う事は出来なかった。
それは紛れもない事実。

俺自身にもっと力があったならば…。
あの場にいたのが俺では無くお前だったなら…。

もう少し違う結末があったのではないかという不安は拭えない。

だが、導いたことは確かに無駄では無かった。
託した次の世代は、こんなにも逞しい。

すると、ナマエの手が俺の後ろ頭に触れた。





「ふふっ、よしよし」

「…それはどうなんだ」

「あはは!あれ?こういうの御所望なのでは?」

「…そんなわけがあるか」

「えー?満更でもないんじゃないのー?」

「…阿呆」

「失礼な!あははっ、まあ、たまにはいいじゃん。ナマエちゃんが褒めてあげますよ〜」





頭を撫でられる。
こちらが撫でたことはあるが、自分がされるのは慣れない。

…そもそもコイツ、完全に調子に乗っているな。

きっと悪戯でもしているかのように楽しんでいるであろうナマエ。
顔は見えないが声音からそれは伺える。

からかわれるのは、まあ…癪だな。

だが、その手を振り払う気にならないのは…素直に認めたくないな。

まあ…ナマエが褒めてくれるのと言うのなら、それは悪くないのかもな。





「およ?名残惜しいですか?」

「…減らず口だな」

「えー?へへっ、なーんだ、違うの?」





身体を離して見た顔は、思った通りへらへらと調子に乗っていた。
…ああ、やはり癪だな。

だから俺はその頭にいつものように拳骨を落とす。





「いった!!相変わらず手加減なしか!!」

「フン」





睨んでくるナマエ。
俺はそれを軽く流す。

ああ、いつも通りだ。

その空気は、とても心地がいい。
そう思えるくらいには、もう普段通りだ。

だから俺は、少しナマエに仕返しをしてやることにした。





「…だが、そうだな。褒めてくれると言うのなら、御褒美でも貰おうか」

「え?」





ナマエはきょとんとした。

俺はそれを見ながら、考えるそぶりを見せる。
そしてフッと笑いながら、悪ふざけを口にした。





「そうだな…、ではナマエ。お前から口付けてくれ」

「は!?」





そう言うと、ナマエはぎょっとした。
声も裏返り、想像以上の反応を見られた気がする。

そうしてしばらくはあたふたとしていたが、俺が笑っているのを見てすぐにからかわれていると気が付いたらしい。





「…アーロン」

「フッ、冗談だ。真に受けるな」

「…このおっさんめ…」

「お前が調子に乗るからだ」





そして今度は俺がナマエの頭を撫でた。

ポンポンと、なだめる様に。
ああ、やはりこっちの方がしっくりくるな。

俺はきっと、ナマエにこうするのが好きなのだろう。





「まあ、くれると言うなら貰うがな」

「……。」





くつくつ笑ってやる。

撫でる手の下で、ナマエは不満げな表情だ。
まあ、そう簡単にしてやられてやる気は無いのでな。

むくれているその顔にまた笑う。

そうしてそろそろ手を離そうかとした時、ナマエの手がそっ…と俺の赤い衣に触れた。





「じゃあ、ちょっと…屈んでよ」





その言葉にぴたりと撫でていた手が止まった。

…そ、れは。

見下ろせば、じっと俺を見上げる瞳にぶつかる。
そしてナマエはそっと俺の顔に手を伸ばし、掛けていたサングラスをゆっくりと外した。





「……。」





くらりと、揺らいだ。
…そんなことをされると、また…自分に甘くなる。

俺は黙ったまま、腰を屈めた。

するとナマエは背伸びをし、数秒…唇を押し当てた。





「贅沢なご褒美ですこと…っ」





離れると、ナマエはそう言ってふいっと顔を逸らした。
だが、それを聞いて俺は思う。





「ああ、そうだな…贅沢だ」

「……。」





俺は、弱い存在だ。
ただ…出来ることをしただけ。

でも、お前が認めてくれるのなら…。

ああ、贅沢だ…。

俺はその時、満たされた様に微笑んだ。




END
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