自分を褒めてあげること
「こう改めてのんびり見るとさ、ザナルカンドも結構綺麗だよね」
とんとん、と遺跡に響く静かな自分の足音。
それを聞きながらあたしは辺りの景色を見て、そしてふわりと舞う幻光虫にそっと手を伸ばした。
「廃墟だがな」
「うん。まあそれも魅力かも。雰囲気ある感じ?それに幻光虫がたくさんあってさ。初めて来たときは、そんなの眺める余裕もなかったけど」
初めて来たときは、ユウナを助ける方法を必死になって考えてた。
どうしようって、焦りが募ってた。
ふっ…と、指の先に幻光虫が泳ぐ。
そう言えば、アーロンを見送った時も…こんな風に幻光虫に手を伸ばしたな…。
「それで、話って?どうしたの?」
あたしはアーロンに振り返った。
今、またあたしはアーロンとふたりきりだ。
アーロンが少しだけふたりで話がしたいって言ったから。
皆も了承してくれて、少しの間だけ皆の傍を離れた。
すると、アーロンはゆっくりあたしの傍に歩み寄ってきた。
かと思えば、ゆるやかに手伸ばし、そっとあたしの頬に触れてきた。
びっくり。
まあでも払う理由も無い。
だからあたしも頭を傾け、その掌に身を寄せた。
「どうしたの?アーロン」
「ナマエ…」
「うん?」
「……。」
触れたまま、じっと見られる。
だからあたしは自分の手をアーロンの手に添えて、もう少し頬にそのぬくもりを押し当た。
そして首を傾げながら見つめ返した。
「わっ」
すると頬から手が離れた。
と思ったら、今度はぐっと背に手を回されて抱きしめられた。
いや、抱き着かれている…の方が正しい?
なぜならアーロンは少しだけ身をかがめ、あたしの肩に顔をうずめていたから。
「ど、どうしました?」
「…少しだけ、こうしていたい」
「へ」
「駄目か」
「え、いや、別にいいけど…」
「…なら、少し貸してくれ」
「……。」
な、なんだこの展開は。
いい年こいて甘えたか、おっさん。
そういえばお前は俺を甘やかすなとか言ってたっけ。
「少し…ぬくもりに、身を委ねたい」
「………。」
いや別に嫌じゃないし全然良いんだけど。
むしろ…まあ、嬉しい気持ちの方が勝つし。
そう思いながら、あたしはそっとアーロンの肩に手を伸ばしてトンと優しく触れた。
「…感謝している」
「え?」
「礼を言いたかった。傍にいてくれた事、掛けてくれた言葉…お前と言う存在に、俺は数えきれぬほど感謝している」
「アーロン…」
顔をうずめたままの体制で、アーロンはそう囁いた。
なんだかちょっと、くすぐったい。
だけど、そう思って貰えたのなら…あたしにとってもこれ以上は無い。
「ねえ、アーロン、覚えてる?前にアーロン、あたしにひとりで抱えるな、此処に在る限り力になりたいって、そう言ってくれたの」
「…ああ」
「あれ、あたしも同じだよ。あたしもアーロンの力になりたい、抱えてるもの、出来るのなら一緒に持ちたいんだ」
「……。」
かつて、アーロンが言ってくれた言葉。
あれは…祈り子からあたしがスピラにいる理由を聞いた時のこと。
色々とややこしくなる話だったから、自分の中だけに仕舞っておこうと思った。
だけど、アーロンはそうしようとしてる事に気が付いて、話を聞いてくれた。
その時、そう言ってくれたんだよね。
そしてその言葉は、あたしにもぴったりと当てはまる。
「傍から見ても、軽いものじゃないよね。重たいよ。凄く重たい。押しつぶされちゃいそうなくらい。あたしはその欠片でも、一緒に持ってあげられたかな。支えになれた?」
「…十分すぎる程だ」
「ほんと?」
「ああ…。きっとお前が思うより、お前と言う存在は俺の中で大きい」
「そっか…。それなら良かった。今度は傍にいて、力になれたなら」
「ナマエ…」
傍にいられなかった過去。
ただただ、傍にいたかったと願った。
でも今回は、それが出来たなら。
それはすごく嬉しかった。
すると、アーロンがフッと小さく笑ったのが聞こえた。
「未来あるお前たちにしてやれること、残してやれることを考えていたが…まさか、こちらが縋りつくことになるとはな」
「そんなこと考えてたの?別にいいじゃない。ビビとかエースに対して、そんな風に思わないでしょ?」
「まあな。あくまで俺の考え方だが」
力になりたいって思った。
この人に自分が出来ること、何でもしたいって。
あたしは、少しでもアーロンの糧になることが出来たのだろうか。
でもま…それじゃあ、あたしが言おうと思ってた事も…言おうかな。
「ねえ、アーロンは自分はここで力及ばなかった弱い存在で、その時の事、仕方なかったって割り切れない性だって言ってたよね」
「…ああ」
「それはまあ、それでもいいんじゃないかなって思う。あたしはそういう、アーロンの生真面目なとこも好き。でもね、ちゃんと知ってて欲しいんだ」
「なんだ?」
「アーロンは凄いよ。凄く、格好いい人。あたしは、アーロンのこと、尊敬してる。だからそれ、ちょっとは認めて、知ってて」
「……。」
「ふふふっ、偉いって、自分のこと少しは褒めてあげてよって事だよ」
さっきガラフも言ってたじゃない。
アーロンは立派だ。
それを謙遜することはないってさ。
あたしは肩に埋まるアーロンの頭に、そっと触れた。
そしてぽんぽん…と、優しく撫でてみる。
「ふふっ、よしよし」
「…それはどうなんだ」
「あはは!あれ?こういうの御所望なのでは?」
「…そんなわけがあるか」
「えー?満更でもないんじゃないのー?」
「…阿呆」
「失礼な!あははっ、まあ、たまにはいいじゃん。ナマエちゃんが褒めてあげますよ〜」
だんまり。
でも振り払わないし。
やっぱり満更でもないんじゃないの?
何だか新鮮だ。
でも、あたしも悪い気はしないし。
くすっと笑った。
まあでもあんまりふざけるのもアレかな。
皆も待ってるしね。
「じゃあ、そろそろ戻ろっか。ジェクトさんのこと、迎えに行かないとね」
「ああ…」
ゆっくり身体を離した。
そしてあたしはアーロンを見上げ、ニコリと笑う。
アーロンの方は、あたしの肩に触れたまま、こちらをじっと見下ろしていた。
「およ?名残惜しいですか?」
「…減らず口だな」
「えー?へへっ、なーんだ、違うの?」
へらへら笑う。
するとゴチンと頭に拳骨が落ちてきた。
「いった!!相変わらず手加減なしか!!」
「フン」
じんじんする頭をさすって睨む。
ああでも、なんだかいつもの調子。
まあ、アーロンが元気になったなら良かったな。
そんな風に思っていると、アーロンが何かを思いついたようにフッと笑いながらこちらを向いた。
「…だが、そうだな。褒めてくれると言うのなら、御褒美でも貰おうか」
「え?」
言われた言葉にきょとんとする。
ごほうび?
なんだそれと思っていれば、アーロンは何か考えるそぶりを見せる。
そして、少し意地悪く笑った。
「そうだな…、ではナマエ。お前から口付けてくれ」
「は!?」
そしてとんでもない事を言われた。
思わずぎょっとして声が裏返る。
「なな!?何言ってる!?どっかで酒飲んできた!?いつのまに!?」
「安心しろ。素面だ」
「いやいや!?ぜんっぜん安心できないけど!?てかマジで何言ってらっしゃるの!?わかった!頭ぶつけたな!?」
「褒めてくるのだろう?」
「…いや、そりゃそうですけど」
なんか、どうしたおかしいだろ。
ちらりと見ればアーロンは楽しそうに笑ってる。
そこで気が付く。
…これは、遊ばれている。
「…アーロン」
「フッ、冗談だ。真に受けるな」
「…このおっさんめ…」
「お前が調子に乗るからだ」
あたしが気が付いたところで、頭に手を置かれながらそう言われる。
ポンポンと、なだめられているかのような…。
その手が優しいから、なんだか悔しくなる。
「まあ、くれると言うなら貰うがな」
「……。」
くつくつ笑ってる。
本当、人をからかってなんだか楽しそうだ。
でも…そう言うのなら。
もしそんなのが御褒美になるのなら。
「じゃあ、ちょっと…屈んでよ」
そ…と、赤い衣に触れながら言う。
すると、撫でてくれていたアーロンの手がぴたりと止まった。
見上げて、じっと…少し見つめ合う。
そしてあたしは、アーロンの顔にそっと手を伸ばし、ゆっくりと傷を隠すそのサングラスを外した。
「……。」
すると黙ったまま、アーロンは少し腰を屈めてくれた。
ああ、やっぱ…ちょっとこっ恥ずかしいかも。
でも、ええい…っ。
なんだかちょっとヤケくそ?
あたしは瞼を落とし、くっと背伸びした。
「……、」
「…っ、…」
数秒重ねて、ゆっくりと離れる。
ああ…やっぱ照れくさい…。
あたしはそれを誤魔化すように口を開いた。
「贅沢なご褒美ですこと…っ」
ふいっと顔を背ける。
うう…なんだかもう、顔が熱い。
慣れないことするもんじゃないなと思う。
可愛げないのは百も承知なんだけど…。
でもそうしてちらりとアーロンの顔を見てみると、その顔を見てちょっと…はっとする。
「ああ、そうだな…贅沢だ」
「……。」
その時見えたサングラスの無いその顔は、満足そうに笑ってたから。
こんなの…全然贅沢なんかじゃないのに。
「…アーロンは、格好いいよ、本当に」
あたしはもう一度、そう呟く。
…本当に、謙遜する事なんかない。
友の為に、駆け抜けたこと。
その背中は本当に、誇っていいと思うから。
END