きっと前を向ける


「クルル!」

「…少し、静かになりたい、そんな気分だったんだが」

「えへへ、追いついちゃった!」





アーロンとふたりで話をしていた時、聞こえてきた足音。
それはあたしたちを追いかけてきてくれたクルルのものだった。

あたしは「よく来たね〜」なんて手を振って彼女を迎えた。
アーロンは相変わらずのひねくれ口調。

クルルは「ナマエ〜」ってあたしに手を振り返しながら、こちらに駆けて来てくれた。

大方、皆で手分けして逸れたあたしたちを探してくれてたんだろう。
いやまああたしたちってよりかはアーロンを、だろうけど。

だって今のアーロンを放っておくのは、皆としても良い事だとは思わなかっただろうから。





「もしかしたらナマエも一緒かなと思ったんだけど、当たりだったね」

「うん、当たり。ごめんね、探しにきてくれたんだよね」

「ううん。もしよかったら話相手になりたくて。ふたりで話してるなら余計かなとも思ったんだけど」

「全然そんなことないよ!むしろ有り難いよね !ね、アーロン!」

「話し相手か…」





あたしも話し相手になりたいとは思ってた。
思ってることを伝えて、支えになりたいって。

でも、やっぱり悩むんだ。

あの旅の最後…アーロンを見送った時も思ったけど、言葉って難しい。
伝えたいのに、上手な言葉が見つからなくて、嘘っぽくなっちゃいそうだって。

きっと、知っているからこそ…省いてしまう言葉もある。

知らない相手に一から説明しながらだったら、そういうのも減る気がする。
その途中、思い出す言葉もあるかもしれない。

なにより、違う世界の仲間に話すからこそ、見えてくるものもある。
この世界に来て、そう言う場面っていくつもあったから。

きっとスピラでのジェクトさんやティーダもそう。
…もしかしたら、あたしも、そうなれていたのなら…良いなって思うけど。

だからとにかく、今クルルがここに来てくれた事、あたしは有り難く思った。

多分アーロンも似たような事を考えたんじゃないかな。

だからここからはクルルにも混ざって貰って、旅の記憶を振り返りを始めた。





「このザナルカンドと言う場所を初めて訪れたのは…召喚士ブラスカのガードとしてだった」





アーロンがクルルに説明するようにゆっくり話しはじめた。

それはどこか、少し懐かしんでいるようにも思える。





「召喚士が命と引き換えにシンを倒す事は知っていたから、けして明るい旅では無かったが、それでもここに来るまでは楽しい事もあったように思う。ジェクトと…それに、ナマエのおかげだ」

「へ…、わっ」





ふいに出た自分の名前に驚く。
すると同時に、アーロンの手が頭に触れた。

見上げるとアーロンはこちらをみてはいない。…照れてる?

いやでも、自分の名前がそんなところに出て来るとは思わなくて。

だけどこれは紛れも無くアーロンの本心だ。





「…こいつらが前向きで明るい態度で旅をしていたからこそ…俺も結末の事を一時忘れて楽しむことが出来た。楽しんでいるようには見えなかったかもしれないがな」

「…あははっ、まあ、あだ名カタブツだったしね?」

「そうなの?」

「うん。頭カッチカチ!でも、楽しいって思ってくれてたって、そう聞けるのはやっぱり嬉しいね…。あたしも楽しかったよ、アーロン」

「…そうか」





アーロンも、笑ってくれることはあった。
最初はジェクトさんに怒ってばかりだったけど、だんだんと空気が和らいでいってたのは感じてた。
だから、全然楽しんでるように見えなかったって、そういうわけではなけいど…でもやっぱり、本人の口からそれを聞けるのは嬉しく思った。





「…だが、ナマエは消え、ジェクトまでもがここで犠牲になる事になった。究極召喚に祈り子が必要だとここへきてわかったんだ」

「そっか…ナマエは最後まで旅してないって言ってたよね。ジェクトさんは望んでそれを引き受けたの?」

「そうだ。俺に後の事を託して、あいつは究極召喚という化け物になった。そして新たなシンとなったんだ」





このザナルカンドで、たくさんのものがアーロンにのしかかった。

ブラスカさんの死。
ジェクトさんがシンに成り代わったこと。

アーロンはその重さをひとりで抱えることになる。





「アーロンにだけ背負わせたくなかった。ブラスカさんとジェクトさんと、あたしも話したかった。何も変わらなかったかもしれないけど、せめて、一緒にいたかった」

「…お前を巻き込まなかったことは、俺たちにとって救いでもあったがな」

「ナマエとアーロンさん見てるとわかるよ。とっても大切な仲間だったんだって」





あたしたちの話を聞いて、クルルはそう微笑んで言ってくれた。

クルルはここまで聞き役に徹してくれた。
でも、こうして色々と聞くうちに彼女自身も色々と思い出す事があったよう。

だからクルルも自分の経験を交え、その気持ちを話してくれた。





「託されて遺される気持ち、ちょっとだけわかるよ。私もおじいちゃんが倒れた時に色々あったんだ。おじいちゃんを助けられなかった悔しさと自分の不甲斐無さで気持ちがグチャグチャになってたのに…おじいちゃんは私を信じて…ううん、違うかな…。私とバッツ達を信じて、おじいちゃんはすべてを託してくれた…。後を任されたの。だけど、任された事を成し遂げても、いなくなった人は帰ってこないんだよね」

「その通りだ」

「うん…そうだね」





クルルは、目の前でおじいちゃん…ガラフを失っている。
動けないクルル達を前に、ひとりエクスデスに立ち向かっていったガラフ。

その時クルルはその想いをガラフから託されて…。

そうだね。
状況は色々と違えど、感情的に少し似通った部分はあるのかもしれない。





「ブラスカもジェクトも戻らない。いくら託された事を成し遂げても。だったら犠牲になるその前に、出来た事があったのではないかと…。ここに来てからずっと考えている」





アーロンはふたりから託されたことを必死に果たそうとした。
ふたりの子供を見守り、導き、そしてスピラからシンを消滅させた。

乗り越えて、ふたりの願いを叶えた。

でも、心のどこではきっと、後悔の気持ちが残っていたのだろう。

あの時もっともっと、出来ることがあったんじゃないかって。





「まあ、難しいよね、そう言うの完全に消すのって。意識してなくても、奥底にはあったのかもしれないね」

「一度は乗り越えたはずの後悔が迫るのはこの世界が意志の力で出来ているからかな」

「無意識の後悔が形になったのがこのザナルカンドというわけか。お前の言う通り、一度は乗り越えたつもりでいたんだがな…。『他に方法があるはずです』。そう言い張った時の気持ちに近い気がする。だが、この感情は具現化して良いものには思えない。俺は死人だ。死んだ人間の感情が生者を縛る事はあってはならない」





『他に方法があるはずです』
究極召喚を手にしようと先に進もうとしたブラスカさんとジェクトさんに、アーロンはそう叫んだ。

喚くしか出来なくて情けなかったって、アーロンはそう卑下してた。
あたしはそんな風に思わなかったけど。

あの姿は、あたしは格好いいと思ったよ。

でもね、確かに今ここでそれを具現化してしまうのはあたしも良い事では無い気がする。

死んだ人間というよりは、今この状況においてそれは正の感情では無い気がするから。






「この世界ではまだ生きてるよ?」

「それはいっときのことだ。元の世界に帰れば俺は消える。消える人間が生者に出来るのはそれこそ託す事くらいだ」

「アーロンさんは何を託したの?」

「俺は未練をすべて断ち切ってから消えることを選んだ。余計な重荷は背負わせていないはずだ。…こいつには、辛い想いをさせたかもしれないがな」





クルルと話ながら、アーロンはあたしを見る。
その視線に釣られてクルルも。

あたしはふたりの視線に応え、ふっと笑った。





「まあ、したね。辛くなかったとは、そりゃ言わないよ。でも別にそれをアーロンが重く感じる必要は欠片も無い。アーロンが託してくれたものを通して見える今の景色が大好きだから」





最後はきっと、笑顔で言えた。
前も、同じようなこと言ったと思うけど。

でも、本当にそう思うから。

するとクルルは、一緒に笑ってくれた。





「ふふ、ナマエはとっても真っ直ぐ前を見てるね」

「…凛と前を見る。ああ、それはこいつの長所だな」

「えへへ、そう?でもそうなれたのなら、それはアーロンのおかげだよ?」

「……。」





いつもよりまっすぐ、気持ちを伝える。
ちょっと照れくささはあるけど、でも今は不思議と言いたいとも思う。

そしてそれは全て紛れもない本心です。

だからね、後悔ばかり数えなくてもいいんだよ。





「ティーダたちはどう思ってるのかな」





クルルは先ほど自分が来た道を振り返った。

ティーダたちなら。
きっと、ティーダたちも同じように言うだろう。

あたしはそれがわかるけど。

ティーダにユウナ。
ジェクトさんとブラスカさんに託されたふたりは、きっとアーロンにとってまたちょっと特別な存在だ。

ふたりの言葉も、きっとアーロンの糧になるはず。

アーロンも、凛と前を向けるよ。
サングラスの横顔を見ながら、あたしはそう信じていた。


END
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