酷く恋しいもの


「アーロンさん、どこか元気がないみたい」





ふとした道中、クルルからそうした指摘を受けた。

しかし、その言葉は否定できない。
俺自身もそれは自覚していたからだ。





「それはきっと…ここが失敗の地だからだ」





そう呟けば、実感が強くなった気がした。
辺りに広がる景色が…そうさせる。

新たな世界で目覚めた俺は、ジェクトとふたり、気ままに旅をしていた。

しかし小休止の末、まどろみ…気が付けばかつて旅をした苦い思い出の地…ザナルカンドへと迷い込んでいた。

だがそれは、スピラのザナルカンドでは無い。
この世界の意志の力で生み出されたもの…。

恐らく、俺の意志の力が無意識に喚んでしまった大地だった。

今はバッツたちの一行と再会することが叶い、行動を共にしてもらっている。

俺とジェクトはこの場所に並々ならぬ思い出があり過ぎる…。
だから、他の者がこの場にいてくれるのは純粋に有り難かった。





「元の世界で旅した地形なんだろ?」

「俺は二度、ここを旅している。一度はユウナたちと。そしてその前に…ユウナの父親とジェクトと3人でこのザナルカンドを訪れたんだ」

「ん?ナマエも一緒に旅してたって話じゃなかったか?」

「…確かにナマエも共に旅をしていた。だが、あいつはこの地にたどりつく前に、一度本当の自分の世界に戻ったんだ」





ファリスに聞かれ、事を話しながら口にしたひとつの名前が胸の奥を詰まらせる。

…ナマエ。
あまり考えすぎると、今は…己の歯止めが利かなくなりそうだった。





「ユウナのお父さん?」

「…俺たちの世界、スピラにおける脅威。シンを倒した英雄だ」





今、ジェクトはガラフと共に少し離れたところにいる。
話をしているのは、バッツ、レナ、ファリス、クルルの若い面々。

レナがブラスカのこと尋ねてきたので俺は話をすることに集中しようとした。

もっとも…この話をする事自体、また胸が詰まる想いだったが。





「しかし、その実態は皮肉なものだった。自らの命を犠牲にして究極召喚を喚び出しシンと戦わせる…そしてその究極召喚もまた仲間に犠牲を強いるものだった」

「犠牲って、もしかして…」

「ジェクトがそうだ。自ら志願し、究極召喚の祈り子となった。究極召喚はシンを倒したのち、新たなシンとなる運命だ。だからあいつは異形の力を秘めている。今は大人しくできているが…いや、この話はやめよう。ともかく、今話したような出来事が起きたのがこのザナルカンドなんだ」





今まで共に旅して触れた出来事からも、犠牲になったのがジェクトであったとバッツ達にも察しはついただろう。

説明していて、やはり…息苦しさを感じる。
溢れ出る。己の胸から、恐怖と言う感情が湧き上がってくるのだ。





「俺は…怖い。この先にまた悪しきことが待っていないかと」





吐露する。

そう…。俺は今、怖くてたまらないのだ。
ここが俺の思い出のザナルカンドならば、この先にあるものは…。

しかし、道は先にしかない。
スピラであったら、本来ならあるはずのガガゼトへ戻る道が、このザナルカンドには無かった。





「アーロンさんはここで、ふたりの仲間をなくしちゃったのね?」

「その未練がここを喚び出してしまったのかもしれない。大の大人が思い悩んで、滑稽かもしれないが…」

「おかしいだなんて思わない。大事な仲間が倒れた土地で、不安になるのは当たり前だ」

「優しいな」

「アーロンが不安なら寄り添ってやりたいと思う」

「迷惑じゃなければ、だけどな」

「でも、今のあなたをひとりぼっちで放っておけないわ」





次々に掛けられる温かな言葉。
異世界の仲間たちの言葉は、ただ素直に心強く思う。





「迷いがある安ら晴らせばいい。闇の中なら照らせばいい。ほら、光の羅針盤が…」





そしてバッツが掌に眩い輝きを灯した。
それはこの世界で目覚めた時に手にしていた輝きで、離れた仲間の姿を映し出すと言う。

先ほどはそこに、ティーダや他の多くの仲間の姿が映し出されたと言うが。





「光の羅針盤か。仲間の位置を示すなら…」

「アーロンの不安を分かち合える元の世界の仲間に出会えると良いな」





屈託なく笑い、そう言うバッツ。
その笑みにはこちらに少し釣られた。





「もっとも、出会ったところでこう素直に不安を吐露できるかは疑問だが」

「違う世界の相手だから話せることもあるだろ。俺たちで良ければいつでも話を聞くぜ」

「…恩に着る」





ファリスの言葉に全員が頷く。
俺は礼を口にした。

不安を分かち合える元の世界の仲間…か。

そう言われた時、俺の頭には真っ先に浮かんだ笑顔があった。



…ナマエ。



いざとなれば凛と、前を向く…。
そんな強さを持った娘。

もし、こんな俺を見たら…お前は何て言うだろうな。

見せたくないとも思いつつ、しかし…酷く、恋しくも思う。

…俺は、初めてここに来た時、何度もお前のことを考えていた。
ふたりでブラスカを救う術を考えようと交わした約束を、そして…笑顔を、ただ、声を。

俺は、お前の存在に…どれだけ助けられたか。





「…情けないな」





歩き出したバッツ達の背を眺めながら、呟く。





《…別に、そんなことないと思うけど》





ふと、頭に蘇った。
それはこの地を訪れ、喚く事しか出来なかったかつての俺を目にした時に…ナマエが言った言葉。





《……格好いいよ》





都合のいい話だ。
俺はあの時のように、小さく自嘲したのだった。



EMD
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