果たせた約束


一度死んだ人間が現れる時は、何らかの意図があるはず。
アーロンはそう言った。

あたしたちの記憶の中にはいない、クラサメという男の人。

この人はあたしたちを支えるためにマーテリアが召喚したのだとモグは教えてくれた。

あたしたちは元の世界に戻っても、もうそこに居場所はない。
だけど、この世界では確かに、ちゃんと呼吸をしている。
だから皆で納得する方法を探そうと、そう決めて、今を楽しむことにした。

そんなあたしたちの、力になってくれる人を。





《ちょっと待ってくれ!あんたが此処にいる理由はわかった。でも…受け入れられない》





だけどエースはそう言った。





《僕たちはこの世界で自分で選び、戦うことを学んだ。今更誰かの命令でなんか動きたくない。そんなことしたら、逆戻りだ…》





元の世界で戦っていた時は、最後の戦いを除き…あたしたちは与えられた任務をとにかくこなす事を考えていた。
別にそこに疑問も無くて、そう言う戦いをしてきた。

でも今は、この世界では違う。

自分たちがどうしたいか。
それを凄く凄く考えて、自分たちの意思での戦いをしている。

だからエースは自分たちの隊長だった人物の登場に困惑していた。
でもそれを聞いたその人は、ふっと穏やかに笑ったのだ。





《それでいい。無理に受け入れる必要は無い》

《えっ?》

《私とて諸君に命令するつもりは無い。この先はひとりの先輩として共に歩ませてもらおう。楽しみにしているぞ》





ひとりの、先輩。
そう言ったその人は、どこか嬉しそうで、楽しそうで。

そんな様子が、少し不思議だった。
エースやレムも、多分同じように感じていただろう。

でもきっと、悪い人じゃない。
なんとなくそれは感じることが出来たように思う。

まああたしは、それ以外にも色々と思う事はあったわけだけど。





「よいしょ、と…うん、良い匂い」





ミトンをつけた手で取り出したオーブントレイ。
ふわっ…と鼻をくすぐる焼きたての匂いがする。





「ほう。いい焼き色じゃないか」

「あ、イグニス」





カタン…と取り出したそれを置けば、イグニスがそこにやってきてそう笑ってくれた。

あたしは今、飛空艇内にあるキッチンにいる。
そしてそこでクッキーを作っていた。

丁度今、完成したところだ。





「イグニス。良かったらおひとつどう?」

「いいのか?」

「うん、ふふ、味見役。イグニスなら信頼度抜群!」

「そう言ってもらえるのは光栄だな」





イグニスは「ではひとつ貰おう」とクッキーを食べてくれた。

ノクトの軍師たる彼だが、戦闘の才能だけではなく料理の才能も抜群だった。
あたしも料理は得意の方だし好きだから、こうしてキッチンを訪れてはよく話しを差せてもらってる。

異世界でもこういう交流を出来るのは結構楽しい事だなって思うんだ。
魔導院に来て、色々な候補生たちと触れ合うようになった時とちょっと似てるような感じ。





「どう?」

「…美味いな。レシピを教えてくれないか」

「えへへ!わりと自信作!うん、イグニスになら喜んで!」





自信はあったけど、イグニスにこうして言ってもらえるのはかなり嬉しい。
だって彼の料理は本当に一級品だから。それこそこっちだって色々とレシピ教わりたいもの。

まあ、イグニスのお墨付きなら文句なしだよね。

あたしはクッキーを用意しておいた小箱に詰めた。
蓋もして、これで準備ばっちり。





「誰かに渡すのか?」

「うん、約束してるの」





あたしはイグニスにそう笑った。
そして彼に礼を告げて、キッチンを後にした。

さて、どこにいるのかな。

あたしは手当たり次第、思いつくままに飛空艇を探し歩いた。





「あ、いたいた!隊長!」





探し人は甲板にいた。
クラサメ隊長。

まだ来て日が浅いからか、この異世界の景色を眺めてるみたい。

あたしが声を掛ければ隊長は振り返ってくれた。

記憶はないけど、もう0組の皆この人の事を隊長と呼んでいる。
なんとなく自然な流れでそうなったから。





「ナマエか」

「はい。ナマエです。探しましたよ」

「何か用か」

「ええ、まあ」





隣に歩み寄って、並んで立つ。
いつも甲板って誰かいたりするけど、珍しく今日は誰もいなかった。

隣に立って、じっと見上げて見る。
あまりにじっと見てたから、ちょっと怪訝な顔をされた。





「…私の顔に何かついているか」

「いいえ。でもずっと気になっていたから。あたし、貴方に会いたかったんです」

「記憶はないのだろう」

「そうですね。貴方と過ごしていた日々の記憶はありません。でも、会ってみたかった」





素直な話をした。
本当に、ずっとずっと思っていた事。





「あたし、貴方のお墓の前に立っていた時、なんだかすごく心にぽっかりしたものを感じたんです。何か、物足りなくなって…」

「……。」

「あたし、魔導院に来てから結構色々なものに触れたと思うんですよ。それで、景色が変わって…でも秘匿大軍神を使ったあの戦いから、景色がとてもつまらなくなった」





ぽっかり穴の開いた心。
理由がわからなくて、でも確実にそこにある虚無感。

それが解ける日は、来なかった。

だけど思い当たる節はあったのだ。
失くしてしまったものが一体なんだったのか。





「もともと結構色んなことに興味が薄い人間だったと思うんです、あたし。でも一度興味を持ったら結構のめりこんじゃうって言うか」

「…そうだな。トンベリがいい例だ」

「あ!そうだ!そうですね!というかやっぱ知ってるんですね、あのトンベリ。多分隊長に深く関係ある子なんだろうなとは思ってたけど」

「知っていて当然だ。私の従者なのだから」

「うん、ずっと0組の教室にいてくれたんです」

「…そうか」





会話に出てきたのは一匹のトンベリ。

マントをつけて、ちょっと大きめの剣を持った大人しい子。
何故だかわからないけど、ずっと0組の教室にいた。

あたしは、あの子の事が大好きだった。

だって凄く可愛かったから。
そう。興味津々で夢中になって。

それでよく、あの子にお菓子を作ってあげていたのだ。
あの子は喋らないけど、いつも口いっぱいに頬張って食べてくれていた。

その姿がまた可愛くて。

そんなあの子は、いなくなってしまった隊長に深く関わりのある子なのはすぐに察しがついた。





「トンベリがくれたんです。手紙。クラサメ隊長、あたしに手紙、残してくれましたよね?」

「…そうか、読んだんだな」

「勿論。だってトンベリがちゃんと渡してくれましたから」





あたしはニコリと隊長に笑った。

夕暮れの教室。
一匹佇むトンベリに近付いて、あたしは作ってきたクッキーを渡した。

そう。今さっき、作っていたのと同じもの。

トンベリはその時、あたしに一通の手紙を渡してくれた。
差出人は、今目の前にいるこの人だった。





「あたし、よくトンベリにお菓子作ってあげてたんです。ちょびちょび食べてくれる姿がもう可愛くて可愛くて!あたしメロメロだったんですよねえ」

「…知っている」

「あは。それで、これ」

「なんだ?」





あたしはひとつの箱を隊長に差し出した。
それは勿論、さっき作ったクッキーを詰めた箱だ。

あたしはまたニコリを笑った。





「トンベリだけじゃなくて、隊長もよく食べてくれてたんですよね」

「……。」

「てことで、久しぶりにどうでしょう?」





トンベリに作っていっていたお菓子。
でも同時に、隊長にも食べて貰っていた。

ふたりの為に作っていってたって、日記にはそう書いてあったから。

だからきっと、久しぶりなんだろう。





「…頂こう」





すると隊長はそう小さく頷いた。
そして手を伸ばしたのは口元を覆うゴテッとしたマスク。
スッ…と外すとそこにあったのは火傷の様な痕だった。

なるほど。普段隠すわけだ。
ちょっと目を見開いてしまうくらいには衝撃的だった。





「火傷ですか?」

「ああ」





まったく触れないのもなんだかおかしいから、あたしはそう尋ねてみた。
すると頷くクラサメ隊長。

これって、聞いていいのかな。

でも隊長がそれ以上何か言わないのであれば掘り下げる必要も無い気がする。
火傷かって聞いてもし支障が無いのなら、向こうから自然と言ってくれるものだと思うし。





「候補生の頃、負った傷だ」

「え?」





少し、間があった。
だけど隊長は、そう口を開いた。

もしかしてちょっと避けたほうが良い話題かななんて思ったけど。
杞憂、だったかな。





「そうなんですか?じゃあわりと長いこと…」

「だが、その時の事をよく思い出せない」

「え?」

「この傷を負った理由」

「えっと、つまり…クリスタルの加護ですか?」

「だろうな」





クリスタルの加護で消えた記憶。
隊長はそっと頬に触れた。

まだ、痛みとかあるのかな。
勿論もうだいぶ時は経っているだろうから、あったとして、ふとした拍子…とかだろうけど。





「…久しいな」

「え?」

「このことを誰かに話したのは」

「…そうですか」





久しい。隊長はそう言った。
でもそれは久しいと言うよりかは、多分あまり人には言わないという意味なのだろうと思う。

…それを、話してくれたのか。
単純に、嬉しい気はする。

まあ、口は堅い方だと思う。
ぺらぺらっと軽く話すような事はしませんけどね。





「じゃ、まあ…どうぞ!」





あたしは隊長にクッキーを改めて差し出した。
多分隊長自身そんなにしたい話題では無いんじゃないかな〜と思ったし。

ニコニコと差し出していれば、隊長は箱からひとつクッキーを抜き取った。
そして軽く眺めると、パリッ…と一口。

あたしはその様子を、じっと見ていた。
なんだかスローモーションにも見えそうなほど。

ごくっ…と喉が動く。
飲み込んだ証拠。

あたしはそれを見たその時、心が潤ったのを感じた。

虚無を感じた心。
そこにひとつ雫が落ちて、潤った感覚。





「…成程」

「ナルホド?」

「…トンベリはこれを食べてお前に懐いたのか」

「ふふふ。らしいですね〜!」





虚無。空っぽだった。
何もわからない。何も覚えてない。

でも、そんな自分がなんだか悲しかった。

凄く、変な感覚。
何も無いのに、でも悲しい。

手紙を読んだ時、なんだかとても悲しかった。

…空っぽの心がすごく寂しかった。

だけど、今、少し…潤った。





「よかった、約束、果たせましたね」

「……。」





あたしは自然と微笑んでいた。



《多少一方的なものだったとはいえ、私はお前と出来もしない約束をしてしまった。》



手紙に、そう書いてあったのを覚えてる。

あたし、あの戦いが終わったらクッキーを作ろうってずっと思ってた。
帰ってきてその理由がわからなくなったけど、でもずっと考えてた。

日記にも、書いてあった。
あたしは隊長に聞いたらしい。
戦いが終わったら、何が食べたいですかって。

終わったら、隊長が食べたいと思ったものを作って、食べて貰う約束。

今、やっとそれが果たせたから。



END
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