ずっと会いたかった人


幻の0組。

外局で育ったあたしは、マザーしか知らなかった。
エース達しか知らなかった。

あたしは、その他のことってあまり興味が無かったように思う。

だけど、魔導院で生活する中で新しい事にいっぱい触れた。
そしてはじめて恋という感情も覚えた。

…らしい。





「ナマエ!大変だよ!」

「ん?レム?」





朱いマントを揺らしながら、こちらに駆け寄ってくるレム。

なんだか慌てた様子だ。
なんだろ、厄介なモンスターでも現れた?

そんなことを考えながら、あたしは首を傾げた。

金の肩当てのついた黒い上着。赤チェックのスカート。
背中になびくは0組の証である朱いマント。

その姿は魔導院の候補生のものだ。
だけどこの世界には、魔導院も、朱雀も白虎も何もない。

安息の大地。

マーテリアとスピリタス。
二柱の神が君臨するこの異世界に、あたしは召喚された。

いや、あたしだけじゃない。
0組のみんな。また、異なる世界の人たちも。

この世界の異変は、元の世界にも影響する。
だからあたしは彼らと一緒にこの世界の安寧の為に戦うことを選んだ。

この世界はとても不思議だ。
なぜなら生きている人も、死んでいる人も…同じように大地を踏むことを許されるから。

あたしは、自分と、みんなの最期を覚えてる。
いや、思い出した。

辛くて悲しくて、思うことは沢山ある。

だけど、前を向いて行こうとみんなで決めた。
ここには一緒に笑ってくれる人たちがたくさんいるから。





「大変って、なにが?」

「うん、あのね」




レムが慌てている理由はなんだろう。

0組も魔導院も無いのだから、今は別に何かの任務を遂行しているわけではない。
ただ、あたりの捜索をしているだけだ。

だから思い当たること、考えられる可能性というのなら。
面倒なモンスターが現れたか、もう少し厄介な話ならスピリタスの戦士の話が通じない系の奴が現れたかってところだろう。

でも、レムの話はそのどれとも違っていた。





「私たちの世界の敵が現れたらしいの。私たちを倒す為の刺客だって言って…今、マキナやデュースやケイトが戦ってるって」

「え、あたしたちの世界???」





あたしたちの世界、オリエンスでの敵…。
正直予想外な話だった。

まぁ他の世界のみんなは元の世界での因縁の敵も召喚されてたりするし無い話では無いんだけど。

思い当たるような人、いたっけ。
もっとも倒しているならクリスタルの加護でその記憶は無くなってしまっているんだろうけど。

なんにせよ、マキナたちが戦ってると聞いて助けに行かない理由はない。

だからあたしはレムと、近くにいたエースにも声をかけてマキナたちを助けに向かった。




「いたぞ!」





戦闘の音が聞こえて、エースが見つけたと先を指差す。

そこにはマキナ達と対峙するひとりの男の人の姿があった。
容姿は、重厚感のあるコートに身を包み、同じように重厚さを感じさせるマスクで覆われている。

そして覗く目元はキリッと凛々しい印象を受ける。

あの人が、あたし達の元の世界の…敵?

傍ではレムがマキナ達にケアルを贈り、エースがカードを放ち援護する。
あたしも魔法の詠唱をはじめた。

けど、その時ちょっと気になった。

その人は、マキナ、ケイト、デュースの攻撃を見事にいなしている。3人とも強いのに、その様は見事としか言いようがない。

そしてその目元を見ると、え…なんだか楽しんでる?

戦いの最中だというのに、なんだかどことなく生き生きとしても見えるその姿。

なんで、嬉しそうなんだろう…?

姿を見て思い出すものはない。
皆の言う通り、記憶にはない人だ。

その人は今その場にいる0組全員の攻撃を確かめると、シュ…とその手に握っていた剣を下ろした。
え、終わり…?いやでも…そう警戒したこちらは少し身構える。





「…異世界で気が抜けているかと思ったが、訓練は怠っていなかったようだな。感心した」





だけどその人は剣をもう振り上げることは無く、むしろそうあたしたちに言葉を寄越した。

…あたしたちを知ってるみたいな言葉。
訓練を怠るって…。





「馴れ馴れしい口を聞くな!僕たちはあんたなんか知らない!」





エースがその人を睨んでそう言った。
そう。あたしたちはこの人を知らない。

するとその人はそんなエースに荒い声にも冷静に、己の名を名乗った。





「…私は、クラサメ・スサヤ」





クラサメ…。

その人が名乗ったその名前。
それを聞いた時、あたしは多分目を見開いたと思う。





「クラサメ…、ひょっとしてあなたは私たちの…!」





そして、レムが驚いたように言う。
その名前には心当たりがあったからだ。

レムが言わんとしている事を察したそのクラサメさんは、コクリと頷いてその声を肯定した。





「かつての指導教官。あるいは隊長だ」

「なんだって!?あんたが!?」





指導教官であり、隊長。
覚えていないそれを聞き、エースも声を上げた。





「ちょーっと待った。隊長知らないとか、そんなことある?」

「エースたちの世界においては、ありえる話だ」





一緒に話を聞いてくれていたザックスは疑問を覚え、そしてアーロンはあたしたちの世界の理を思い出しそう言う。

そう。隊長を知らないなんてことはありえない。
…生きて、いるのであれば。





「はい。クリスタルの加護です。だから、あなたの事は覚えていません。どんな人で、何を教えてくれたのかも…。でも、名前だけは知っています。魔導院の墓標に刻まれていたから…」

「墓標か…フッ」





レムが説明する。
0組の皆も多分、クラサメという名前だけは記憶しているはずだ。

ある戦いのあと…あたしたちは皆でお墓を見下ろした。

クラサメと言う名が刻まれた墓。
自分たちの隊長だった人の墓だと、そんな話をした。

だけど、涙が出なかった。
思い出すことが出来なかったから。

ただ…あたしは、また別のところでもこの人の名前を見る機会があった。

クラサメ。クラサメ隊長。
あたしはその人をじっと見ていた。

あたしは、この人にずっと会いたかった。





「クラサメ隊長」





あたしは一歩前に出て、そう目の前のこの人を呼んだ。

言い慣れないな。
多分エースやレムもそう思ったはず。
だからふたりはあたしに振り向く。

クラサメ隊長も、あたしに視線を向けてくれた。





「こうやって、呼んでましたよね?」

「……。」

「あれ?違いました?」





首を傾げる。
でも多分、あたしは笑ってた。

クラサメ…。
この人が、クラサメ隊長。

記憶はない。
でもあたしは、この人が気になって仕方なかった。

ずっとずっと会いたかった。
会ってみたかった人。

あたしは日記をつけている。
その日記を読み返した時、そこにはいくつもこの人の名前があった。

覚えていないのに、だけど、あたしにとってこの人が特別だったんだなって、その文字から凄く伝わってきたから。





「いや、そう呼ばれていた」

「ですよね!日記にそう書いてあったので」

「…成程」





クラサメ隊長は納得したように頷いた。

日記にはこの人の名前がたくさんあった。
だからどう呼んでいたか知っていた。

だけど、もうひとつ。

あたしはこの人の名前を知っている理由が、もうひとつだけあった。





《クラサメ、ッ…》





ビッグブリッジ。
戦って、撤退用の飛空艇に戻ってきて、あたしはその時その名前を叫んだ。

でもその瞬間、大きな爆発…秘匿大軍神の光を見て、…わからなくなった。

なんで叫んだのか。誰の名前なのか。
心当たりが何もなくなった。

でもね、確かに叫んだ名前。





「お会いできて、嬉しいです」





それは素直な心音だった。

どんな声をしてるんだろう。
どんな表情をするんだろう。

もう二度と、知る事なんて出来ないと思ってた。

でもこの世界では、それが叶う。

会えて嬉しい。
あたしは純粋に、そう思っていた。



END
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