勇気を胸に
美しい旋律が辺りに響く。
心洗われるような、穏やかな竪琴の音。
「…よし、これで大丈夫。先に進めるよ」
音が止む。
そして、その音を奏でていた主、ギルバートはそう言って微笑みあたしたちに振り向いた。
最近、新しく仲間に加わったダムシアン国の王子様兼吟遊詩人のギルバート。
彼の奏でる音色には魔物を退ける力があるのだという。
だからそのおかげで今この辺り一帯には魔物の気配がまったくなくなっている。
本当、思わず感心してしまう凄い力。
あたしはきょろっと辺りを見渡し、静かなこの光景に「は〜…」と感心を覚えていた。
「ありがとう、ギルバート。やっぱり君は頼りになるよ」
「ほんとにね。昔のギルバートからは想像もつかないわ」
彼とは元の世界からの仲間であるセシルとリディアが笑う。
すると、それを聞いたビビが三角帽子を揺らしながらこてんと首を傾げた。
「えっ?どういうこと?」
「私たちと出会った時のギルバートは大切な人を失くしたばっかりで…ずうっとメソメソしてたんだから。そうそう!仲間が戦っている時だって敵を怖がってしょっちゅう隠れてたのよ!」
ビビの問いに答えるリディア。
言っていて色々と思い出したのか、リディアは次々とギルバートのちょっぴり情けない話を暴露していく。
「あ、あんまりそのことは言わないでくれよ…」
そんな様子にギルバートはしゅん…と恥ずかしそうに落ち込んだ。
彼自身、昔の自分には思う事があるらしい。
けど、そんな話を聞いていると、あたしはふと思い出す事があった。
「仲間が戦っている時だって敵を怖がってしょっちゅう隠れてた…ねえ」
「……。」
そう呟きながらチラッと、視線を向けたのは隣にいるホープ。
するとホープもあたしの視線に気が付いて、いや、あたしが見るであろうことを見越したように彼もまたチラリとあたしを見上げてきた。
目が合う。だからあたしはにっこり笑った。
「ふふふふー、どこかで聞いたような話だね」
「…そうですね」
その笑みを見てホープは少しだけバツが悪そうに小さくため息をつく。
でもホープ自身もちょっと笑ってた。
思い出したのは、かつての自分の姿。
だからホープはギルバートに声を掛けた。
「僕にも思い当たる事があります…。昔の話ですが…」
ギルバートの話を聞いてあたしが思い出したように、ホープ自身も思い出したんだろう。
出会ったばかりの頃の、喚いて逃げ惑っていたあの時のことを。
するとギルバートの方もホープの言葉を聞き「えっ」と興味を示していた。
「よければ聞かせてもらえるかい?」
ホープは頷いた。
見た目的には幼い姿をしているホープ。
だけど中身は大人で、あの頃の旅の経験やその後の知識も含めて、今のホープからはそういう感じはしない。
しっかりしていて、策を練るにも長けていて、どちらかと言うと頼りになる場面も少なくない。
でもギルバートは大人の記憶を取り戻してからのホープしか知らないし、だから余計に意外にも思えたのかもしれない。
「戦いに巻き込まれた僕は責任を人に押し付けて逃げることばかり考えて…」
「ふふっ、最初の頃のホープ、本当戦闘が始まりそうになったらいち早く逃げてたんだよ〜。物陰に隠れて、頭抱えて震えてね〜」
「…反論出来ないのが悔しいですよ」
思い出してあたしは笑った。
ホープは苦笑い。
そんなホープの様子にギルバートは「へえ…」とやっぱりちょっと意外そうな顔をしていた。
「でも、ライトさん達がそれじゃ駄目だ。何も変えられないって気付かせてくれたんです」
そして、そう言ったホープは真っ直ぐだった。
ホープにも、変わった切っ掛けは勿論ある。
確かにライト達の存在って大きかった。
でも、気が付いて、前を見て、こんなにも強くなれたのはホープ自身が頑張ったからだ。
やっぱり、今のホープからじゃ想像つかないよね。
知っているあたしだってそう思うもの。
本当、強くなったなと、何度だって思わされる。
「それと、僕にとってはナマエさんの存在も大きかった」
「え?」
改めて感心していると、その時ホープがあたしを見上げてきた。
その顔は優しく微笑んでいる。
いきなり自分のことを言われて、あたしはちょっときょとんとした。
「一緒に頑張ろうって、ずっと傍にいてくれたから、だから彼女の存在は僕にとって凄く大きかったんです」
「そうか、そうなんだね」
ホープがそうギルバートに言えば、ギルバートは微笑んで頷いた。
セシルやリディア、他の皆も同じような雰囲気だ。
う、うーん。
…なんだか、ちょっとこそばゆい。
照れくさいっていうか。
存在が大きい。
そう言ってくれたのは、とっても嬉しいんだけど…ね。
でも、存在が大きかったのはお互い様だ。
あたしだってホープが傍にいてくれたから…て、心から思ってる。
だから…。
うん、笑ってばかりも可哀想だし。
あたしも、ちょっと素直に話をしてみた。
「まあ、自分が不安だったからね。あたしも人のことあんまり笑えない。あたしも最初は戦闘なんてどうしていいかわからなくて戸惑ってばっかりだったから。だからホープとね、弱い者同士で支えあって、ふたりで頑張ろうって言ってたんだよ。ね」
「はい」
そう言えばホープは少し嬉しそうに笑って頷いてくれた。
あの時は大変だったけれど、今振り返って見ればちょっと懐かしく思えて。
手を繋いで歩いてきた…大切な思い出だからね。
「そっかぁ、ナマエお姉ちゃんとホープお兄ちゃんは昔から仲良しだったんだね」
すると、ビビにそう言われた。
そしてそれを聞いたリディアも楽しそうに手を叩いて言う。
「そうね!それが今に続いてるんだものね!なんだか素敵!」
「す、素敵…かな」
「あはは、なんだかちょっと照れくさいですが」
女の子はこういう話好きだよなあ〜…っていうあたしも女の子ですけど。
でもこういう話の中心に自分がいるのはなかなか…。
そうしてホープを見やればホープも頬を掻いて笑っていた。
けど、ちょっと嬉しそう…にも見えた。
…のは、気のせいでは無さそう。
「ホープお兄ちゃん、なんだかちょっと嬉しそう」
「あはは、うん、そうだね」
なぜなら、そう言ったビビに素直に頷いていたから。
…そんなに嬉しそうにしてくれるのは、まあ素直に嬉しい…とは思う。
ホープが少し屈んで、目線を合わせて笑っているふたり。
するとビビもギルバートやホープに自分も同じだと伝えた。
「戦うのが怖かったのは僕も同じだよ。ううん、今だって時々怖いかもしれない…。でもね、皆といるうちにわかったの。何もしない事の方が、もっと怖いんだって」
「そうか…最初から強くなかったのは僕だけじゃないんだね」
ビビも、最初は戦いが怖くてたまらなかった。
だけどジタン達と旅をして、勇気をもらったと。
ホープにビビ、ギルバート。
そう言えば、この3人ってちょっと似てるのかもしれない。
生真面目で、ちょっと頼りない。でもいざと言う時、覚悟を決めたら、周りの希望になれる。
うん、似てる。
そう思ったら、思わずくすっと小さな笑みが零れた。
「何笑ってたんですか?」
「ん?似てるなぁって思って」
「似てる?」
じゃあそろそろ…、とギルバートが魔物を追い払ってくれた道を歩きだせば、自然といつもの様に隣を歩いていたホープにさっき3人を見て笑っていた事を聞かれた。あたしは頷き答えた。
「うん、ギルバートとビビとホープ」
「似てます、かね」
「うん、何となく」
「まぁ確かに、気弱と言うかなんというか…ですね」
「今は皆そこまでそんな感じしないけどね。ホープの話聞いて、ギルバートとか意外そうにしてたじゃない?」
「はは…だったらいいんですけど」
まぁね、思い出してみても、当時のホープを見たら大体の人が気弱だと印象を抱くだろう。
それはね、否定はしない。
ああ、でもそうだ。
確かに当時のホープは気弱ではあった。
でも別にそれだけってわけではなかったは思うんだ。
あたしは、彼の助けになれたらとは思ってた。
でもその時思ったのは、間違いなくお互いに、だった。
「あのさ、はじめて会った時、武器持ってなかったあたしにホープとヴァニラが守るって言ってくれたことあったじゃん?まぁ言ったのはヴァニラでホープは頷いたってのが正しい気もするけど」
「あー…ありましたね、そんなこと」
「うん、で、その後ファルシに襲われた時と、あとビルジ湖もかな。怯えながらもさ、わりと手を引いて逃げてくれたりはしたんだよね」
「え…?」
出会った時、旅のはじまり。
ホープは逃げ惑っていたけれど、でも自分だけ逃げるだけじゃなく、あたしの手を引いてくれていた。
それは、あんな状況の中だったけど、結構嬉しかったんだよね。
それを言うとホープは少しだけ目を丸くして、でも軽く苦笑いした。
「まぁ…自分ひとりになるってのが怖かったのもあった気がしますけど」
「ああうん、確かにそれもあるんだろうなとは思ったけど。でも、出来る限りというか、気にしてくれてるようには思えたけどなぁ?え、気のせい?」
「…いや、まぁ、少なからずは。手、離さないって言いましたからね。あの時から、その言葉は妙に頭に残ってて。…離さないようにしたいとは思ってましたから。きっと、僕にとってはじめて…」
「ホープ?」
僕にとってはじめて…そこまで言って、ホープは何故か言葉を止めてしまった。
なんか、余計なこと言った…みたいな感じ。
あたしは首を傾げた。
「何」
「いえ…」
「ホープくん」
「ああもう…わかりましたよ」
ちょっと詰め寄ったらホープは諦めた。
軽くため息をつく。するとホープはあたしに耳を貸す様に小さな手招きをした。
え、何。そんなに聞かれたくない感じなの?
まぁ教えてくれるならとあたしは大人しく耳をホープに寄せた。
するとホープは口元に手を当てて、そっと小さく囁いた。
「…きっと、僕にとってはじめて…守りたいって思った対象ではあるんだと思います」
囁かれた言葉。
あたしはそっと離れて、多分目を丸くしてホープを見た。
いやだって、そんなこと言われるとは思ってなくて。
…だけど嬉しい言葉ではあって。
そうして見たホープの顔は、少しだけ照れたように笑っていた。
END