時間を大切にする尊さ


闇のクリスタルを支配下としている男がいる。
その名はアーデン。ノクトたちの世界で彼らと敵対していた存在だと言う。

彼を倒すため、ヴァンたちの宿敵…ヴェインは利害の一致としてあたしたちと共に戦うと言った。
だけどその先に、彼は死者たちの消滅を願った。

彼自身も死者だというのに。

死者が生者を縛る事はあってはならない。
死者は歴史から退場すべき。それは当然の摂理だと。

確かにそれは正論だった。

スピラでも、そうだった。
死人は異界へ…それが理だったのだから。

だけど、そんなに簡単にそれを割り切る事が出来ない仲間たちがいた。

大切な人の死を受け入れる。
自分の死を受け入れる。
今、この場にこうして存在しているのに。

気持ちの整理がつかない。
そう思う気持ちは、当然の事だった。





『大事な人がいるんだよね?本当は離れたくなんてなかったんだろう?』

「…あなた、アーデンだね」





今、あたしは嫌な感覚のするひずみの前にいた。
それは普段のものとは違って、一瞬でも気を抜いたらすぐに引きずり込まれそうな力を持っていた。

姿は見えないけど、ひずみの中から声がする。

そしてその中からする声の正体は、例の…アーデンのものだった。





『話したい事、沢山あったんでしょ?今それが叶うのに、また離れることになっていいの?』

「…よく知ってるね。ちょっと感心する」





ひずみは、付け込もうとしてくる。
まさか自分が対象にされるとは。

でも、案外冷静。

…さて、何て返そうか。
そう少し言葉を探す。

するとその時、目の前に太刀が見えた。

よく見慣れた太刀。
ちょっとだけビックリした。





「……。」

「アーロン…」

『おやおや、噂をすればってヤツだね』





あたしの隣に立つアーロンはひずみを睨み、太刀を向けていた。

するとひずみの中からくすっと小さな笑い声が聞こえた。
姿の見えない男はひずみの中で笑ってる。





『このおじさんが大切なんでしょ?もっともっと一緒にいたいんじゃないの?』

「…黙れ」





アーロンが来たことで、これは好機だとでも言うようにアーデンは更に言葉を重ねてくる。
それに対し、アーロンは低く返す。怒りが滲んでいる。そうわかるような声音だ。

するとアーデンはその言葉の矛先をアーロンへと向けた。





『この子が大事でたまらないんだろう?こうして傍で守りたいんだろう?』

「…消えろ」





誘うようなアーデンの声。
アーロンは変わらず低い声だった。

でも…もう、いつまでもこうして話す必要は無いよね。

そう思ったあたしはアーロンの姿を見ながら一歩前に出た。





「アーロン、大丈夫」





そしてそう短く言う。

これ以上聞く必要は無い。
あたしはひずみに手を掲げた。





「アーデン、無駄だよ。…ファイガッ!!!」





掌を広げて、思いっきり炎を放つ。
炎はひずみを包んでいく。そして掻き消す。





『やれやれ…』





ひずみが消えていく中、最後のアーデンのそんな言葉が聞こえた。
そして消滅。そこには何もなり、嫌な感覚も消えた。





「大丈夫だったか」

「うん。平気」





太刀を地面に立てながら、アーロンはそう声を掛けてくれる。

声から怒りの音が消えた。
それがなんとなく嬉しくて、あたしは頷き笑顔を見せた。





「仲間内に、動揺している者が多くいる。そこにこうしてつけ入っているのか」

「歪んだことするよね。気持ちを整理したいとき、こんなことするなんてさ」

「だからこそだろう」

「まあねえ…」





弱っている今だからこそ、付け入る隙がある。
それはそうなんだけど、でもやっぱり胸糞が悪いと言うか、嫌悪があるのは事実だった。





「まあ…ヴェインの言ってる事は、正論なんだろうけどね…」

「……。」





ふう…と小さく息をついた。

死者が生者を縛る事はあってはならない。
死者は歴史から退場すべき。それは当然の摂理。

直球すぎるけれど、それは確かに正論だ。

死人は異界へ…。
…スピラでの旅でも、そう思って歩いてた。

…やり遂げたら、見送るって決めて、歩いた。

それが正しい事だって、あたしは知っていた。





「でもまあ、わかる。会いたい人にまた会えて、嬉しい気持ち」

「……。」





いなくなってしまった人との再会。
また会えて、話せて、一緒にいられて嬉しいって気持ち。

エースたちとマキナ。
ガラフとクルル。

もう一度会いたいって、叶わないのに、だけど願った。

それは、痛いほどによくわかる。





「こんなの普通じゃ起こりえない事だから、色々難しいね」

「……ああ」

「でも、だからこそ、正解なんて無いんだろうなって思う。きっと、色んな可能性があると思う」

「…無限の可能性、か」

「ふふっ、うん」





無限の可能性。アーロンの口からその言葉が出て、つい思わず笑みを零してしまった。
いやあね、あたし、結構その言葉好きだなって思うから。

だけど、あまりこんな話を続けたら、アーロンは困ってしまうかな。

最期の瞬間だって、思った。
本当は、離れたくないって…心のどこかでは思った。

アーデンがそそのかしてきたのは、そんな気持ちがかすかにでもある事を見透かされたからだろう。

そりゃ、確かにそう思う気持ちはある。
いつまで、一緒にいられるんだろうって…そう思うことはあるよ。

…口にして言う事は無いけれど、アーロンも気にしてくれてる部分はあるんだろう。
アーロンは最初、死人たる自分の気持ちなどあって無い物。伝える必要は無いって思ってたみたいだから。

あたしは…アーロンが気持ちを教えてくれて…本当に良かったと思ってる。
聞かなければ良かったなんて、思ったこと一度も無い。





「…そろそろ戻るか」

「うん。逸れてごめんなさい」

「いや、いい」





なんだか面倒に巻き込んでしまったから一応謝る。
アーロンは軽く首を横に振ると来た道を振り返り、歩き出した。

赤い衣。
大きな背中が瞳に映る。

…あの旅の日々、ひとりで色んなものを背負っていたその背中。
あたしは、支えになれたらって…願ってた。





「…!」





アーロンの足がくん…っと止まった。

それはあたしが、赤を掴んだから。
掴んで、額をくっつけて…そっと、寄り添った。





「……どうした」

「…おっきいなあって、思って」

「……。」

「ごめん…少しだけ」





額から、顔をうずめて、そこにある存在を確かめる。
ふう…と、小さく呼吸した。

…少しだけ、恋しくなった。

大好きな、大きな背中。

好き、この人が。
アーロンのことが、大好き。





「…思う事が無いとは、言わないよ」

「……。」





零した言葉。

それは紛れもない本音。

永遠なんて、ない。
いつか必ず終わりはやってくる。

想像すると寂しくて、もっともっとって…願う。

あの時だってそうだった。
いって欲しくないって、心のどこかでは思ってた。

もっと、もっと傍にいたいって…。

だけど…。

でも、見送った事、後悔することは絶対にないって、…そう言う気持ち、少しでも伝えられるかな…。

あたしはそっと、アーロンの衣から手を離した。
アーロンが振り返る。向き合う形になって、あたしはアーロンを見上げた。





「寂しいし、悲しかった。でも、後悔はしてない」

「……。」

「それは、自信を持って言える」





はっきりと言える。
ちゃんと笑みを見せながら。

そう。あの時選んだ別れに、後悔はしてないの。

だから、きっと、あたしは大丈夫。





「あのさ、別れ方ってきっと色々だよね。突然だったり、最後の瞬間に…会えない人だっている」

「……ああ」

「でもあたしは、言いたい事を伝えられて、思いつくままだったけど…少しでも、後悔を残さない様にする努力が出来た。それってね、本当に良かったなって思うの。あはは…まあ、いくらあっても、足りないなあって思ったけど…。でもだからこそ、そんな時間が尊い事だって知れた」

「……。」

「だから…ええと、へへ…アーロンが自分の思ってる事、教えてくれて本当に嬉しかったんだ」





ちょっと気恥ずかしいね。

寂しい、辛いっていう気持ちはどうしてもある。
それは否定しないよ。

でもね、一分も、一秒も。
残された時間の最後の最後まで、欠片も落とさない様に噛みしめよう。
そして大切な人の為に、自分の出来ることを精一杯しよう。

そうやって歩くことが出来た。
時間を大切にするという尊さを知った。

それはね、有意義なことだったと思ってる。





「大事に出来たとは、思ってるんだ。そう思ってるから、つけこまれないのかも?」

「…ナマエ」

「へへ、なんてね」





ちょっと照れ笑い。
でもそれって本音だった。

別れは突然だから、後悔が大きくて、それをどうすることも出来なくて。
想いが行き場を失くして、自分の中で漂ってしまう。

ひとつも後悔しないようになんて、きっと難しい。

あたしも、もっと一緒にいたかったってそんな思いは勿論あるけど、それでも一緒にいられた時間を大切に出来たっていう自信はある。

すると、アーロンはふっと笑った。





「俺を気遣わんでもいいさ」

「え」

「フッ」





そしてされたそんな突っ込み。

気遣う…って程なのかは、わからないけど。
だって、アーロンだって何かしら思う事はあるだろうし…。

なんだか見透かされてる?
うーん…どうもアーロンはその辺の察しがいい。





「いやまあ…多少は、少なからず思うことはあるのかなと…とは」

「そうだな」

「…うん」

「付け込もうとしてきたのはそう言うことだろう。つけ入られる気はさらさらないがな」

「アーデン?」





アーデンはアーロンにも付け込むよう囁いた。

…この子が大事でたまらないんだろう。
こうして傍で守りたいんだろう。

この子…。
それが指すのはあたしなわけで…。

あー…なんだかこう、改めてまじまじと考えると恥ずかしくなってくるな…。
でもそれを否定せず、認めてくれているのはやっぱりちょっと嬉しくて。

するとアーロンは落ち着くようにひとつ息をついた。





「…俺も、何も思わないとは言わん。あの時、10年を思い返して、ああやっと終わったと思った。だが、名残惜しさはあった」

「……。」

「すまなかったな」

「ううん、あたし自身、見送りたいって思ったよ」

「ああ…」






そう、教えてくれる。

…同じ。
あたしも、名残惜しくて別れがたくて。

ずっとずっと覚悟して、決めてた事。
でもそう思う気持ちはやっぱりあった。

あの時…お別れした最期。
追い駆けて抱き着いて、アーロンは…そんなあたしを抱き留めて、優しく頭を撫でてくれた。

泣くのを耐えてたのは、きっとばれてる。
あたしも…ぐっと強く抱きしめてくれた事、覚えてる。

同じ気持ち。
そう、確かに思えて…それを今、改めて…感じた。





「…正直、この世界でどうするべきかって答えはあたしもよくわからない。あたしも、まだ少し、もう少し…って思ってる。だけどあたしは、どんな結末になろうと、この世界で会った皆が好きだから、沢山楽しんで、それで出来ることはしたい。それで一緒に、それぞれの可能性、探せたらって思う。時間が有限なのは変わらないしね。今はまだゴールもわからないし。わからない先を怖がって嫌だ嫌だって思ってるよりは、楽しむほうがいいなって思うし」

「ああ」





きっと、求める未来はひとりひとり形があって…それを各々見つけていく。
その手伝いが、出来たらいいなって。

前に、アーロンの未練を降ろしてあげたいと思った時のように。





「…お前は、ここぞと言う時本当に強いな」

「え?」

「正直驚かされる」

「そんな大したこと言ってないと思うけど…」

「いや…」

「んー、ふふ、じゃあ見直した〜?」





へらっと笑っておふざけ混じりに聞く。
するとアーロンもフッと笑った。

そして、ぽん…と大きな手が頭に触れる。

サングラスの奥の瞳もこちらを見ていて、アーロンはこう口にした。





「フッ…ああ、惚れ直した」

「へ?」





あたしは目を丸くした。

え、惚れ…?
だってそれは思いもよらぬ言葉。

頭の上の手が動く。
ゆっくりと、優しく撫でられた。





「…俺も、お前といられる時間は惜しい。名残はあった。だが、共に駆け抜けてくれたこと…心から感謝している」

「アーロン…」

「折角与えられた機会だ。俺も、したいことをしよう」

「したいこと?」

「ああ。お前を、守らせてくれ」






頭を撫でられる感覚が心地よい。
いつまでもこうして触れていてほしいとさえ思うような。

すると、そうして撫でていた手がそっと頬へと落ちてきて、さらりと髪を耳に掛けた。

…あ…。
なんて、その感触に記憶が蘇る。

見上げれば、じっと見つめられている。





「逃げるなら今のうちだぞ」

「……。」





逃げる…って。
それは確認の意だ。

あたしは小さく笑った。

まどろっこしい言い方するなあ。

逃げるわけなんて無い。
あたしはゆっくり瞼を閉じた。

そして、唇に触れたぬくもり。

最後のあの時は、感覚がふわっと消えた。
でも今はそこにあるまま。

ゆっくり離れる。

瞼を開けば、まだそこにいる。





「あは…今度は消えてないね〜?」

「フッ…今のところはな」

「あはは、うんっ」





頬が少し火照る。
でもその熱も少し心地良いような。

柔らかい、あたたかな時間だと思う。

まだ、答えはわからない。
でも決めてる。この世界を楽しみたいって。

奇跡の、夢の続き。

でもコレは違わない。
一分一秒、大切にしたい思いはいつでも一緒だから。


END


書きたい!と思ったのでバーッと書いて何度もセリフ練り直したりして一生懸命に書ききりましたが、正直この先の展開とかがどうなるかわからないのでこれでいいのかな…って気持ちが強い話になってしまいました。

ジェクトがクラサメに言ってましたけど、きっとアーロンやジェクトにとってはオペオムの旅はボーナスタイム…なんだよなあ。

心情が難しいです。
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