上に立つ才能


ひた…と滲む、嫌な汗があった。
呼吸も荒くなってきたのを感じる。

ふっと息を吐いて目の前を睨めば、そこにいるのは獰猛なベヒーモス。





「しぶとい魔物だな!」





バッツが額剣を亀直しながらうんざりしたようにそう言う。
手の甲でぐっと汗をぬぐったその顔には、少し焦りが見えるようにも思う。





「しぶといって、そんなレベルじゃないわね…まだ余裕は残ってる?」

「はは、どうでしょう…」





周りを見渡し、ライオンが皆の体力を確認する。

その言葉にホープは小さな苦笑いを浮かべていた。
でもきっとそれは素直な感想だ。
その言葉ひとつとっても、状況が厳しいという様子が窺えるだろう。





「ナマエさん、大丈夫ですか?」





どうでしょうと言いながらも、ホープはこちらに振り返り気遣いの言葉をくれた。
あたしは少し乱れた息を整えながら、こくりと頷いて答えた。





「大丈夫。今のところは、とりあえず…ね」





とりあえず。
それも素直な感想だった。

まだ立っていられる。
魔法を放つ余裕もある。

けど、多分そう長くは続かない。

そううんざりしたその時、魔物がこちらに突進してくる構えを見せた。

げ…。
また、耐える準備…。

あたしとホープはプロテスを張るよう魔力を手に集中させた。

だけどその瞬間、あたしたちの目の前に黄色のマントが靡いた。





「光あれ!!」





目の前に張られたシールド。
魔物の突進を一手に引き受ける戦士の背中。

その場にいた全員が目を見張った。





「くっ…」

「あっ…!大丈夫…!?」





攻撃を食い止めてくれたのはウォーリア・オブ・ライトだった。

でもその一撃は相当重いものだったらしく、彼はがくっと膝をついた。
あたしは咄嗟に駆けより、彼のその肩に触れた。





「私たちの前に入るなんて!?本当、無理するんだから」

「我々が力を合わせ止めなければならない。敵はそれだけ強大なのだ」





ライオンの言葉にそう答えた彼。
あたしは肩に触れたまま彼を支え立ち上がらせた。
「ありがとう」と声を掛けられ頷く。





「わかってる。ここでやらなきゃだよな。こんなやつ自由にしておけないぞ!」





バッツが皆を鼓舞するように剣を構える。
でもそんなあたしたちを前に、また魔物は突進の前兆を見せた。





「またさっきの攻撃です!?このままでは…」





ホープの焦りの声。

また彼のシールドに頼るわけにはいかない。
あたしは再びプロテスを張るための魔力を集中する。

だけど、その時だった。





「伏せたまえ」





その場に響いた声。

え、この声って…。
そう思ったのもつかの間、声の主は手早くあたしたちと魔物の間に入った。





「私が前に出よう。体勢を立て直したまえ」





冷静な声でそう手を貸してくれたのはヴェインだった。





「…あの人が助けに来るなんて」





隣でホープはそう零した。
ヴェインは言う。この世界で人の歴史が終わるのは良しとしないと。

彼には彼なりの思惑があるだろうが、その助けがこちらにとっては有り難いもので、戦いの転機になったのは確かだった。

そこから一度体制を整えたあたしたちは、そこから一気にベヒーモスを倒す事に成功した。





「よっし!なんとかやれたな!」





終わった戦闘にバッツが喜んだ。
皆一息つく。でもその中で、既にヴェインの姿がその場に無い事に気が付いた。

いつの間にいなくなっちゃったんだろう。





「今回、本当に助けに来てくれたんですよね」





いなくなったのを確認するように辺りを見渡しながらホープが皆にそう聞いた。

今回ばかりは、本当に手助けだけして去ってしまったヴェイン。
状況を考えれば、本当にただ助太刀に来てくれただけとしか思えない。





「それがあの人のやり方なのかもしれないわね。政治家でしょ?人心掌握ってやつかしらね。ヴェインにとって得になる事をしているだけなのかもしれないわ」

「だとすれば、あの弁舌に行動力…人をまとめる才能は疑いようがないです」





ライオンの意見を聞きながら、ふむ…とヴェインの才能を考えるホープ。

人をまとめる才能…ねえ。
それを聞いてあたしは、ちらっとホープの横顔を見た。

まあ一先ず、ある程度話したところで、味方だと言っているなら今はそのままでいい。彼が今回助けてくれたのは事実なのだ。もしヴァンたちを今後傷つけるような事があるならその時は戦う。
そんな意見でその場は纏まり、他の皆とも合流すべくあたしたちは歩き出した。





「ナマエさんは、何か思う事無かったんですか?」

「え?」





そしてホープにそう聞かれたのは、そうして歩いている時だった。





「ん?ヴェインのこと?」

「ええ…。さっき、特に何も言ってなかったから」

「ああ、ちょっと違う事考えてたから」

「え、違う事?」

「うーん…まあすっごく頭の良い人だとは思うけど。でも多分目的のためには手段を選ばないっていうか、今回も多分彼なりにあたしたちを助ける理由があったんだと思う。今後も利害が一致すればこういうことはあるんじゃないかな」

「そうですね。きっと能力は、凄く高い人なんだろうなって思います」

「うん」

「…違うことって、何考えてたんですか?」





ホープは不思議そうに首を傾げた。

確かにさっきヴェインについて皆と話していた時、あたしは聞き役に徹してた。
その理由は、ちょっと頭の隅っこで別のこと考えてたから。

いや、勿論皆の話も聞いてたよ。
ただ少し、思い出したのだ。

それは主任だか最高顧問だか色々呼ばれてた人のこと。

あたしはふっとホープに笑った。





「人をまとめる才能、ホープもあるよね」

「え?」





あたしがそう言うと、ホープはきょとんと目を丸くした。

そう。あたしが考えていたのはそれだ。
結構、ホープには人をまとめ上げる能力があると思う。

もともとルシの旅をしていた時でもホープの声で皆が纏まるシーンって何度か会ったと思うんだ。だから片鱗はあったんだよね。
そしてアカデミーに入って実際に人の上に立っている姿を見て、何だか妙に納得した気がしていた。





「人をまとめる才能…僕が、ですか?」

「うん。実際上に立ってたでしょ、元の世界で」

「それは、まあ…でもそれは責任をとらせられる立場だったってだけですよ?」

「そう?結構慕われてるの、聞いたけどな。別にヴェインと一緒にしてるわけじゃないし褒めてるんだから素直に受け取ればいいのに」

「じゃあ、ありがとうございます…?」

「ふふふっ、でも未来でホープが上の立場に着いてたの見て、本当に結構納得したんだ」

「え、納得?」

「うん。それにちょっと嬉しかったかな」

「え?」





大人になったホープを初めて見たとき。
まあその時は色々と思う事はあったっけ。

でもこう成長した姿を見て、慕われてる様子も見て…。

なんだろう。
ああ、ちゃんと評価されてるんだなって言うのかな。
って、なんか上から目線?





「んふふ、どうだううちのホープは凄いだろう!みたいな?」

「…はい?」





ホープはまたきょとん顔。
というか意味がわからないって感じ。

上に立つ才能。
多分持ってる人は、この世界に来ている人の中でも何人かいるだろう。

そう言われた時、真っ先に浮かんだのがホープだったかなというか。





「ホープが認められてるのが嬉しかったって事。好きな人が評価されてるの、嬉しいじゃない?」

「!…そう、ですか?」





好きな人。ちょっとだけ、素直な単語を使ってみた。
でもそうでしょう?好きな人が皆に認められているって、なんだか嬉しいじゃない。

するとホープは嬉しそうにその顔を綻ばせた。



END
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