厄災の影
前にバレットに聞いたことがある。
それは、セフィロスを追いかけて竜巻の迷宮を進んでいた時の事。
誰にも渡さないようにとクラウドから黒マテリアを託されたバレットはその時に助けを求めるティファに会ったという。
でもそれはあり得ない話だった。
ティファは、あたしとクラウドと一緒に先の道を進んでいた。
ずっと一緒にいた。来た道は一度だって引き返していない。
凄く、奇妙な出来事。
でもバレットからその話を聞いたとき、あたしはそういうことなのか…って思った。
自分が生まれるよりずっと昔に起きた、ひとつの種族が惑わされて滅んだ…そんな理由を身近に感じた。
どうしてそんなことが起きたのか。
それは、あたしたちの世界において厄災と呼ばれるモノの仕業だった。
旅をしていた中で、脅威だった存在。
でもそれは、今いるこの異世界では関係のないものだと漠然と思ってた。
だけど、そうとは言い切れない現実が、今、あたしたちの目の前に起こっていた。
「…親父や俺の顔をした奴ら、最後まで嫌がってた」
ティーダは俯き、重たそうにそう呟いた。
今、あたしたちの目の前にはふたりのティーダとジェクトがいた。
顔も、声も、言葉も…何もかもそっくりな存在。
ふたりをよく知るユウナが動けなくなってしまうほどに。
でもそれは偽物、コピーだって教えてくれた人がいた。
それは同じく、ザックスのコピー…。でも彼だけは確かな自我を持ち、一緒に戦ってくれたのだ。
そんな状況を前に、そこに居合わせた中であたしとクラウドだけは嫌な予感を感じた。
それは元の世界で起こった出来事に、あまりにも似ていたから。
「これまでもあのような人形と戦ったことがあるんだろう?」
そう尋ねてきたのはノクトやプロンプトと同じ世界の出身であり、つい先ほど仲間に加わったばかりのイグニスだった。
彼が言っているのはダークイミテーションのことだろう。
確かにダークイミテーションとは何度も出会った。
だけどダークイミテーションは虚ろな存在で…でもその心はダークイミテーションのもの。
姿は同じでも、自分だけの意志を持っていた。
でも今回のものは、ティーダやジェクト、そのものに…同じになろうとしているみたいだった。
「そういや戦ってるうちにどっか行っちまったけど、俺の形した奴は正気っぽくてクラウドなら事情がわかるって言ってたよな」
皆、状況がよくわからなくて憶測や推理が飛び交う中、ザックスがそうクラウドに話を振った。
あたしはちらりと隣にいるクラウドを見た。
するとクラウドもこちらを見てた。
ふたり顔を合わせる。
それは居合わせた中でなんとなくその正体に察しがついているのがあたしたちふたりだからだ。
ザックスは首を傾げる。
「ん?ナマエもわかるのか?」
「…そんなに、詳しいことはわからないけど。ねえ、クラウド…」
「…ああ」
ジェノバという存在。
あたしは正直、理解できてない部分の方が多いと思う。
ただ、それは人の思い出に付け込んで…。
その能力について初めて触れたのは、たぶん北の、あの雪の町で観たビデオ。
1度しか観てないし、その意味についてなんとなくでも理解できたのは、もう少し後になってからだ。
ねえ、どう説明するべきかなと軽くクラウドを突けば、クラウドは頷いて皆に説明をはじめてくれた。
「あいつらは…元の世界にいた厄災の細胞を持っているんだと思う」
「厄災…って?」
首を傾げたところを見ると、どうやらザックスは厄災についてそう詳しくないらしい。
ソルジャーさんだから、ジェノバという名前くらいは知っているだろうと思うけど…。
というよりは、そのあたりの記憶が戻っていないという方が妥当なのかも。
「詳しく説明してくれ」
なんにせよ、ジェノバなんて知る由もない皆にも説明しなくては。
イグニスに促されたクラウドは出来るだけわかりやく伝わるよう話を続けた。
「厄災やその力を持つ人間は他人の記憶を読み取りコピーする力を持っている。例えば、亡くなった父や兄の顔を借りて攻撃してくる。ただしこの世界にその力を持つ人間があんなに多くいるとは思えない。ということはあれはコピーのコピー…ダークイミテーションの変種だと思う」
クラウドの話を聞きながら、あたしも少し自分の中で話を整理してた。
いや、中途半端な知識で口出しても話こんがらがりそうだから今回はクラウドにお任せで。使えない部下でごめんよクラウド。
でも、確かにこの世界でその力…というか、細胞?持ってるのって少ないよね。
クラウドとザックスと、それと…セフィロス…?
コピーのコピーってことは、そのいずれかのダークイミテーションって事なんだろうか…。
「俺やユウナの記憶を読んで真似したから、偽物だってすぐわからなかったのか」
「僕のダークイミテーションを身代わりにされた時と違って…皆の思い出を映したのがあの人たちなんだね…」
自らのそっくりさんが現れたティーダはその事象に納得し、ビビは少し悲しそうに俯いた。
あたしはそんなビビの頭に手を伸ばし、ぽんぽんと優しくなでてあげた。
すると「ナマエお姉ちゃん、ありがとう」と言われた。可愛い。ちょっとほっこりした。
「他人の記憶に基づいて行動する…独立した意志がない存在」
イグニスはクラウドの話を聞き、なにやら考えている様子。
まだ出会ったばかりだけど、凄く頭の良い人なんだなって思う。
この短い期間でそれを実感できるくらいに彼は大活躍してるから。
「見破り方とか、ないのか?」
そして、こうなってくるともしまた対峙した時の対処法。
ティーダがクラウドとあたしの顔を交互に見ながら聞いてきたけど、正直自分もどうしたらいいか…って感じなんだよなあ…。
「見破り方…うーん…。ごめん、むしろ教えてほしい…」
「ええ…」
「基本的には…難しい。俺たちが元いた世界ではその厄災のせいでひとつの種族が滅びたくらいだ…」
ええ…とかティーダに言われたけどクラウドも厳しいと言うように首を横に振っていた。
今ここにいる皆は本物だから、そこから離れなきゃ見分けることはできるけど、片時も離れず行動するっていうのは無理がある話だもんね。
そうして皆で唸っていると、そこにイグニスがひとつ案をくれた。
「相対した者の記憶を読み取って化けるならひとつ見分けるヒントはある。本人は知らないが、自分は知っている情報だ」
皆がイグニスに注目した。
そして、はっとした。
「ああ、本人は酔っぱらって忘れてるけどこっちは覚えてる…とかいうやつな。さっすが軍師!」
わかりやすい例を挙げながら、ザックスはイグニスに向かい拍手した。
そうか…。自分の記憶を読まれるなら、その相手が知らない情報を言ってきたら偽物ってことになる。
「頑張って思い出してみるね。偽物も苦しそうだったから…」
「望んでああなったわけじゃない。…きっと、黒幕がいる」
ビビの言葉に頷きながらも、クラウドは黒幕であろう人物を考えているのか少し顔をこわばらせていた。
だって、こんな方法を思いつくのは1人しかいないから。
ともかく、注意していかなくては。
そう気持ちを引き締めつつ、あたしたちは再び足を先へと動かし始めた。
「ナマエ、どうした?」
「あー、いやー…ねー…」
その途中、あたしはクラウドを見た。
そしてうーんと考えた。
するとそれに気がついたクラウドが声を掛けてくれる。
あたしはあはは…と苦笑いしながら答えた。
「いやね…クラウドが知らなくてあたしが知ってること考えてたんだけど」
「ああ」
「…そしたらさ、やっべえあたしアホみたいに事あるごとに何でもかんでもクラウドに報告してる気が…と」
「…………。」
そう、振り返って見て思ったのだ。
聞いてクラウド、あのねクラウド、凄いよクラウド、大変だクラウド。
よく尻に犬の尻尾が見えるとか言われることあるけどそりゃもうブンブンと振り回してよう喋ってるなと。
いやもう本当馬鹿っぽいなと。いやそんなの大昔から百も承知ですけど。
クラウドも否定しないところを見ると色々言われてるなとは思っているんだろう。
「うー…あー…!うるさくてごめんねー!!ていうかどうしよー!クラウドの偽物絶対現れんな〜!!」
「…ふっ」
やべえええええ、と嘆いているとその様子にふっと笑ったクラウド。
いやむしろちょっとツボに入ったみたいにくつくつ肩を震わせてた。
「…なんでそんな笑ってらっしゃるんで?」
「え、あ、いや…悪い…嬉しく思った」
「嬉しい?」
首を傾げて聞き返す。
嬉しいとな。
するとクラウドは柔らかい表情のまま頷いた。
「色々話してくれるの、俺は嬉しいんだ」
そう口にしてくれたその顔を見れば、そこには確かに微笑みがあって嬉しそうに見える。
まあ、クラウドがそう思ってくれるなら…いいんだけど。
…きっと、クラウドの心には引っかかっているだろう。
厄災、コピー、…セフィロス。
正気を保ってたザックスのコピーの事もあるし…。
嫌な予感…というか、この先に決着をつけない何かがあるのはわかる。
その時に、微力ながら力になろう。
そんな気持ちが、あたしの中でふっと膨らんでいた。
END