振り返って、一緒に喜びたかった人がいる


記憶を取り戻したあたしは、振り返ってそこにいるアーロンとジェクトさんの元へと駆け出した。
じわりと沁みた、今そこにいてくれるという感覚をもっと噛みしめたくて。

すると、それにいち早く気付いてくれたアーロンに聞かれた。





「思い出したのか」

「うん!アーロンも、なにか思い出した?」

「ああ、少しだがな」

「そっか!でも、ねえ…ほら、見て。ちゃんとね、ティーダもユウナもいるんだよ。ね、ジェクトさんも見て」





あたしはお互いに微笑むティーダとユウナの姿に目を向けた。

あたしは、自分の選択には後悔していない。
スピラに残ったこと、アーロンを見送ったこと。

でも、このふたりのことだけは悔やんだ。

なんとかしたかった。
一緒にいさせてあげたかった。

それにね、召喚士が生きている。
共に旅したガードも、一緒に。

それは、掛けがえの無い事実。
だからこの光景は、この上なく嬉しいもの。

アーロンとジェクトさんも、ふたりの姿をしっかりその目に映す。
ジェクトさんはふっと笑った。





「…そっか。そりゃそうだな。ヘッ、どんな奇跡かは知らねえが…無限の可能性ってのはあるってことだ!なっ?」

「っ!古い話を持ち出すな…」





無限の可能性。その言葉を言われたアーロンは少し恥ずかしさを感じたみたいに目を見開いた。

おや。アーロンのこういう反応、珍しい。
そう思ったらあたしは思わず笑ってしまった。





「あっは、アーロン照れてる〜!めっずらしー!」

「…ナマエ」

「うわあ!暴力反対ー!!」





調子ぶっこいてニヤニヤしてたら、じろりと睨まれた。
そして動いたアーロンの手。

わー!殴られるー!なんていつものごとく目を閉じる。

でもそこに覚悟した痛みは来ない。代わりに来たのは、ぽふっという優しい掌の感触。
あたしは目を開き、そっとアーロンを見上げた。





「…アーロン?」

「いや、本当に…奇跡のようだと思ってな」

「えっ?」





見上げたアーロンの目は穏やかだった。

そしてアーロンは手を降ろすと再びティーダとユウナに目を向ける。
だからあたしもそれを追うように振り返った。

すると、その様子を見ていたジェクトさんが穏やかに笑う。
そしてしみじみと実感を得る様に呟いた。





「へへ、あの頃のおめえはカタブツ野郎だったもんな。…でもよ、アーロン、ナマエちゃん…今その無限の可能性がすげえ景色を見せてくれてるんだよな」

「フッ…そうだな。本来ならありえない景色なんだろう…」





無限の可能性。本来ならあり得ない景色。

そうだ。これって本当に、無限の可能性。
求めた願いが、いくつも形になっているような…そんな奇跡。

ティーダとユウナが笑っていること。
それをアーロンとジェクトさんが傍で見守っていること。

ああ、嬉しい…。
今、あたしの胸に浮かんだ感情はきっとシンプルにその一言。





「うん…。あたしは、アーロンとジェクトさんにもこの景色を見せてあげられて…すごく嬉しい」





だからそう微笑んだ。
すると、アーロンにまた頭を撫でられ、ジェクトさんにも軽く小突かれた。

ふたりも、微笑んでいる。

そしてそんな話をすれば自然と浮かぶのはあの人で。
ジェクトさんは後ろ頭を掻きながらそれを口にした。





「あーあ!あいつもこっちに来りゃいいのにな?」





ジェクトさんと、アーロンと…。
共に旅した大切な人があとひとり。

無限の可能性…もしかしたら、この世界だったら会える日も来るのかもしれない。

そう少し胸が躍ったその時、ユウナがパインに話しかける声が聞こえた。





「でも、なんだかすっきりした。ごめんね、パイン」

「遅すぎ」

「シメる?」

「やめとく」

「あれ、パインにしては優しいね」

「厳しいのが希望?」

「うそうそ!お手柔らかに!」





ああ、凄く凄く知ってるやり取りだ。
うん、ちゃんと思い出してる。

そう思ったら、また笑みが浮かんだ。
するとそれを見ていたらしいアーロンにとんと背中を押された。

振り向けばその顔は、行ってこいって言ってくれてるみたいだ。

だからあたしは頷いて駆け出した。





「パイーン!!」

「うっわ!」





そして背後からこうガバッ…と抱き着いた。
パインにしては大きな声。

まあ驚かせたけどいいじゃない。
あたしはぎゅうーっと抱き着いたまま、パインとの本当の再会を喜んだ。





「パインパインー!!ごめんねえええー!」

「っ、ああ!うっとうしい!」

「おおっと!」





バッと振り払われる。
だからこっちもパッと手を放した。

パインは改めて、きちっと向き合ってくれた。
だからあたしも今度はおふざけなしに、彼女の笑顔を向けた。





「ごめんね、パイン。でももう大丈夫。ちゃんと思い出した」

「…みたいだね。ナマエは、やっぱりそんなに変わらない」

「えへへ、そう?」





ひとつ、引っ掛かっていたものが取れた。
忘れてしまっていた事は、素直に申し訳ないと思っていたから。

きっかけは、キミが映ったスフィア。

あの旅が終わってしばらくして、あたしはユウナとパイン、それからリュックと一緒にスフィアハンターとして新しい物語を紡ぎだした。

なんにせよ、皆にも心配は掛けたよね。
あたしたちだけで納得して、喜んでいるわけにもいかない。

だからここからは他の皆も交えてちゃんと話をした。





「安心したわ、彼女、私達から見ても頑張り過ぎだったもの」





ユウナの表情は憑き物が取れたみたいにすっかりと明るくなっていた。
それは当事者でなくともわかる変化で、顔を見てヤ・シュトラがくすっと微笑んだ。





「ああ、晴れ晴れしてんな。ユウナちゃんくらいの歳の娘が重たい使命で沈み込むような世界じゃなくなったって事だよな?」

「そこは安心していいと思う。人間だから、色々あるけどさ」

「知ったような口を聞きやがって!」





ティーダも、自分がスピラに戻ってきた記憶を取り戻した。
だからジェクトさんにそう説明すれば、ジェクトさんはケッといつみみたいに捻くれた。

すると、その様子を見たアーロンが一言。





「やめておけ。これで中身は説教をする年頃ではないかもしれんぞ」





ああ、そう言えば…あの旅からどれくらい経ったとか、ちゃんと話してないよね。

例えばホープとかの話だと、彼の場合は見た目は14歳なのに中身は27歳みたいなとんでもない事になっちゃってたりするし。アーロンの言っているのはそういう事だ。
まああの子の場合はまた少し特殊なわけだけど…なんてのはまた別の話か。

とりあえず、あたしたちはあの旅からそこまで長い月日は経っていない。

だからユウナとあたしは揃えては首を横に振った。





「ううん、あの旅からは二年ちょっとかな」

「うん。だからそこまで経ってないよ。まあ、変わった事も色々あるけどね」

「そう、スピラは凄く変わったんだよ。…アーロンさんにもジェクトさんにも見て欲しかったな…」





召喚士として旅をしていた頃には想像できないくらい、スピラはそのあり方を変えた。
世界を精神的に支えていたエボン教が崩れたのだからそれも当たり前のことなのかもしれないけれど。

永遠のナギ節。

その世界を、アーロンとジェクトさんにも見せたかったとユウナは俯く。
でもそこですかさず入ってくるパインの声。





「前向き!」

「そうだった!」

「ふふふっ、さっすが!」





パインの突っ込みと、それにピシッと背筋を伸ばすユウナ。
それが可笑しくてあたしがついつい笑う。

ああ、もう、本当こういう感じだよカモメ団。

そう、悔やむばかりでは無くて前向きに。
今ある状況を明るく捉えれば、それはやはり…振り返って、一緒に喜びたかった人たちがいる、だよね。





「この世界でなら話せるよね」

「この異世界の唯一良いところ…だな」





ユウナが同意を求めれば、アーロンがフッと笑って頷いた。
そしてヤ・シュトラが言う。





「そうね…知りえないはずのこと、伝聞だとしても聞かせて貰える。会いたかった相手が元気にしている…そこだけは、悪くないと思うわ」





それを聞いて、本当にその通りだなって思った。

不思議な不思議な異世界。
思う事は、色々あるけれど…でも今は、今目の前にある現実を楽しみたいって思うの。





「うん、また会えて嬉しいよ、とってもね」





あたしはそう笑う。

そう言えば、この世界でアーロンに再会した時も思ったこと。
でも今改めて、本当にそう思った。



END
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