頑張らない事を頑張る
パインと一緒に旅をすることになったけれど、あたしとユウナの記憶はなかなか見つからなかった。
早く思い出したいな。
あたしはそう思って笑ってた。
けどユウナは焦ってた。
早く思い出さきゃって、そんな風に思い詰める。
思い出したいと思い出なきゃ。
似ているように聞こえる。
けど、あたしとユウナの気の持ち方はきっと違う物だった。
思い出さなきゃいけない。
そう頑張るユウナの姿は、多分みんなの目からも窮屈そうに見えただろう。
パインの目には…特にそう見えたようだった。
「頑張るの、やめて」
「えっ?」
「私のせいで頑張るとか、そういうのなし」
「でも、私…」
自分の為に頑張るな。
パインはユウナにそう言った。
ちょっと強い口調にも聞こえた。
けどそれはきっと、ただパインが口下手なだけなのだと思う。
ユウナは他人の為に頑張りすぎる。
誰かを思いやれるのは全然悪い事じゃない。
優しく、あたたかく接してくれるユウナだから、彼女の傍はほっとする。
だけど、それゆえ彼女は自分の感情を押し殺す傾向がある。
自分が我慢して、それで誰かが笑うのなら、それなら構わないって…そんな風に思ってる気がする。
その姿は、あたしもたまに引っ掛かる事があった。
例えば、シーモアとの結婚。グアドの老師と自分が結婚すれば、スピラにとって明るい話題になると…ユウナはその申し出に悩んだ。
でもそれってユウナの気持ちはどこにあるの。そこまで自分を押し殺す事無いのにって、あたしはその時凄く…凄くそう思った。
なんとなくだけど、きっと、パインも同じように思っているのだろう。
パインも、そう自分の気持ちより皆を想いすぎるそのユウナの姿を眉をひそめて見ていたから。
そして、そんなユウナの心をかき乱すように…シーモアが現れた。
「スピリタスは死後の事件さえも教えてくれましたよ。シンを倒し、伝説となった召喚士はその責任を投げ捨てた…。貴方がたを身勝手な旅に出たのです。自らの欲望を満たすためだけに…。人々からの信頼を裏切る貴女に、どれだけの人が失望したか…」
「私、そんな!」
「しかもこの世界ではそのことを綺麗に忘れて自己犠牲に浸る」
シーモアの語る話。それはシーモアが知りえるはずの無い、彼が消えた後の未来の話だった。
マーテリアの戦士は記憶を失っている事が多いけれど、スピリタスの方は戦士にその人が知りえない知識までも与えているらしい。
ユウナに対し煽る様な言葉を投げかけるシーモアにパインは剣を向けた。
だけどシーモアはパインに構わず落ち着いたままの声でユウナを揺さぶる。
「私は貴女にとって存在してはいけない人間なのですね」
「何の話ですか!」
「貴女にとって存在していい人間は例えばそこの彼だ」
そしてその声はティーダにも向けられた。
当然、ティーダはシーモアを睨む。
「いいとか悪いとか、さっきから何の話だよ!」
「覚えておくといいでしょう。貴女は彼女たちと旅をすることで彼を救おうとした。生きていい人間を身勝手に決めたのです。他のいなくなった人間を切り捨ててただ自分の感情を満たすためだけに」
「間違ってる。耳を貸すな」
ユウナが自分勝手に自分の感情に任せて旅をした。
パインは否定した。
でもシーモアは薄く笑って見せる。
「おや。そうでしょうか?大召喚士様が旅に出た切っ掛けは彼の手掛かりを求めたからでは?」
「そうだけど!でもユウナは結局…クソッ!」
ティーダの関係すると言う部分ではパインも否定はしなかった。
上手く説明できなくて、何だか歯痒そうに。
すると今度は少し様子を見ていたあたしにもシーモアの目が向けられた。
「そうですね…では、ナマエさん。貴女も共にありたいと願う人間がいたはずだ。しかし貴女自身は手を伸ばしてはいない。それは、そうすることに身勝手という意識が少なからずあったからなのでは?」
「えっ…?」
シーモアの触れ方は遠回しだった。
けど、頭に過った顔があった。
旅の先には、大切な人とのさよならがあった…。
悲しい。寂しい。辛い。
消えてほしくない。
いってほしくない。
ずっと覚悟してた別れだったけど、やっぱり心のどこかではそう叫んでた。
「貴女は手を放した。それが正しいと思ったからだ。貴女は身勝手に存在していい人間を選ばなかった」
その言葉はあたしと、ユウナにも言っているみたいだった。
シーモアはあたしのことを利用して更にユウナの心を揺さぶろうとしてる。
…確かに、シーモアの言う通り正しいと思ったからというのはあるだろう。
死人は異界へ…。留まる事が正しい事じゃないと知っていたから。
でも、それだけじゃない。
見送る決意したのは、見届けたいって心から思ったから。
そして…死人になるほどの後悔を、抱えているものを降ろしてあげたかった。
凄く、凄く辛かった。
でも、会えてよかった。
見送ることが出来て、よかったって思う。
あたしはあの選択に…欠片も後悔なんてしてない。
だからそもそも手を伸ばすとか身勝手とか、それはちょっと違う。
するとパインはあたしに向けられた言葉にも怒鳴ってくれた。
「やめろって!ナマエは…!」
「パイン、大丈夫」
「えっ?」
パインはあたしのために怒ってくれた。
それは素直に嬉しい。
声をかければ彼女は振り向く。
あたしは強気に笑ってシーモアを見た。
「飛んだお門違いね、シーモア。貴方にあたしの心が読めるわけがない」
「…相変わらず、上等な目だ」
シーモアは目を細める。
あたしは、見送った最後に後悔なんてしてない。
それに、凛と前を…自分でも、結構前向きでいられていると思う。
だけど、ユウナは…。
いやでも、シーモアの言葉に耳を貸してもいいことはないのはわかりきってる。
「未来のことはわからない。けど、不安を煽ろうとするのはとんだ悪趣味!」
「…やっぱりシメる!」
あたしとパインは共にシーモアを睨んだ。
だけどどうやらシーモアは今こちらと本気でぶつかり合う気はないみたいだ。
「それはぜひ、またの機会に」
シーモアはそう静かに笑うとワープするようにその場を去って行った。
掻き乱して、混乱させて、迷わせる。
シーモアの目的はこちらの心を挫かせる事なのだろう。
「俺の手掛かりって?…探してくれた?」
「わからない…わからないよ。私が、自分の為…?」
「違うんだって!」
シーモアが去ったのは、多分その目論見がそれなりに功を成したからだろう。
ユウナの心は少なからず不安定になった。
ティーダに尋ねられたユウナは俯き、パインは違うと否定する。
沈んで、焦って、なんだか滅茶苦茶。
あたしは、シーモアの言葉には色々と違和感を覚えた。
「ちょっと落ち着きなさい!パインも無理しないの」
「あんたらは知らないだろ」
「事情を知らないからこそ役に立てることもある」
「僕たちに話してくれないか?事情がわかれば力になれるかもしれない」
キスティスがパインをなだめ、フライヤやラムザもひとりで背負う事は無いと相談役を買って出くれた。
多分、今スピラから来てる人だけで考えても色々とこんがらがる気がする。
皆抱えているものがあって、その想いが自分の中でも絡まって…。
だから一度、他の皆に間に入って貰うのは良かったんじゃないかなと思う。
「パインはユウナに急いで記憶を取り戻して欲しいとは考えていないそうじゃ。無くした記憶など簡単に取り戻せるものでも無いしな…それより頑張りすぎる姿が見ていられないと…」
今、パインがユウナに何を望んでいるか。
その気持ちをひとまず簡単に整理し、フライヤがユウナに伝えてくれた。
頑張らなくていい。
しいて言うなれば…ただ前向きでいてほしいということ。
「前向きに…それだけでいいのかな…」
ユウナはまだ少し、不安そうだった。
それで大丈夫なのか、って。
ティーダも、頭がグルグルするとため息をついた。
「別にいいじゃない。少し肩の力抜けってことだよ」
「肩の力…」
あたしはトン、とユウナの肩を叩いた。
ユウナはその手を見つめる。
「わかった…やってみる…」
そして小さくそう頷いた。
肩の力を抜くのにやってみるってのもちょっと変なもんだけど。
まあ、そう意識するって言うのから始めるべきなのかな。
頑張らない事を頑張る。
この時のユウナは、きっとそれで精一杯だった。
END